9‐6.未来の相棒へ
ウィストはグーマンの家から出て、冒険者ギルドに向かった。始めは歩いていたが、次第に歩みが速くなり、我慢しきれず駆けだしていた。
ボロ家が並ぶ区画を出てからも走り続ける。人が賑わう大通りに出てからも足を止めなかった。避けながら走っていたが、ときどき通行人とぶつかってしまう。謝ってからまた走る。人の目を気にせずに疾走した。
冒険者ギルドの前に着くと、立ち止まることなくドアを開ける。大きな音をたててしまったせいで、ギルド職員や冒険者の視線を集めることになった。だがお蔭で、一同の顔を見ることができた。
一通り見てヴィックが居ないことが分かると、受付の方に歩を進める。受付にはリーナがいる。受付の前に着くと、リーナはいつも通りに「こんにちわん」と楽しげなノリで出迎えた。
「どしたの? 嬉しそうな顔をして」
思わず、ウィストは自分の顔に触れる。そんな顔をしてたのかと疑ったが、落ち着いて考えるとおかしいことではなかった。
「それより、ヴィックがどこにいるか知ってる?」
「今日はラトナと一緒にマイルスダンジョンに行ってるよ。そろそろ帰ってくるんじゃない」
時刻は夕暮れ前。マイルスダンジョンは近いから帰ってくるのも早い。一時間もすれば、マイルスダンジョンに行っていた冒険者達でギルドは忙しくなるだろう。
だがウィストは逸る気持ちを抑えきれず、こちらから出迎えようと思って外に出ようとした。
「あいつに何か用事でもあるのか?」
いつの間にかクラノが近くに来ていた。ギルド内を見渡した時に発見したので居ることは知っていたが、向こうから声を掛けられるとは思ってもいなかった。
「話したいことがあるだけだよ」率直に答えると、クラノは「はっ」とにやつきながら笑う。
「いい加減に諦めたらどうだ? あんな凡人が、お前の期待通りの結果を出せる訳がねぇ。無視してさっさと先に進んでやるのが、あいつのためになるんじゃねぇのか?」
ヴィックを嘲るセリフは、聞いてて不快だった。元々陰口が嫌いだということもあるが、それ以上にクラノが勘違いしていることが不愉快だった。
ヴィックは凡人ではない。心からそう思っているウィストにとって、クラノの言葉は見当違いであった。
しかし―――、
「半分は、クラノの言う通りだよ」
クラノは「は?」と呆気にとられる。おそらくだが、反論されることを想定していたのだろう。「そんなことはない」とか「あなたに言われることではない」とか言われると思っていたはずだ。もちろん、その気持ちを抱いていることは間違いない。
だがウィストが考え抜いた答えは、クラノの言葉を全部否定するものではなかった。
「おまえ―――」
クラノが言葉を発すると同時に、ギルドの入り口から誰かが入ってくる。見ると、ヴィックとラトナがモンスターの素材の入った袋を持って来ていた。
ウィストはすぐにヴィックの下に向かい、ヴィック達もウィストに気付いた。
「あ、久しぶり」
「ウィストー、おっひさー」
二人の前に立つと挨拶を受ける。「うん。しばらくぶり」と返してから、ヴィックに向かって言った。
「ねぇヴィック。言いたいことがあるの」
ウィストの様子を察したのか、ヴィックの表情が引き締まる。「場所、変えようか?」と提案されるが、どこで言ってもかまわなかった。ヴィックに伝えることができれば、他の誰に聞かれても良かった。
「ううん。ここで言う」
ウィストは一拍おいてから宣言した。
「明日、ムガルダンジョンを踏破するから」
ヴィックの表情が一瞬だけ固まる。視線をウィストから逸らさずに、数秒ほど時間を空けてから「そうなんだ」と落ち着いた様子で答えた。
「けど大分早いね。前に聞いたときは四階層まで踏破してるって聞いたけど、もう踏破が見込めるほど進んだの?」
「ううん、まだ五階層目に挑戦中だよ」
「五階層のどの辺まで進んでるの?」
「半分も行ってないかな」
