第20話 隊長の側にいるのが好きです
「おまたせしました!」
まばたきが多いウエイトレスの女性が、エールを持ってきてくれました。
ふふふ。久しぶりのエール。あ、前世ぶりですね。
私はエールがなみなみと注がれたジョッキを両手で包むように持ちます。
重すぎて持てないということではないですよ。
エールは冷やしたほうが美味しいのです。
氷属性に特化した私であれば、エールをいい感じに冷やせるのですよ。
そしてよく冷えたところで、ごくごくと飲むのです。
くっー! 一人残って訓練場を直していたあとのエールは美味しいです!
これだけでも王都に来たかいがあったというもの。それもレクスの奢りなのでタダです。
「隊長。私の分もお願いしてもいいですか」
「いいですよ〜」
私は機嫌よくレクスの分のエールも冷やしてあげます。
そしてつまみのチーズとエールの相性は最高です。何杯でも飲めそうです。
が、宿舎も門限がありますからね。さっさと食べて戻らないと夜空を見ながら寝ることになってしまいます。
「そこをどけ!」
料理を食べ終わってそろそろ店を出ようとしたところで、偉そうな客が来たようですわ。
横目でチラリと見ますと、黒い揃いの制服に身をつつんだ者たちが集団で店に入って来ています。
騎士団の隊服ではないですが、どこのものでしょうか?
「席がたりねぇーぞ! そこを空けろ!」
まだ食事をしている人たちを押しのけて、テーブルの上にあるものを全部床に落としています。
素行が悪すぎますわ。
「あれは何?」
私は隣のレクスに尋ねました。私の記憶にはあのような制服を身につける者たちはいませんでしたから。
「警邏隊です。主に下街の治安を維持に務めている者たちです」
あの? レクスの言葉と目の前で起こっていることに乖離がありすぎるのですけど?
「これに騎士団は関与しない?」
「管轄が違うのですよ。あまりもめると上から叱咤されますね」
ん? 騎士団の上はハヴュメリア教で、その上が国王陛下です。
国の武力として認められた騎士団が関わってはいけない組織とはなんですか?
これは戦後のゴタゴタでなにかあったということですか。
国ごとには関わらないことが一番です。
「出ましょう」
今日は訓練場のことで上に目をつけられてしまったので帰りましょう。ここで騒ぎを起こして、老害に触接会うことになれば殴っていそうですからね。
無理難題をいつも言ってくるハイラディ団長。あ、元ですね。
レクスはカウンターにお金を置いて立ち上がり、私の手を引いて入り口に向かいます。
あの? 私と手を繋ぐ必要があるのですか?
まさか! 私が警邏隊という者たちに突っかかると思っているとか?
私は大人ですからね。そんなにケンカっ早くありません。
「へぇー綺麗な顔をしたぼっちゃんじゃねぇか」
「女みてぇー」
「これなら男でもいけるんじゃねぇ?」
さっさと出ていこうとしましたのに、その行く手を阻む警邏隊の者たち。
その辺りのゴロツキと変わらないのではないのですか?
というか、外套を羽織っているとはいえ、女ではなく、男認定なのですか?
解せません。やはり……私はまばたきの多いウエイトレスの女性を見ます。
胸ですか! 前かがみになって、これみよがしに見せつけてきた胸ですか!
「おい、そこの綺麗な顔のぼっちゃん。俺達と一緒に飲まねぇか?」
「は? 下品な奴らと飲む酒はまずそうだ」
「俺達に歯向かうって言うのか? 俺達はあの王弟殿下直属の警邏隊だぞ」
王弟? ……王弟?ああ、あの……
「戦場で勝手に危機に陥って敵に捕まって糞尿まみれになっていた? ランドルフ王弟殿下?」
あれは酷かったです。確か王弟殿下が18歳でしたか? 粋がって勝手に敵陣に突っ込んで、囚われた王弟殿下救出作戦。
別に敵陣を制圧するのは簡単だったのですが、そのあとの牢に囚われた王弟殿下を誰が運び出すかでもめたのですよね。
一応、汚物を入れるツボがあったのですから、そこで用を足せば良かったのに、まさかの……ん?
何故か店の中がシーンと静まり返っていました。
「隊長。たぶん、それはランドルフ殿下が敵陣を殲滅したということになっていたと思います」
私の耳元でコソコソと教えてくれたレクスの言葉にポンと手を打ちました。
あ。そうでした。私たちの功績は無かったこととされ、ランドルフ王弟殿下の初陣の勝利とされたのでした。
「あ、ごめーん。今の無しで、それではさようなら〜」
私はレクスの手を引っ張って、さっさと店を後にしたのでした。
そして手を引っ張っているレクスの笑いが止まらないようで、どうしたものかと困っています。
「やはり、私は隊長の側にいるのが好きです」
「そうですか〜。あと隊長ではないですよ〜」
もしかして、エール一杯で酔ってしまっているのでしょうか? 笑い上戸?
これ、騎獣を預けているところにたどり着くまでに治るのでしょうか。
12月は色々忙しいので更新頻度は落ちると思いますm(__)m




