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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第九章 兼業冒険者

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9‐5.今と昔の冒険者

 一週間後、依頼を終えたウィストは、グーマンに案内されるがままについて行った。行き先を告げられず、問い質してもグーマンはちゃんと答えなかった。「良いところだよ」とか「安心できる場所」とか、明確な場所を伝えてくれなかった。


 歩き始めてから三十分くらいすると、古くてボロい建物が並ぶ地域に入った。道は汚れていてゴミがそこら中に落ちている。すれ違う人の中にはガンをつける人が多く、喧嘩を売ってきそうな気がしてならなかった。怖くはないのだが、面倒事になりそうで嫌だった。


「大丈夫だよ。僕と喧嘩したがる物好きはいないから」


 どういう意図の言葉なのか、読み取れなかった。相手にされていないのか、それともグーマンを相手にしたくないのか。もし後者なら、ある噂が真実味を帯びることになる。


 ラマットに着いてからマイルスに戻るまでの間は、近くのダンジョンに入って時間を潰した。ラマットの近くには下級と中級ダンジョンが一つずつあり、ウィストは中級ダンジョンでモンスターを狩った。相性の良いモンスターが多かったこともあり、二日で一階層を踏破出来た。

 その後にラマットの冒険者ギルドに行くと、多くの冒険者に興味を持たれた。話を聞くと、女性冒険者が二日で、しかもたった一人で一階層を踏破したのはヒランやアリス以来だという事だった。そのせいでウィストはチームの誘いを多く受けたが丁重に断った。代わりに、その日は彼らと話をすることで時間を潰した。マイルスでは聞けない面白い話を聞けると思ったからだ。


 その話の中で、グーマンの話題が上がった。


「そういえば一緒に来てたのってグーマンだっけ?」


 年上の青年に聞かれ、ウィストは隠すことも無く肯定した。


「あぁ、あの《臆病虫》のグーマンか」


 別の男が馬鹿にするように言った。顔見知り程度の仲とはいえ、同じ依頼を受けた者がそう言われるのは腹が立つ。だから彼らを戒めたのだが、男は語るのを止めなかった。


「だってあいつ、ずっとマイルスに居続けてるんだろ? この辺の専業の中級冒険者は、近くの中級ダンジョンを踏破したらエルガルドに行くのが当然の流れになっている。あそこは近くに中級ダンジョンが七つもあるからな。上級冒険者になるにはもってこいの場所だ。けどあいつは、ムガルダンジョンをとっくの昔に踏破してるにもかかわらず、一向にマイルスから出ない。それだけならともかく、ソラン達にくっついて小遣い稼ぎをしてるって話だ。ありゃあ他のダンジョンに行くのにビビってんだよ」


 周りの人達は、男の言うことを否定しなかった。まるでそれが真実と言わんばかりの表情だった。


「しかもその縁を利用して、家の近くでは威張っているらしいぜ。ウィストもよ、そんな奴が幅を利かすとこじゃなくてこっちに来たらどうだ? こっちは張り合いがいのある奴が多いぜぇ」


 もちろんウィストはそれを断った。だがその話は、未だに記憶に残っていた。だからさっきのセリフは、あの男の言う通りにソラン達の力を借りた故の発言なのかと疑ってしまう。


 嫌な考えが脳裏から離れないまま歩き続けると、他の家から離れた場所に一軒の家を見つけた。古いが他の家よりも大きい。その家から、騒がしい声が聞こえた。けたたましい子供の声や、時折男性の声が響いている。

