9‐7.自分なりのやり方
ムガルダンジョンに入ってから五時間、ウィストは六階層目に突入していた。モンスターを倒すたびに、自分の体調を確認して進む。まだ体力に余裕はあったが、慎重に進みたかった。
「下準備も碌に出来てない時点で、慎重とは言えないか」
勢いだけの行動を自虐する。油断している訳ではないが、情報ぐらいは集めるべきだったと思う。
しかし、後悔はしてない。ヴィックを動かすには、インパクトのあることをしないとダメだ。
「隣に立ちたい」とヴィックは願っていた。その気持ちが残っているなら、今回の挑戦で刺激を与えられるはずだ。
もし無かったら……。
ウィストは頭を振って疑念を払う。今はそういう事を考えたくない。
落ち着き直して冒険に集中し直す。既に六階層を半分ほど踏破しているだろう。六階層の広さは、今までの階層とほぼ同じだということを知っていたので、感覚で分かった。
時折襲い掛かってくるモンスターを倒しながら奥へと進む。そろそろ終着点だと思っていると、妙に明るい空間に出た。
見渡すと、壁や床、天井に小さな光源がいくつもあった。どの方向を見ても、夜空に浮かぶ星が見える。そのきれいな景色に、つい見とれてしまう。
地面に落ちている光源を拾うと、それは小さな石ころであった。中心部から弱々しい光を放ち、石ころ付近だけを照らしている。その光で、微光石という鉱石を思い出した。ムガルダンジョンにあると聞いていたが今まで発見できていなかったので、見つけることは諦めていた。
帰りにお土産として持ち帰ろうと思い、手に取った微光石を地面に落とす。気を取り直して進もうとしたところで、モンスターの気配を感じた。その方向から足音が聞こえる。
足音の主は、微光石の光にあてられて姿を現す。鼻先に大きな角を生やし、甲羅を背負ったモンスター。このダンジョンで生息している、サイガンとダガンを合わせたような見た目だった。ウィストの身長と同じくらいの体高に、三メートルはある体長。重なった甲羅は剣を簡単に折ってしまう程の硬度がありそうだ。
そのモンスターはウィストを見て「ぶるるるるぅ」と唸り声をあげる。戦う気満々のようだ。
それはウィストも同じである。
「じゃ、狩らせてもらうよ」
双剣を構えて、モンスターに立ち向かった。
「重そうなもん運んでんな」
ウィストが最深部で遭遇したモンスターの素材を運んでいるときだった。
場所はマイルス、現在はギルドに向かっている途中でベルクに声を掛けられた。
素材を詰めた袋を担いでいたが、ダンジョン帰りで疲労が溜まっていることも含めて、運ぶのに苦労していた。同じ量のダガンの甲羅を運んだことがあるのだが、それ以上に重かった。
「なんか……ダガンよりも重くて……」
「そういえば最深部に行ったんだっけ。もしかしてサイガン並に大きくて、甲羅を着たやつか?」
「うん。ダガンには見えなかった……角、生えてたし」
「じゃあダイガンだな。ダイガンの甲羅はダガンのよりも比重が大きいから、そのせいだろ」
「な、なるほどねー……」
「……手伝った方が良いか?」
「その言葉を待ってたよ……」
後先考えずに持って帰ったのに運ぶのを手伝ってもらうのは情けなかったが、この調子だと怪我を負う可能性もある。モンスターではなく、素材に怪我をさせられるのは恥ずかしい。ウィストは恥を忍んで手伝ってもらうことにした。
甲羅を半分だけベルクに持ってもらう。ひょいと軽く担ぎ上げる姿は男らしい。伊達にがたいの良い身体をしていなかった。
ウィストは軽くなった袋を持って再び歩き出す。先程よりも楽になり、足取りも普段と同じ速さに戻った。
「ありがと。助かったよー」
「こういう力仕事は男の役目だ。チームでもよくしてる事だから気にすんな」
謙遜する姿勢もポイントが高い。ミラも良い男を見つけたなーと感心した。鈍感なことを除けば、ベルクは良い相手だと思う。そういう話を以前はミラだけではなくラトナともしていたが、最近はそれがない。そのことが少しだけ寂しかった。
「で、踏破したのか?」
荷物を分け合って歩いていると、ベルクから話しかけられた。
