第19話 隊長…すみません
「隊長……俺が貸した金貨三枚を返してください」
「は? それはラドベルトがヘマした件で帳消しだと言ったはず」
「あ、その言い方はフェリラン中隊長だ」
ハッ! また私は試されていたのですか!
確かにその昔、金貨三枚を借りましたが、ラドベルトのお陰で危機的状況に陥って、生きて帰れたら金貨三枚分はチャラだという話になっていたはずです。
それに借りた本人は死んでいるので、返済は無理ですよ。
「たいちょうー……すみません。生きて戻ってきてしまってすみません」
そして何故かラドベルトが、泣きながら謝ってきました。それも地面に膝をつけて私の腕を掴んでです。
レクスにも謝罪されましたが、何故謝ることがあるのですか?
それにラドベルトは最後の戦いの前に後方に下げたので、謝ることは何もないのです。
「はぁ、何を泣いて謝ることがあるのです。今は結婚して子供もいるではないですか」
幸せな家庭が持てて良かったと、自慢して欲しいところですね。
「おれ……ずっと後悔していて……あの時足を失わなければと……」
「ラドベルト。後悔する暇があるなら、子供にお菓子でも買って帰れ。そして家族との時間を大切にしろ。それが我々が手にした勝利の証だ」
「たいちょうー……はい、すみません。すみません。すみません」
何に謝っているのかわかりませんが、そろそろ腕を離して欲しいですわ。
落ち着いたらしいラドベルトは、子供にお土産を買って帰ると言って去っていきました。
あれ、杖をついていますが、本当は必要ないと思うのですけど。
あと、私をシエラメリーナと言わないことを口止めしましたが、覚えていてくれているでしょうね。
ラドベルトを見送った私は振り返り、レクスを睨みつけました。
「あれほど隊長と呼ぶなといいましたよね?」
「ラドベルトも隊長と会えて良かったと思っていますよ」
「そういうことではなく! 人が居ようが居まいが呼ぶなと言っているのです!」
私は腰に手を当てて言い切ります。
しかし、私の言葉が聞こえていないのか、レクスはニコニコと笑みを浮かべているのでした。
「怒っている隊長も可愛い」
「可愛くないです!」
という言葉と共にお腹の虫もぐーと鳴ってしまいました。
これは恥ずかしいですわ。威厳もなにもあったものではないです。
耳まで熱くなっていると、クスクスと笑うレクスに手を引かれて訓練場を後にしたのでした。
あ。地面の整備用のローラーを放置したままです。早朝に片付ければいいですよね。
どんな仰々しいところに連れて行かれるのかと思えば、下街の大衆食堂でした。
昨日も思いましたが、ファングラン公爵家の方がこのようなところに来ないと思いますよ。
それも外套は羽織っているものの目立つ白い騎士の隊服でです。因みに騎士ではない見習い騎士と従騎士は紺色の隊服です。
ええ、騎士でも身分がない平民や低位貴族出身の者もいるので、青い隊服はちらほら見えます。
そしてレクスは戸惑うことなくカウンターの席につきましたので、通い慣れているのが窺えました。
え? 普通は団長がこんな庶民の店に来ませんわよね?
「好きなものを頼んでください。味は変わっていないと思いますよ」
はい。このお店も前世のときによく利用していた食堂です。安いのに量が多い。
部下たちに奢るのに最適な店でした。
ええ、中隊長といってもそこまで給金は上がりませんからね。
「よく、来るのですか?」
「こういう雑多なところだと、嫌なことを忘れられるのですよ」
そうですか。確かに騒がしいですわね。
だいぶんお酒が入っている方々もいるようですから。
「ご注文はいかがいたしますか?」
そこにお店のウエイトレスの女性が注文を聞きにきました。
それもなんだか前かがみで、まばたきが多い人ですわね。
「エールとオークのステーキで」
エール! お酒飲みたいですわ。
家では庶民的なエールなど、出してもらえませんでしたもの。
「エールとトード鳥のシチューとチーズ盛り合わせです」
「かしこまりました〜」
ウエイトレスの女性は注文を聞いて去っていきました。しかし、ずっと目をパチパチしていましたが、目が痛かったのでしょうか?
確かにタバコの煙も店の中に充満していますから、慣れない人には煙たいかもしれません。
「隊長。お酒は早いのでは?」
「ん? 私はせ……」
成人していると言ったら歳がバレてしまうではないですか。あぶない。あぶない。
「レクス。内緒ですよ」
私は人差し指を口の前に持ってきて黙っているように言います。
タバコは注意しないのにお酒は注意してくるのですか。
「隊長が可愛すぎる」
「レクス。隊長と呼ぶなと言っているだろう」
顔を片手でおおって、馬鹿なことを呟くレクスに注意をした。
何度言えばわかってくれるのですか。
私はポケットからタバコを取り出して、一服するのでした。