 グーマンはその家に真っ直ぐと向かっていた。ウィストが「あそこですか?」と聞くと「そうだよ」と頷かれる。


 いったいあの家に何があるのか。疑問を抱きながら歩いていると、家のドアが開き、男の子が出てきた。男の子はグーマンに気付くと声を上げる。


「あ、兄ちゃんだ! おかえりー!」


 グーマンに向かって走り出し、近くまで来ると飛びついた。グーマンは優しく男の子を受け止めた。


「ただいまユーク。ちゃんと留守番してたか?」

「うん! おっちゃんも来てくれたから楽しかったよ」

「そうか。良かったな」


 仲睦まじく笑っている二人を他所に、ウィストは困惑していた。

 兄ちゃん? もしかして……。


「ここってグーマンさんの家ですか?」

「そうだよ。言ったでしょ。良いところで安心できる場所って」


 我が家の事をそう言ってもおかしくはないことだ。怪しがっていた自分が馬鹿らしくなってきた。

 ユークと呼ばれた少年は、ウィストをじっと見るとグーマンに向かって「この人誰?」と訊ねた。


「後輩のウィストちゃんだよ。僕と同じ中級冒険者さ」

「ウィストだよ。よろしくね、ユーク君」


 ユークはぶっきらぼうに「どうも」と答えると、走って家の中に戻って行った。ちょっとショックだった。


「初対面の女性にはいつもああだから、気にしないでね」


 フォローを入れられて、少しだけ安心する。

 直後に、家の中から何人もの子供が姿を現した。


「ホントだ。知らない女の人だ」

「いつもと違う人だねー」

「けど一番歳が近いかも」

「彼女? 彼女?」

「こんにちはー!」


 一番小さな女の子が挨拶をしてきた。同じように挨拶を返すと、嬉しそうな顔をする。


「挨拶できたのはミーナだけかー。他の皆は挨拶してくれないのかなー?」


 グーマンの言葉を聞き、ミーナと呼ばれた女の子以外がすぐに「こんにちはー!」と大きな声で挨拶をした。なかなか躾ができているようだ。


「よくできました。じゃあ早速中に入ろうか。ウィストちゃんもどうぞ」


 促されるがままに来たが、気になることは残っていた。グーマンはウィストに「答えが見つかるかもしれない」と言った。だがこの家でそれが見つかるのかが不安だった。


 家の中に入ると、「グーマン!」と聞き覚えのある大声と赤ん坊の泣き声が聞こえた。その者は玄関の近くにある部屋から出てきた。


「一週間も家事させるなんて聞いてねぇぞ! いつもの冒険以上に疲れたわ! というか赤ん坊を泣き止ませろ!」


 《マイルスの英雄》ソランが、赤ん坊を抱きながら怒っていた。






「どうぞ。お茶です」


 居間に通されて、テーブル前の椅子に座ったウィストの前にお茶が出された。「ありがと」と礼を言うと、お茶を出した髪の長い少女は微笑んでから居間から出て、台所にいるグーマンの方に向かって行った。少女がグーマンの前に立って頭のてっぺんを向けると、グーマンが「よくできました」と言いながら頭を撫でる。少女は嬉しそうに笑っていた。


「兄ちゃん。これ味見して」


 ウィストと歳が近そうな短髪の少女は、グーマンの前に小皿を出した。グーマンは小皿に入っているスープを飲むと、「うん、美味しいよ」と笑顔で答える。短髪少女は誇らしそうに胸を張って「当然っ!」と言った。


 ユークとミーナ、残りの小さな男の子は洗濯物を取り込み、綺麗に畳んでいる。だがちらちらと目線をウィスト達の方に向けていた。


「なかなか騒がしい家だろ?」


 テーブルの向かい側に座っているソランはお茶を飲んでいる。若干だが疲労の色が見られた。


「賑やか、って感じですね」

「八人家族だからな。静かなのは客が来ているときと寝るときだけだ」

「一緒に寝てたんですか?」

「この一週間な。グーマンが居ないから、用心棒代わりに必要なんだよ」


 ソランはまた茶を口に運んだ。特に変な事を言っているつもりは無さそうだが、ウィストは驚いてばかりだった。


 グーマンがこんな貧相な区画の出身で、しかも大家族の長男、さらにはグーマンが留守の間はソランが家にいたという話だ。予想外な情報の連続に動揺しっぱなしだ。

 とりあえず状況を整理するために、ウィストはソランに話を聞いた。


 グーマンの父親はおらず、母親は今も仕事中だ。かなり忙しいため、母親は朝ぐらいしか子供と顔を合わせられないらしい。だからグーマンが稼ぎに出る昼間以外は、長男のグーマンが親代わりとして生活しているようだ。今回のように、しばらく家を空けるときはソラン達に手を借りていると聞いた。