「うん。ちょっとこのダイガンに手間取ったけど、なんとかできたよ。これからヒランさんに報告する予定」
「そっか。有言実行とは、さすがだな」
「昨日のこと知ってるの?」
「そりゃあな。中級ダンジョンの最下層を一日で踏破するって宣言したんだ。ムガルダンジョンはまだ易しい方とはいえ、腕が立つ冒険者でも最下層踏破には速くて二三日は掛かるって話だ。誰でも興味持つさ」
「いやー……勢いで行っただけだよ」
「……やっぱ、ものが違うな。オレとは」
卑屈じみた言葉だった。その目には少しだけ陰が差している。
ベルクは時々、弱気になることがあるとミラから聞いた。他の冒険者との差を感じたときに。
ウィストは、ふとヴィックの事を思い出した。
以前ヴィックに劣等感を感じさせ、その鬱憤を吐き出された。聞いていて気持ちの良いものではなかったし、訳が分からなかった。ウィストとしては当たり前のことをしていただけだからだ。それを指摘されてもどうすれば良いのか思いつかなかった。
ヴィックとは胸の内をさらけ出し合うことで解決したが、もしかしたらベルクも同じ感情を抱いているのだろうか? だとしたら、なんとかしなきゃいけない。
しかし、どうすればいいのか。ヴィックのときと同じように話し合うべきか。それとも別の手段を考えるべきか。
ウィストが悶々と悩んでいると、「けど」とベルクが言葉を続ける。
「狩ったものを持ち帰れないようじゃあ、一人前とは言えねぇな」
持っている甲羅を見せつけながら挑発された。
「そ、それは―――」
言い返したいが、反論できなかった。今回はダンジョンの外まで持ち出せたものの、あと少しでも荷物を多くしていたらダンジョン内で力尽きていた可能性があった。
無事に帰ることを考えるのも冒険者として必要なことだが、それを怠ってしまった。鏡が無くても、自分の顔が赤くなっていることが分かった。
「ま、これに懲りたら今度からは欲張らないこった」
ベルクは満足げな表情を浮かべて笑った。かなり悔しい。同期の冒険者相手にこんな感情を抱くのは初めてだった。
「けっこう意地悪いね、ベルク」
「いいじゃねぇか、これくらい。こちとらダンジョンでお前と会うたびに劣等感を感じてんだから、たまには発散させろよ」
「……開き直ってる?」
「おう。よくミラに言われんだよ。オレにはウィストには無い良いところがあるってな」
ベルクは先程の意地悪気な笑顔ではなく、嬉しそうな笑みを見せている。悪い憑き物が落ちた様な、清々しい表情だ。
「オレはお前みたいな戦闘のセンスは無いが力はある。お前を欲しないがオレを欲する奴がいる。もちろん逆もあるし、お前の才能は羨ましい。けど、気にしているだけじゃ何も変わらないって思ってな」
「だから比べるのは止めたってこと?」
「いや、それは無理だな。年下で女のお前がオレより強いとか、気になるに決まってる。ただ、最後に勝てば良い」
ベルクの表情が変わった。熱い意志が感じられるほどの目力があった。
「どんなに負けても、屈辱を味わっても、最後に勝った者が正義だ。それまではせいぜい勝ち誇っていやがれってな」
「……なんか悪役にされてる気分」
「気にすんな。オレの勝手な挑戦だ。オレが勝つまで忘れてろよ」
「虫が良い挑戦だね」
身勝手なノリに少し呆れてしまう。その一方で安心感も生まれていた。ベルクはベルクで、ウィストとの違いを見出している。お蔭でウィストに劣等感を感じても上手く分別できているように思える。これなら、ヴィックみたいなことにはならなそうだ。
やはりミラの男を見る目は良い。改めてそう思った。
落ち着いた気持ちで歩いているとギルドに到着した。持って来た素材を買い取ってもらうために査定をお願いし、ベルクにお礼を言った直後だった。
「ウィスト」
ラトナの声が聞こえる。愛称ではなく名前で呼ばれたので別人かと思ったが、声の聞こえた方を見ると本人が立っていた。しかも、なぜか顔つきが険しい。
不穏に思い、「どうしたの?」と尋ねる。
ラトナは静かに答えた。
「ヴィッキーが、ムガルダンジョンに行っちゃった」




