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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第十章 中級冒険者

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10‐3.これからの話

「……それって本気?」


 ラトナは目を大きく見開かせる。ありえないと言いたそうな顔だった。ラトナのこんな表情を見るのは初めてだ。

 けど、驚くのも仕方がない。なんせラトナが僕と組んだのは、中級ダンジョンのような危険な場所に行かなくても生活することが目的だった。僕がそれに了承したことで、一緒に中級ダンジョンに行くことは考えていなかったのだろう。


 だけど―――、


「そもそも、僕は最初からそのつもりだったんだよ」

「最初って?」

「ラトナの提案を受けた、あのときから」


 パートナーになる誘いを受けたあの日、やりたいことが二つできた。

 一つ目は、冒険者になったことが正解なのかを知るためだ。それの結論はもう出ている。


 そして二つ目は、ラトナを仲間の下に帰らせるためだ。

 あのとき、ラトナはいずれ足手纏いになるからチームから抜けると言った。つまり、実力があれば抜ける必要が無くなるという話だ。

 僕自身、ラトナと一緒にいるのは楽しい。だが、ベルク達と一緒にいるときの方がラトナは楽しそうにしている。このままラトナが彼らと離れ離れになるのは嫌だった。


 だからこの一ヶ月、僕はバイトをしながら色んな事を調べてきた。


「足手纏いになるのが嫌なら、そうならないための力を持てばいい。ボウガンを使うのなら、それに適したトレーニング方法や戦略があるんだよ。装填速度を早くして手数を増やすとか、目立つ動きをして敢えて敵に自分を意識させるとか。後方支援に徹するなら、道具を使って仲間を助けたりとか、すばやく仲間の治療をするとか。ラトナは器用で賢いから、僕が考えるよりも色んな方法を思いつけるはずだよ」


 傭兵の訓練場では、剣や槍の近接戦闘だけではなく、ボウガンや弓といった遠距離攻撃の戦い方やトレーニング方法も見た。そして病院では、怪我をした人への治療を素早く行う高技術を持つ人を見た。さらに飲食店では、喧嘩をしている人達の間に入って、あっという間に場を和ませる者の重要さを感じた。

 どれもラトナにとってプラスになる要素だ。たとえ今は足を引っ張ることになるかもしれないけど、違う場面では仲間の助けになれるはずだ。


「そりゃさ、皆の力になるには少し時間がかかるかもしれない。けど、それまでは僕が助けるよ。トレーニングにも付き合うし、道具が必要なら一緒にお金も稼ぐよ。だから諦めないでよ」

「……諦めないでって、何を?」

「仲間と一緒にいること」


 あの日、ラトナの表情は真剣そのものだった。だけどそれ以上に、彼女の目から悲痛な思いを感じ取っていた。


 ベルク達は素晴らしい仲間だ。だがそんなこと、僕に言われなくてもラトナは分かっているはずだ。本当は彼らと離れたくはない。けど足を引っ張ってしまうことに負い目を感じてしまい、離れざるを得なくなったんじゃないのか。