「……本気で行くの?」
ヴィックの反応は正常で、ウィストの方がおかしいことは自分でも自覚している。
通常、ダンジョン最下層の踏破をするなら、せめて一階層手前までは踏破しておくのが普通だ。ウィストの取ろうとしている行動は、明らかに危険だった。
だがウィストは、言葉を翻すつもりは無かった。
「もちろん本気だよ。で、しばらくはお金を稼いで、十分溜めてからエルガルドに行く」
エルガルドはマイルスから東に向かって、馬車で十日かかるほどの場所にある都市だ。周囲にダンジョンが八つもあり、町には冒険者向けの店や設備が多く存在する。通称『冒険者の町』と言われている。しかも八つのダンジョンの内、中級ダンジョンは七つもある。そのため上級冒険者になろうとする者は、ほぼ全員エルガルドに訪れる。マイルスの冒険者も例外ではない。
元から、ウィストもその予定だった。ただ行くタイミングは、ヴィックがムガルダンジョンを踏破できてからと考えていた。おそらくヴィックも同じ考えだったはずだ。
だから今、ウィストの宣言を聞いて何も言えなくなっているほど困惑している。
にもかかわらず、ウィストはヴィックをさらに驚かせる言葉を口にした。
「それにヴィックも一緒にエルガルドに行くんだから、もたもたしてられないしね」
今まで見たことが無い程、ヴィックは目を見開かせた。
「えっと……何言ってんの?」
「『心配しなくても良い』って言ったよね? どこまで信じていいか分かんなかったけど、もうかんっぜんに、ううん、百二十パーセント信じることにした。誰が何て言おうと、私は信じるから」
「確かに言ったけど……なんでいきなり?」
ウィストは自分が辿り着いた答えを、目の前にいるヴィックに告げる。
「未来の相棒だからだよ」
ソランの言葉を聞いて、ウィストは気づいたことがある。
ウィストは冒険者になってから、順調そのものであった。ギルドのサポートは手厚く、友達もでき、お金も十分に稼げて、冒険も楽しかった。
だが一番充実したと感じたのは、そのうちのどれでもなく、ヴィックと一緒にミノタウロスを倒したときだった。
一人では倒せなかったミノタウロスを、ヴィックと一緒に協力して倒した。身体を駆使し、知恵を使い、意志を通じ合わせながら戦い、討伐後に得た快感は今まで感じたことが無いほどのものだった。
あの感覚をまた感じたい。そのためには他の冒険者ではだめだと思った。親しき友人であり、張り合おうとするライバルであり、お互いに研鑽し合う相棒が必要だった。ウィストの周りには、ヴィック以外にいなかった。
だが例え、他に候補がいたとしてもヴィックが良かった。ひたむきで優しくて他人のために頑張れる、そのうえ目標に向かって真っすぐに進み続けられる強さを持っている。
以前ヴィックは、ウィストに惚れていると言った。
だがウィストも同じように、ヴィックに惚れていた。
「私の隣に立とうとしているヴィックなら、絶対に出来る。私が全速力で走っていても、きっと追いついてくれる。そう信じてるからだよ」
ウィストはもう、迷うことを止めた。
これがウィストの一番望んでいるものだからだ。
冒険者が欲しいものを我慢できるわけがない。
「だから私は、隣に並ばれたときに失望されないために、自分を磨くことにするよ。なんたって私は、ヴィックの目標だから」
思いのたけを吐き出したウィストは、すがすがしい気分に満ちていた。百パーセントの本心を打ち明けてすっきりした。もう足を止める理由は無い。
懸念点があるとすれば、ヴィックがラトナと組んでいることだけだった。
どんな理由でヴィックがラトナと組んでいるのかは分からない。それがウィストの想像を超えるほどの深刻なものならば、ウィストの願いは叶わない。
呆然としているヴィックと俯いたラトナの横を通り過ぎて、ウィストは外に出る。
あとはもう、祈ることしかできなかった。




