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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第九章 兼業冒険者

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9‐9.少女の望み

 病室のベッドにはヴィックが横たわっていた。近づいてみるが、何の反応もない。顔を見ると目を瞑っていた。

 そういえば寝ている可能性もあったのだ。失念した自分が恥ずかしくなり、指で頬をかいた。


「……仕方ない。出直すか」

「出直さなくてもいいよ」


 「ひゃあぁ!」と思わず声を上げてしまった。


「心臓に悪いよ……」

「いつかのお返し」


 どうやら寝たふりをしていたみたいだ。

 無邪気に笑うヴィックを見て、ウィストは安堵する。見たところ元気そうだ。


 「よっと」ヴィックが身体を起こす。一瞬顔をしかめるのをウィストは見逃さなかった。さらに身体に巻かれた包帯も視界に入る。胸の辺りに痛みが走った。

 ウィストは心を落ち着かせてから言葉を放つ。


「サイガンの狩猟、おめでとう」

「……うん。ありがとう」


 ヴィックがぎこちない笑顔を見せた。嬉しいけど恥ずかしい、そんな印象だ。


「一匹倒すだけでもこんだけ怪我をしちゃったから、そんなに自慢できないけど」

「怪我してもしなくても、倒せたことに変わりないよ。誇れる結果だよ」

「……そうだね。今の僕にしちゃあ十分な出来だ」


 遠い目をするヴィックが、少しだけ辛そうに見えた。悲しいことがあって我慢している、そんな雰囲気だ。


 かける言葉が思いつかず、ウィストは無言になった。それはヴィックも同じだった。何も言わずに自分の手を見つめている。

 何分経っただろうか。ヴィックがゆっくりと口を開けた。


「今日の結果は、僕の全力を出した結果なんだよ」


 その声は、少しだけ震えているように聞こえた。気のせいかと思うほどの、小さな変化だった。


「ムガルダンジョンにまた挑戦することを考えて努力もしてきた。体調も良かったし、装備の手入れも入念にした。罠や地形を利用してサイガンに挑んだ。そしてやっと一体倒せた。けど、そこまでだった」


 ヴィックは一息ついてから断言した。


「これが現時点の……僕の実力なんだよ。だから―――」


 窒息しそうな表情だった。体内の酸素をすべて吐き出したような声。聞くだけでも、胸が苦しくなった。

 言いたくなかった言葉を、ヴィックは口にしたのだ。そして、言わせたのはウィストだ。


 ウィストは覚悟を決めて、ヴィックに聞いた。


「うん。言って」


 出来る限り感情を出さずに促した。ヴィックは一度深呼吸をしてから告げる。


「ごめん。ウィストとは……一緒に行けそうにない」


 ヴィックの言葉は、すとんとウィストの心に入っていく。全く抵抗もなく、言葉を受け入れた。今のヴィックの姿を見てから、薄々と察していた。

 不思議なことではない。誰だって自分の命が大事である。背伸びしてまで無茶をするということは、冒険者にとっては命を危険に晒す行為である。今回の事で、ヴィックがそれを悟ったのだろう。


 ヴィックが相棒になってくれたら嬉しい。けどそのために死んでしまったら、ウィストは一生後悔する。だから、仕方のないことだった。

 ウィストは何度も同じことを、頭の中で繰り返した。十回くらい繰り返したところで、ようやく納得できた。


「そっか。じゃあ仕方ないねー。エルガルドには一人で行くことにするよ」

「ごめんね、期待させちゃって」

「いいって謝らなくて。私が一方的にお願いしたことなんだから、断ってもばちは当たらないよ」

「……たしかにそうだね」

「そこで素に戻っても困るんだけど?」


 ヴィックが少しだけ笑い、ウィストもつられて笑顔になった。このくらいの距離が、一番いいのかもしれない。

 そうだよ、ただの友達で十分じゃん。

 ウィストはまた納得して、自己完結した。私は身勝手だ。じゃあ身勝手らしく終わらせるのが一番良い。悪く言われるのは、私だけだ。

 少し話をしてから、ウィストは切り上げて帰ろうとした。


「じゃ、また来るから」

「うん。ウィストはエルガルドに行く準備をちゃんとしときなよ」

「分かってるって」


 ウィストはヴィックに背中を向けて歩き出す。

 その背中に、言葉を投げかけられる。


「僕も早く、そっちに行くから」


 ウィストは足を止めた。そしてゆっくりとヴィックを見る。ヴィックの表情は真剣で、冗談を言っているように見えない。


「……あれ? さっき行けないって言ってなかったっけ?」

「一緒には、ってこと。今の僕じゃあ、ムガルダンジョンを踏破するのは当分先になりそうだから」


 不意打ちのような発言に、ウィストは動揺を隠せなかった。声が震え、我慢していた感情が溢れそうになる。

 最後の一線で耐えて、確かめるように質問をする。


「これからも、挑戦するってこと?」

「うん」

「死ぬかも……しれないのに?」

「うん」

「こ、怖くないの?」

「うん」

「私が……私が相棒だって……言ったから?」

「うん」

「そんなことで、どうして……そんなに頑張れるの?」

「嬉しかったからだよ」


 ヴィックの目から熱を感じ取った。


「今まで僕はずっと否定されてきた。心配をかけてきた。けどウィストは、僕なら出来るって言ってくれた。それが何よりも嬉しかった。だから僕は、ウィストの期待に応えたいんだ。たとえどんなに険しいことでも」


