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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第十章 中級冒険者

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10‐5.失敗した場所

 こんなに早く、また訪れるとは思わなかった。石造りの遺跡がダンジョンになっているレーゲン中級ダンジョン。同じ中級ダンジョンのムガルダンジョンとは比べ物にならないほど、難易度は高い。ウィストさえ、挑戦することを避けたダンジョンである。


 正直言って行きたくなかった。以前挑戦してひどい目に遭ったことをまだ覚えている。何匹ものドグラフに襲い掛かられ、死にそうになった。アリスさんが助けてくれなければ死んでいたと断言できる。嫌いな相手だが、命の恩人であることには間違いない。しかも今度は、ドグラフだけではなくフェイルもいる。死ぬ確率は前回よりも上がっている。


 だがそれでも、進むしかなかった。

 フィネとラトナ。僕の大事な人達だ。見捨てられるわけがない。


 意を決して、レーゲンダンジョンに足を踏み入れる。まだ一階層にも到達してないが、すでに冷や汗が出ている。

 前の恐怖を未だに引きずっている。足に鉄球が繋がっているように足が重い。進まなきゃいけない。けど進めない。身体に刻まれた恐怖が、無意識に足取りを重くしている。早く行かなきゃいけないのに、自分の足が自分のものでない様に思えた。

 動け。動け。動け。

 何度念じても、足は相変わらず鉄の様に重い。このままじゃ、フィネ達の下に辿りつくことさえできない。無力感が身体を支配し始めた。


「何で一人で行こうとするかなー」


 聞き慣れた声が耳に届く。高くなく、低くもない女性の声。誰のものかは顔を見ずとも分かった。


「危険なダンジョンだから……」

「知ってる。過去五年間で踏破出来た中級冒険者は一人だけって評判のレーゲンダンジョンでしょ?」

「だったら―――」

「全部言わせないでよね。ヴィック」


 ウィストが僕の右隣に来て、肩に手を置いた。


「相棒を一人で行かせるわけないじゃん」

「……『未来の』が抜けてるよ」

「今はとっくに、その未来になってるよ」


 堂々とした言動に肩をすくめる。これは何を言ってもついて来そうだ。諦めると同時に嬉しさがこみ上がってくる。


「分かった。じゃあ二人の救出作戦開始だ」

「了解!」


 さっきよりも、足は軽くなっていた。




 一階層は前回と同じように、何事も無く踏破した。そして問題の二階層に続く階段も、モンスターに襲われることなく下り切って、二階層に到達した。前回はここで襲われたのだが、今回は直前までモンスターがいた形跡すら無かった。フェイルの存在が頭をよぎる。


 半年前、フェイルが馬車を襲う前に、マイルスダンジョンでは異変があった。モンスターの活動範囲が激変した現象で、それはフェイルが起こしたものだった。経験から、このレーゲンダンジョンでも同じことをしている可能性が考えられる。

 レーゲンダンジョンは挑戦する者が非常に少ないダンジョンだ。人目を気にする必要が無いので、時間を掛けて準備することができたはずだ。その間で、モンスターの数を減らしたのかもしれない。


「フェイルって何者なんだろう」


 思いついた疑問が、つい口から出る。

 「んー。たしかにねー」緊張感の無いウィストの声が返ってくる。


「襲撃を画策した張本人。何人もの新人冒険者を騙した詐欺師。指名手配中の悪人。名前は知ってるけど、どんな人なのか全然知らないんだよねー」


 そういえば僕の記憶だと、ウィストはフェイルと対面したことが無かった気がする。


「昔は腕の良い冒険者で仲間想いな性格で評判が良かったって聞いたけど、実際に会ったことも話したことも無いからねー。そんな人が何でこんなことをするのか、っていうのが私の感想」