 そんなことはさせない。


「仲間の大切さは僕でさえ理解できてることだ。ベルク達と離れるのはまだ早すぎるよ。だからさ、もう一度頑張ろう。中級ダンジョンに挑戦して、皆に追いつこうよ」


 手を差し出して、僕はラトナの返事を待った。仲間の事が好きなラトナは、彼らと一緒にいたいはずだ。そう信じて、ラトナが僕の手を取ってくれるのを待った。


 ラトナは僕の顔を見つめ、視線を僕の差し出した手へと移す。

 そうして何秒か間が空いた後、彼女の口が開いた。


「何言ってんの? ヴィッキー」

「……え?」


 僕は呆気にとられた。ラトナは意地悪気な笑みを浮かべながら立ち上がり、僕の手首を掴んで下ろさせた。


「言ったじゃーん、元々辞めるつもりだったって。たしかに皆と離れるのは惜しいけど、別に会えなくなるわけじゃ無いからねー。問題ナッシング」

「けど冒険者じゃなかったら、以前より溝が深まるかもしれないよ? そのことは考えなかったの?」

「うちらの友情はそんなもんじゃ終わらないって。それとも別れて欲しいの?」

「そんなわけないよ! 僕はただ、ラトナはまだ皆と一緒に冒険したいんじゃないかと思ったから―――」

「だからー、勘違いなんだってば。別に冒険とかには興味ないから」

「興味なくても、皆と一緒にいたかったんでしょ? だったらなおさら辞めるべきじゃないよ!」

「どうでもいいじゃん。それよりもさー、今度はあたしの話を聞いてよ」

「まだ話は終わって―――」


 突然、僕の口はラトナの手で覆われる。喋れなくなった僕に向かって、ラトナが話を始めた。


「ヴィッキーはウィズに追いつくために頑張ってるでしょ? あれさ、止めようよ」


 喋れない僕は、首を横に振って答える。けどラトナは無視するかのように、「その代わりに―――」と話を続ける。


「あたしが恋人になってあげる」


 まったく意味が分からない。いったい全体、なんでそんな話になっている。


「やっぱさ、一ヶ月そこらじゃヴィッキーに合ってる仕事とか分かんないじゃん。だからさ、もっと時間を掛けて探そうよ。けど元々は一ヶ月ってお願いだったから、そのお詫びとして彼女になってあげちゃうよん。こんな可愛い彼女が出来て嬉しいでしょ?」


 僕の口からラトナの手が離れたので、やっと喋れるようになった。僕はすぐさま返事をする。


「遠慮する。僕は冒険者一本で行くって決めたから」

「いいじゃんもう少しくらいー。それにさ、恋人になったらいろんなことをさせてあげるよー。手ぇ握ったり、抱き合ったり、あとは……」


 ラトナは僕の手を持つと、それを自分の胸に触らせた。柔らかい感触にびっくりして、すぐに手を引っ込めた。


「こんなふうに、いろんなとこを触らしてあげる」


 扇情的な言葉に、思わず唾を飲み込んだ。

 ラトナはスキンシップが激しい。一緒にいるときもよく僕に抱き着いてきたりしていた。背中や腕がラトナと身体が触れ合い、その度に理性を抑えてきた。

 そして今、ラトナの身体を、しかも胸を、不可抗力とはいえ触ってしまった。僕の心臓はバクバクと鳴っていた。


「自分で言うのもなんだけどー、良い身体してるでしょ? これを自由にできるって考えたら、付き合うのも悪くはないでしょ?」


 ラトナはベッドに乗って、僕に顔を近づけて来る。ラトナの吐息が徐々に聞こえてくる。

 心臓の高鳴りが収まる気配はない。


「あたしの提案、吞んでくれるよね?」


 目の前に、ラトナの顔があった。キスをしてしまいそうになるほど近い。というか、しても良いんじゃないのか? ラトナは僕の事を好きみたいだし、付き合ったらしても良さげな事を言っていた。じゃあ、問題無いんじゃない?


 掌の厚さ分の距離まで、顔が近づいていた。ここまで来たらするしかないんじゃない? 女子に恥をかかせるのは悪いって聞いたことがあるし、仕方がないのかな。


 半ば、諦めの気持ちがあった。ラトナは割と好きな相手だ。そんな相手からの要求を断れない。そういう言い訳を考えた。


 ふと、脳裏に二人の姿が浮かんだ。ウィストとフィネ。二人は、困惑した顔を浮かべている。


 その瞬間、僕の身体は動いた。

 両手でラトナの肩を掴み、距離を取るように遠ざける。


「ごめんラトナ。それはできない。しちゃったら僕はダメになる。ウィストだけじゃなく、フィネのことも裏切っちゃうから」


 僕がここまで来れたのは、ウィストとフィネのお蔭だった。ウィストに追いつきたいという目標と、フィネの応援に答えたいという使命感で、僕は冒険者を続けられた。二人と出会えた運命に、言葉で表せないほどの感謝の気持ちを抱いている。

 だけどラトナの提案を受けてしまったらどうなる。ウィストに追いつくことができなくなり、フィネに胸を張って冒険者を頑張ってると言えなくなってしまう。目標を失い、生きがいも無くなってしまう。

 それだけじゃない。僕は今まで、二人から大きな恩を受け取っている。挑戦を止めるということは、その恩が無駄になるということだ。


 二人を裏切ることだけは、したくなかった。


「ラトナの事は大事だ。けどそれ以上に、僕はウィストとフィネが大事なんだ。だから……ごめん」


 何とか出した断りの言葉を、ラトナは受け取ってくれただろうか? ラトナの表情に視線を移す。


 瞬間、言葉を失った。


「ふーん、そっかぁー。そういうことかぁ」


 ラトナはベッドから降りて、僕に背を向ける。


「ごめんね、無理言っちゃって。あたし帰るよ」


 僕の返事を待たずに、ラトナは病室から出て行った。いや、もし待ってくれてたとしても、何か言えただろうか。


 なぜか優しい笑みを浮かべていたラトナを見て、思いつく言葉が無かった。


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