 その言葉と瞳から、確固たる決意が感じられた。以前にも見たことのあるものだった。ウィストに追いつこうとして、なりふり構わずに努力していたときと。

 それはウィストが一番、ヴィックを相棒にしたいと思った理由だった。


 こうなったヴィックは、たとえウィストでも止められないだろう。諦めると同時に、嬉しさがこみ上げてくる。


「そっか。じゃあ頑張ってねヴィック。私がおばあちゃんになる前に追いついてね」


 ヴィックはにやりと笑って答えた。


「安心しなよ。そんなに待たせる気は無いからさ」


 マイルスダンジョン八階層に挑戦したときと、同じ掛け合いだった。

 あのときの気持ちを覚えている。それが分かって確信した。

 ウィストの相棒はヴィックしかいない、と。



 ***



 ヴィックが居る病室の外で、ベルクは中に入らずに壁にもたれながら立っていた。少しだけドアの隙間が開いているおかげで、病室内の会話は聞こえている。どうやら二人の問題は解決したようだ。

 ベルクは隣にいる人物に目を向ける。頭の悪いベルクでも理解できたことを、彼女が分からないわけがない。そう考えて、ベルクは質問する。


「お前の入り込む隙間は無くなったぞ、ラトナ」


 ラトナは黙って俯いている。普段の彼女の事を知っている者からすれば、その様子は異様だ。ウィストやヴィックも不思議がるだろう。

 だがベルク達からすれば、騒ぐほどの事ではない。確かにいつものラトナは、子犬のように人懐っこくて周りを癒してくれる存在だ。それは決して作り物の人格ではない。冒険のときは後ろで仲間や敵を観察して、的確なサポートをしてくれる頼もしい一面も本物のラトナだ。そして、今みたいに何も言わずに余裕がない表情を見せているのもラトナである。それだけだ。


 ラトナは「そだね」と頷いた。納得した様子にベルクは胸を撫で下ろした。

 だが安心できたのは、一瞬だけだった。


「じゃあー、その隙間を強引にこじ開けちゃうしかないか」


 張り付いた笑顔は一見いつもの表情に見える。だが付き合いの長いベルクは分かっている。

 このときのラトナは無茶をする。それが功を奏したこともあれば、状況を悪化させたこともある。


「心配しなくてもいいよ、ベルっち。ベルっち達には迷惑かけないから」


 ベルクは息を呑み込んだ。あぁ、この状態はまずい。止めなければならない。今それができるのは、ベルクだけだ。


「いい加減にしろ」


 ベルクはラトナを咎めた。以前は一度戒めただけで大人しくなっていたが、ラトナの張り付いた笑顔は剝がれなかった。


「やだよ。あたしにはもうヴィッキーしかいないんだから。何が何でも渡さないよ」

「オレ達がいるだろ。また戻ってくればいい」

「無理じゃん、そんなこと。というより本心は違うんじゃないの?」

「は?」

「あたしがいない方がスムーズに冒険できてるでしょ? だからホントは―――」


 バチンと音が響いた。ラトナは途中で言葉を止めて、視線をベルクから逸らしている。いや、正確にはベルクが逸らすようにさせてしまった。ベルクは自分の右手を斬り落としたくなった。


「それ以上言うな」


 後味の悪さから、咄嗟に叱責の言葉が出る。違う。言いたいことはこれじゃない。

 謝罪の言葉を口から捻り出そうとするが、それよりも先にラトナの口が開く。


「あはっ」


 短い笑い声だった。ラトナの顔には張り付いたような笑顔は消えている。その代わりに、慈愛に満ちた悲しい笑みを浮かべていた。


「大丈夫だよベルっち」


 全身で、鳥肌が立った。


「ベルっちは大事な大事なだーいじな友達だから、こんなことで嫌わないよ。ミラらんやカイっちと違って、あたしと似たところがある友達だし、ね」


 「だから」ラトナは言葉を紡いだ。


「あたしの気持ちが分かるよね?」


 ラトナの心情は察せるし、同情もする。だがやろうとしていることは同意できない。

 しかしチームの中で一番力のあるベルクは、一番力のないラトナに、何も言えなかった。


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[一言] ヒェッ…ラトナちゃん怖い…
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