「腕が良いっていうのは合ってると思う。ツリックダンジョンのモンスターを倒せるほどだし。仲間想いなのかは、ちょっと分かんない」

「上級ダンジョンでしょ? そこのモンスターを倒せるのに、なんでこんなことをするんだろ……」


 フェイル。よく分からない人間である。

 なにが原因で人を騙したのか。なにが理由でモンスターを襲撃させたのか。なにが原因で二人をさらったのか。分からないことだらけだ。

 だが、それを追求するのは後回しだ。


「分からないことは多いけど、まずは二人を助けないと」


 理由があれば、悪いことをしていいわけがない。フェイルの事を考えるより、二人を助けることが優先だ。

 ウィストは「うん」と同意する。


「またみんなで集まって飲み会したいもんね」

「お酒はほどほどにしてね」

「……気が向いたら!」

「自重する気は無いんだね……」

「許してねっ。てへっ」


 ウィストが可愛らしくウインクする。その振る舞いに、一瞬心拍数が上がった。視線を前方に戻し、先の暗い道を見ながら静かに呼吸をする。少しだけ鼓動が落ち着いた。

 危険な場所にいるのだから緊張感を緩めてはいけない。たとえあざとい姿を見ても、と自分に言い聞かせた。


 冷静になれたお蔭か、道端に見覚えのある物が落ちているのに気づいた。フィネの家で見つけたのと同じ紙だ。拾って裏返すと、「まっすぐ」と書かれている。


「あれの事かな?」


 一緒に文字を見ていたウィストが顔を上げている。視線の先には分かれ道があった。真っ直ぐと右に分岐している。なるほど、この先にいるという事か。


「そうみたいだね」


 紙の指示通りまっすぐ進む。ちらっと右の道を見たが、先が暗くて分からない。指示通り進むしかないようだ。

 フェイルの思い通りになっている気がするが、これは仕方がないことだ。僕等は人質を取られている。ある程度、相手の思惑に乗らざるを得ない。


 しばらく進むと、また同じ紙を見つけた。それには「左」と書かれていた。先を見ると同じように道が分岐している。指示に従って左に曲がって進むと、また紙を見つけ、先には分かれ道がある。「まっすぐ」と書かれた紙を見ていると、「迷路みたいな場所だねぇ」 とウィストが呟いた。まったくである。

 それから何度も同じことが続いた。道を進むと紙が落ちてあり、先には分かれ道がある。指示通りに進むと、しばらくしてから紙を見つけ、再び分岐道を発見する。そして指示通りに進む。

 モンスターと遭遇しなかったが、何度も単調な作業を続けると流石に疲れてくる。身体だけじゃなく、精神的にも疲労が溜まった。


 一時間ほど同じことを繰り返すと、景色が変わった。今までは石でつくられた床と壁しか目に入らなかったが、進むにつれて道が荒れている。整然と積み上げられていた石の壁が崩れ、黒い岩肌が露出している。床も脆くなっており、踏むとぐらつく場所がいくつかあった。


 この先に何かある。自然とランプを持つ手に力が入った。耳を澄ませながら先に進む。ウィストは口を閉じて、まっすぐと前を見つめている。僕と同様に、何かを感じ取ったのだ。

 荒れた道を進み続ける。緩いカーブのある角を曲がると、その先にオレンジ色の光源を見つけた。言葉にしなくても、僕とウィストの歩みが同時に早くなった。光が大きくなるにつれて、光源の近くのものも見えてくる。光源の近くに人がいて、二人分の姿があった。

 フィネとラトナか? 思わず駆け足気味に駆け寄る。お互いの顔が見えるほど近づくと、僕とウィストは立ち止まった。


「やぁ。待ちくたびれたよ」

「ヴィッキー、ウィズ……」


 目の前にはラトナとフェイルがいる。しかしラトナは腕を背中に回しており、フェイルはラトナの後ろにいて、片手にナイフを持っている。


「うん。ちゃんと止まってくれたね。それ以上近づいたらぶっすりと刺しちゃうからね」


 左手で持ったナイフを見せびらかすように掌で回転させる。ナイフを恐れてか、ラトナは身動き一つしなかった。僕等も同様に近づけない。


「そうそう。冷静で助かるよ。話し合いは落ち着いてないと成り立たないからね」

「話し合い? この状況でですか?」

「むしろこういう状況じゃないとできないでしょ。僕は指名手配犯なんだから、こういう場を作らないと、ね?」


 フェイルはラトナに耳打ちすると、ラトナはすんなりと地面に座る。そのときも両手は後ろに回したままだった。あの様子だと、手首を縛られているのかもしれない。だから抵抗しないのか。

 フェイルは左手でナイフを握り、「さて」と話し始めた。


「僕は今、人質を二人取っている。君の目の前にいるラトナちゃんと、別の場所に隠したフィネちゃん。これが僕のカードだ。これを使って、僕は君に要求したいことがある。聞いてくれるかい?」


 ここで「いいえ」と答えられるわけがない。僕は素直に肯定した。


「二人の無事を保証するなら」

「もちろん保証するさ。そして、僕の要求することはたった一つ」


 フェイルは左手で持っていたナイフを投げ捨てた。ナイフは弧を描きながら地面に落ち、地面を跳ねて僕の足元で止まる。


「そのナイフで自分の足を刺すことだ」


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