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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第十章 中級冒険者

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10‐4.奴の狙い

 ラトナの訪問から一週間、今度は無事に退院できた。退院を祝福するかのように、雲一つない快晴であった。

 退院ができたうえに、天気も良い。晴れやかな気持ちになれた。


 しかし胸の奥に引っかかっていることがある。ラトナの事だ。

 あの日以降、ラトナは全く顔を見せなくなった。あんなことをして恥ずかしいとか、気まずいとか、そういうので来れなくなったのなら問題はないと思う。それは時間が解決してくれるからだ。

 だけど、僕が断ったときに見せたラトナのあの笑顔が気になっていた。あれが脳裏から離れない。

 なぜあのタイミングで笑ったのか? しかもあれは、いつもの屈託のない笑顔じゃなく、僕の心を見透かしたような慈愛溢れる笑みだった。

 ラトナの印象とはかけ離れた表情に、僕はずっと困惑していた。なんだか嫌な予感がする。そんなことを考えていた。


「こういうときは、仲間に聞いた方が良いのかな……」


 ラトナと仲良くなったとはいえ、出会ってから一年も経っていない。まだラトナの事で知らないことが多い。だけど仲間のベルク達なら、今のラトナの事を知っているかもしれない。

 彼らが居ることを信じて、冒険者ギルドに向かった。


「ちょっと情けないかな……」


 今のラトナのパートナーは僕だ。パートナーでありながら、仲間とはいえ他人に頼るのは少し情けないかもしれない。

 けど今は解決することが大事だ。恥をかくのは我慢しよう。


 そう考えながらギルドに続く大通りを歩いているときだった。

 サンドウィッチを頬張りながら脇道から出てきたウィストと遭遇した。僕が気づいたように、ウィストも僕に気づいた。


「ん……やっほーヴィック」


 口に含まれていた食べ物を飲み込んだ後、以前と同じような挨拶をされる。


「おはよう。食べ歩きは行儀悪いよ」

「これも訓練だよ。ダンジョンだとゆっくり座って食べられるとは限らないでしょ?」

「……それもそうだね」

「ヴィックって騙されやすいね」

「え? 嘘なの? ちょっと感心したのに……」

「なんかそういうところが可愛いよねー」

「そんなこと言われても嬉しくないよ」

「やっぱり? ごめんね。一口食べる?」


 ウィストにサンドウィッチを差し出される。パンの間にはレタスとチキンが挟まっていて、チキンには茶色いソースがからんでいる。真ん中あたりに齧り付くと、シャキシャキとしたレタスと柔らかい肉の歯ごたえが伝わってくる。ソースとの相性も良く、思わず頷いてしまった。


「おいしいね、これ」


 感想をウィストに伝えると、「へぇ」と感心するような声が聞こえた。


「そういうのは気にしないんだ」

「何の事?」


 言葉の意味が分からず聞き返したが、「なんでもないよ」と言って右手を出された。その手にサンドウィッチを返すと、ウィストはニ三秒程サンドウィッチを見つめ、思い切ったように齧り付いた。何度も頷くと「うん。美味しい」と感想を述べていた。

 僕達は一緒の方角に向かって歩いていた。おそらくウィストも冒険者ギルドに向かっているのだろう。エルガルドに行く資金を稼ぐために、依頼でも受けるのか。


「ウィストは、今日はなにする予定?」

「何もないよ。良い依頼があったら受けるかもしれないけど、無かったらのんびりしようかなーって」

「もう準備は出来てる感じ?」

「ほとんどね。今は向こう用の装備を注文してるから、それが出来たら行くつもり」

「そっか。いつぐらいになりそう?」

「二週間後だって。特注だから時間がかかるけど、期待して良いって言ってた」

「それは……楽しみだね」

「うん。けど一番楽しみにしてるのは」


 ウィストが言葉を区切って、僕の顔を見る。期待に満ちた表情を見せられ、顔を背けそうになる。けれど何とか堪えて、ウィストの目を見つめ返した。ウィストはにこりと笑顔を見せる。


「そういうことっ。気長に待つから頑張ってね」


 ウィストは一口分だけ残っていたサンドウィッチを口に放り込んだ。美味しそうに食べる姿を見て、僕も腹が減ってくる。ベルク達から話を聞いた後に食事をしよう。


 冒険者ギルドに着くと、早速ベルク達を探した。食堂には姿が無く、掲示板の近くにもいない。

 ベルク達はもうダンジョンに行ってしまったのか。それともその逆でまだ来ていないのか。誰かに聞いてみた方が良いかもしれない。


「ヴィックー、ちょっといい?」


 誰かに聞こうとしたときに、リーナさんに話しかけられた。


「なんですか?」

「知ってたらでいいんだけど……フィネ知らない?」


 フィネ? 彼女がどうしたのだろう?


