第18話 私が姉のほうだと言ってはいけません
私は日が落ちた暗闇に中で、一人で訓練場の後始末をしています。
ええ、団長が従騎士に指導という名目でしたが、流石にやりすぎたので、レクスは上に報告に行っています。
騎士団の団長が一番トップかと言えばそうでもありません。実働部隊のトップが団長ですが、頭が固い老害がその上にいるので、レクスがいれば丸くおさまるということではないのです。
「しかしなぁ、ちょっとやり過ぎじゃないのか? シエラメリーナの嬢ちゃん」
「ラドベルト子爵。口だけなら必要ないですよ」
大方穴を埋めたので今は地面をならしているところです。円柱状になった大きな石を転がすように引っ張っていました。
その私の側には元部下のラドベルトがおり、口だけは出してくるのです。
「まぁ。レクスの団長も、はしゃいでいたよなぁ?」
なんですか? はしゃぐって?
「今じゃ、レクスの団長とまともに戦えるヤツっていないだろう?」
「知りませんよ」
「マルトレディルなんて、もう剣を握ることはなくなっただろう?」
「お父様は、今でも鍛錬はしておりますよ」
「え? マジかよ。あれほど、もう剣は握らないと言っていたのにか?」
確かに幼い私が剣が欲しいと言った時は渋い顔をしていましたが、弟に剣を教えるころには、時々剣を振るっている姿を見るようになりました。
「いや、俺もこのなりだろう?」
そう言ってラドベルトは自分の片足を指します。義足ですわね。
「もう。まともに剣で戦えないからな」
「は?」
何を言っているのですか? その魔工具の義足は最新式ですわよね?
ほぼ普通の足と変わらないと聞いています。
「何を甘ったれたことを言っているのですか? ラドベルト子爵」
私は地面をならしていたものをそこに置いて、ラドベルトの元に向かいます。
「戦えないのはラドベルトの心です」
私はそう言ってラドベルトの心臓に向けて剣を突きつけます。
「鍛錬不足は見受けられますが、日々の鍛錬は続けていますよね?」
ディレニールは体幹のズレを感じましたが、ラドベルトにはそれがありませんでした。
それは義足でも鍛錬を続けていたということです。
「その腰の剣は飾りですか? その剣はなんのために振るってきたのですか? 私は戦えない者の代わりに剣を振るいます」
この信念は今も昔も変わりません。
戦争が無ければ、本当に平和なのかと言えばそうではありません。
何かしらの問題が日々起こっているのです。
「あなたはこのまま私に心臓を貫かれて死ぬのですか?」
私は殺気を混じえて、突きを放ちます。
「必要のない剣ならここで捨ててしまえばいいのです」
ラドベルトは足を失ったにもかかわらず騎士団に残っています。その本当の理由は私にはわかりませんが、戦う意志はあるということです。
本当に心が折れているのであれば、剣を捨てて別の道を歩むこともできたのですから。
「この剣は俺達の魂だから、決して捨てることはない」
そう言ってラドベルトは私の剣を弾き返しました。
「きちんと扱えているではないですか。まだ剣を持てていますよ」
私は剣を鞘に収めて、地面を平らにする作業に戻ります。しかし重いですわ。
「こんなの扱えている内に入らねぇ」
そうぼやくラドベルトがいますが、若い頃と同じように剣が扱えるわけではないことは知っていますわよ。
しかし、今年八十になる老害が剣を振るっているところを目にしましたので、鍛錬しだいだと思いますわ。
しかし、あのジジィが今も健在だということのほうに驚きです。私を前線送りにしたハイラディ元団長。
「隊長。お疲れ様です」
そこにレクスの声が降ってきました。だ・か・ら!
「隊長と呼ぶなと言っているだろう!」
私の体重の何倍もある石のローラーを遠心力で振り回して、声がした方に投げつけます。
しかし、レクスにスッと横に避けられてしまいました。
「もう、夕食の時間も過ぎてしまったので、ご一緒に食べませんか?」
え? もう宿舎の夕食の時間を過ぎてしまったのですか! 食べそこねてしまいました!
「え? 隊長?」
ラドベルトの声に、ハッとなって振り向きます。こ……これは、どう言い訳をすれば……レクスが馬鹿だということにすればごまかせるでしょうか。
「なんだ。ラドベルトもいたのか」
私は慌ててラドベルトの元に向かいます。
「いいですか。絶対に団長には私が姉のほうだと言ってはいけません」
私は私自身のことより、弟の名誉を守ることを優先しました。元から私が姉のシエラメリーナと知っているラドベルトは仕方がないですが、レクスにアルバートが姉のシエラメリーナだったと認識されるのは危険です。
いろんな意味で危険です。