 話を聞き終えると顔が熱くなった。ラマットで聞いた噂の真相、それは家族のためだ。母一人、兄弟六人を残してマイルスを出られるわけがない。手を借りれると言っても限度がある。グーマンは上級冒険者になりたくてもなれないのだ。知らなかったとはいえあんな噂を少しでも信じてしまうとは……。


「で、お前は何しにここに来たんだ?」


 ソランがコップの縁を口に運び、目一杯傾ける。飲み干したと思われるとテーブルにコップを置き、ウィストの目を真っ直ぐと見据える。


 ウィストはここに来た理由を思い出し、それをソランに打ち明けた。ソランは腕を組み、たまに頷きながら話を聞いた。そしてウィストが話し終えると、「なるほど、な」とソランは頷いた。


「で、どうしたらいいんでしょう?」

「知らん」


 たった三文字で終わった。せっかくここまで来て話をしたのに、三文字は短すぎる。


「つってもよぉ―――」


 ソランは椅子の上で胡坐を組みながらぶっきらぼうに答える。


「お前が何をヴィックに求めてんのかって、俺に分かるわけねぇだろ。俺はお前じゃないんだから」

「そうですけど……なんかヒントとか無いですか?」

「ない。俺とお前は違う。人格も容姿も性別も実力も環境も違う。そんな奴に俺のアドバイスは役立たん」


 不親切な態度にウィストはうな垂れる。これほど非協力的だとは思わなかった。溜め息を吐いてから、どう聞き出すか考え直した。


「じゃあ、その違いを教えたらどうですか?」


 さっきまで台所にいたグーマンが、お菓子が入った箱を持って来てテーブルに置いた。ラマットで買った土産の白色のクッキーが、箱の中で九つに区切られて三つずつ入っていた。ソランは一つだけつまんで口の中に入れた。


「違いか……俺が新人の頃よりかはつまらない環境にいるな、とは思ったな」

「つまらない、ですか?」


 「あぁ」と肯定しながらまたクッキーを口に運ぶ。一つ目を食べた時よりも時間を掛けて噛んでいた。


「俺が新人の頃は、ここの冒険者ギルドはひどい有り様だった。柄の悪い冒険者が多いわ、依頼数も少ない、ギルドのサポートも頼れなかった。誰にも頼れない、そう思いながら冒険を続けてた。だが会う奴等は皆、張り合いがいのある奴等ばかりだった。競い合えるライバル、気の置けない友人、飽きさせない仕事相手、可愛い後輩と生意気な弟子、ムカつく敵に倒し甲斐のあるモンスター、そして信頼できる相棒―――」


 クッキーをゆっくりと噛むと、最後にごくんと喉に通す。三つ目に手を伸ばさないのを見てもう食べないのかと思ったが、また一つ手に摘まんで口の中に入れる。


「イラつくことや後悔したこともあったが、楽しいことの方が多かった。それもこれも、出会ったやつらのお蔭だったと言えるよ。毎日と言っていいほどギルドやムカつく奴の文句を口にしてたが、今思えば充実してた日々だった」


 ソランは遠い日を懐かしんでいるようだった。中身を飲み干したはずのコップを口につけようとし、飲む直前に気付いてテーブルに置いた。


 「さて」と言って、ソランは改めてウィストを見た。


「お前の周囲に、お前を楽しませてくれる奴はいるか?」


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