「知りませんけど……どうしたんです?」

「んとね、今日出勤日なのに来てないのよ」

「風邪とかじゃないんですか?」

「前に来れなかったときは親が連絡に来たんだよねぇ。けど今日は来てないからそういうんじゃないはずー」

「寄り道……は、ないか」

「ないない。真面目なフィネがするはずない」

「つまり……行方不明?」


 リーナさんが困った顔をしながら「そうね」と同意する。


「もし見かけたら来るように伝えておいて。他の冒険者にも声かけてるんだけど、一番期待してるのはヴィックだから」

「僕ですか?」

「そりゃね。理由は言わないけどねー」


 小悪魔めいた笑みを浮かべながら、他の冒険者にも声を掛けに行った。いったいどんな理由だ?

 しかし、だ。今日はまず、ベルク達から話を聞こうとしていたが、こうなったら予定を変更せざるを得ない。フィネの事が心配だ。まずは彼女を探さなければ、もしベルク達と会えてもフィネの事が気になって落ち着いて話を聞けなくなる。そう考えて、冒険者ギルドから出ようとした。


「私も行くよ」


 いつの間にか、ウィストが隣りに来ていた。依頼書の確認をしていたと思っていたのだが、気づかないうちに近づかれていたようだ。


「依頼は受けないの?」

「フィネの事が心配だしね。依頼は見つけてからにするよ」


 どうやら僕と同じ考えのようだ。そういうことなら二人で探した方が良い。


「じゃ、とりあえずフィネの家に向かおっか」

「さんせーい」


 扉を開けて一緒に外に出る。しかし目の前に大きな壁が現れて行く手を阻まれた。

 ぶつかる直前に停止して顔を上げると、ベルクの顔があった。どうやらギルドに入ろうとした直前だったらしい。


「ヴィックか。ちょうどいい」


 ベルクに両肩を強く捕まれる。太い腕は見掛け倒しではなく、肩から強い力が伝わる。試しに動こうとしたがびくともしなかった。ちょっぴりショックである。


「えっと、どうしたの?」

「あぁ。こんなことを聞くのはちょっと情けないんだが、知ってたら教えてくれ」


 身に覚えのある言葉だった。「うん。なに?」質問を促すと、ベルクの後ろからミラさんが現れた。しかも目つきを鋭くした怖い顔で。


「ラトナはどこ?」


 いつもより低い声だった。顔の事もあって、より一層怖く見える。

 だがそれよりも、質問の事が気になった。


「どこって……ラトナいないの?」

「だから聞いてるんでしょ。なに? パートナーのくせに知らないの?」

「ブーメランだぞー、ミラ」


 「うぐっ」短く呻いてから「そんなことより、つまり知らないってことなのね?」と確認される。


「……はい。一週間くらい前から会ってないです」

「そう……。どこいったのかしら……」

「フィネも行方不明なんだけど、関係あるかな」


 ウィストがフィネの事を話すと、「フィネも?」と驚く。


「まだギルドに来てないの。その様子だと知らないみたい?」

「あぁ、会ってねぇな。カイトにも伝えておくか」

「カイトさんは?」

「別行動だ。心当たりのあるところを手あたり次第探してる。オレ達もフィネも探しとくよ」

「ありがとう。助かるよ」


 「気にすんな」ベルクはミラさんと一緒にギルドから離れる。僕達も気を取り直してフィネの家に向かった。

 フィネの家までの道はうろ覚えだったが、ウィストも行ったことがあったようなので、十分ほどで着くことができた。

 家のドアをノックしたが誰も出てこない。「無理矢理入る?」とウィストが提案するが、さすがに無断で入るのは気が引ける。別の場所を探そうと、僕達はドアから離れた。


「何やってんだ? お前ら」


 背後からクラノの声が聞こえた。振り返ると冒険者の装備ではなく、簡素な私服を身に纏っている。今日は冒険に行かないようだ。


「フィネが行方不明だから探してるんです。知りませんか?」


 ウィストが尋ねると、「いや、知らん」と簡潔に答えられる。


「そもそも最近はギルドにすら行ってねぇ。そんな俺が―――」


 クラノは言葉を止め、ある一点を凝視する。視線の先を追うと、それはドアの下の方に向けられていた。

 ドアと床の間に、紙切れが挟まれている。拾い上げたが表には何も書かれていない。だが紙を裏返すと丁寧な字で書かれた文章が載っていた。


『フィネとラトナは預かった。無事に返してほしかったらレーゲンダンジョンに来るように。フェイルより』


 考える前に、レーゲンダンジョンに向かって走り出した。


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