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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第十章 中級冒険者

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10-20.未来に向かって

 僕が入院してから二週間が経った。

 足を怪我している僕は、杖を使って北門の外に来ていた。まだ安静にすべきだと言われたのだが、どうしても行かなければならなかったから仕方がない。


 なんたって今日は、ウィストがエルガルドに出発する日だからだ。


「別に一生会えなくなるわけじゃ無いのに」


 大きなバックパックと手提げカバンを持ったウィストが言った。


「うん。けど二年、いや、もっと先になるかもしれないから」

「そっかそっか。そんなに私と会えなくなるのが寂しいかぁ」

「……そうだね。ウィストがいないと考えると、毎日が寂しいかな」

「え? ちょ、ちょっとそんな恥ずかしいこと言わないでよー」


 ウィストの頬に赤みが差している。少しだけ反撃出来て楽しかった。こういうやりとりがしばらく出来なくなると思うと、やはり寂しくなる。

 だけどこれは、僕が決めたことだ。


「大丈夫。必ず行くから。ウィストと肩を並べるくらい強くなって」






 あの日、僕はアリスさんの誘いに戸惑った。あまりにも突然で、想像すらしていなかったことだったからだ。

 だけど彼女にしてみれば互いにメリットがあるもので、当然のことだったらしい。


 アリスさんが僕を弟子に誘った理由はこうだ。


「お前はウィストに追いつきたいんだろ? オレの弟子になればそれぐらいの実力に鍛え上げてやる。そのうえラトナの手助けができるし、あのエンブと会うこともできる。オレとしても調査の手伝いが増えて楽になるからな。どうだ?」


 後に聞いたのだが、僕よりもレンの力を借りたいがために誘ったという話だ。僕とラトナ、レンを加えればグーマンさんと同等の働きができるということだ。

 理由はどうあれ、この提案は魅力的なものだった。実力がつき、ラトナを助けられ、レンとも会える。非常に危険な調査を手伝うことになるが、僕の望みが全部実現できる。

 もし一人で冒険を続けてたら、ウィストに追いつくのには時間がかかるだろう。二年どころか五年、もしかしたら十年もかかってしまうかもしれない。だからウィストに追いつくには、弟子になって鍛えられるのが一番早くて確実性が高い選択肢だった。


 しかし、その一歩が踏み出せなかった。

 それは死ぬかもしれない調査をすることではなく、本当に成長できるかという心配があったからだ。


 アリスさんの下で育ったグーマンさんは、今ではレーゲンダンジョンを踏破できるほどになっているが、僕も同じようになれるかが不安だった。たしかにアリスさんに弟子入りしたら鍛えられることは間違いないが、それでもウィストに届かなかったら? 


 もしダメだったら、僕がウィストに追いつく手立てが無くなってしまう。それはつまり、僕がウィストの相棒に相応しい冒険者になれないということ……希望を抱けないまま冒険者を続けてしまうことになるということだ。

 かといって、このままでいいわけではない。天才に追いつくには、普通の方法では間に合わない。リスクを取った選択をするしかないのだ。


 頭では分かっている。だけど、未来で絶望を味わってしまう可能性を考えると、その一歩が踏み出せなかった。


 しかし、どうすべきか悩んでいたところで、僕はまたウィストに助けられた。


「やっちゃいなよ。ヴィック」


 ウィストが微笑みながら僕を後押しした。


「二年くらい……ううん、五年も十年も待ってあげる。だからヴィックの好きなようにやってごらん」

「……そんなに待つの?」

「うん。欲を言えば早い方が良いけど、待っててあげるよ」

「……なんで?」

「決まってるじゃん」


 にかっとした笑顔で、ウィストは言った。


「私の相棒だからだよ」


 その言葉は、僕を前に進めさせるほどの言葉だった。尊敬できる相手からこう言われて、進めない奴がどこにいる。


 僕はアリスさんの方を向いて、答えを出した。






 そして今日、準備を終えたウィストはエルガルドに出発する。僕がアリスさんの弟子入りしたその日から準備を始めていたらしい。本人曰く、「もう心配することは無さそうだから」ということだ。


「期待してるよ。けど二年の間で、ヴィックの想像以上に私が強くなっても挫けないでね」


 ウィストは悪戯っぽく笑みを浮かべる。


「そしたら僕は、ウィストの想像以上に強くなるよ」

「そうこなくっちゃ。……じゃあ、そろそろ行くね」


 エルガルド行きの馬車が、僕達から離れた場所で待機してる。御者が大声でそろそろ出発時間だということを知らせていた。話したいことはまだあったが、それはまた会ったときにすれば良いだろう。


「うん。じゃあ……」


 僕は拳を作った右手をウィストに向ける。


「また会おう。待っててね」


 ウィストはにかっと笑って、左手で拳を作った。


「うん。待ってる」


 お互いに拳を強くぶつけあった。

 次に会う時を願って、僕達は約束した。

 また一緒に冒険することを。






「良かったのか? お前も行かなくて」


 ウィストが乗った馬車を見送った後、背後からアリスさんに訊ねられた。


「はい。今僕がエルガルドに行っても足手纏いになるだけです。ムガルですら踏破できてないんですから」

「それもそうだな。今のお前だと一階層目で死ぬな」


 容赦ない言葉を告げられて心が痛む。自覚していることでも、こうも断言されるときつい。


「だが、こんなことでいちいち挫けんなよ。オレの手伝いを始めたらこれ以上にきついことが数え切れないほどある。ラトナはもうオレの手伝いをひーこら悲鳴をあげながら働いてんだ。お前も、今できることをしっかりしやがれ」


 アリスさんの弟子入りを決めた日に、僕にはいろいろと課題を渡された。足を怪我してもできるトレーニングと、今までの調査記録に目を通すこと、冒険者にとって必要な知識を身に付けることである。それらが記された本と資料の束を山ほど受け取っていた。座学も行われるうえに、定期的にテストがあるという話だ。あまりにもやることが多くて目眩がするほどだった。


「分かってます。とりあえずあれを全部読めば良いんですよね」

「早めにしろよ。他にも読まないといけない資料があるんだからな」

「……あれだけじゃないんですか?」

「前に渡したのはたしか……全体の五分の一程度だ」


 現時点で挫けそうになった。文字を読むのは苦手だ。一冊の本を読むのに何日もかかるというのに、全部の資料を読み終えるのにはどれくらいの年月がかかるのだろうか……。想像するだけでも嫌になる。


 だけど、負けてられるか。


「やってやりますよ。ウィストに追いつくためにも」


 ウィストに追いつくには、並大抵の努力では足りない。人一倍、いや十倍の努力をしなければ届かない。ウィストはそういう存在だ。その隣に立ちたいのならば、それだけの覚悟が必要だった。だから僕は、アリスさんに弟子入りしたんだ。


「そうこなくっちゃ」


 アリスさんが楽しそうな笑みを浮かべていた。


「じゃ早速、オレの講義を受けてもらおう。ちゃんと勉強してきたんだろうな」

「はい」


 進むべき道は険しい。何度も挫折しそうになった道が果てしなく続いている。

 だけどその先には希望がある事を知っている。


「お願いします」


 だから僕は、前に進む。


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