第13話 ボコったことを褒められた
「ほぅ」
私が団長に向けた殺気に気づいたディレニールが立ち上がりました。
あら? 立ち上がる時に身体の重心が歪んでいるのが見て取れます。
そうですか。やはり元ディレニール中隊長ですか。
重傷を負ったために後方に下げられたと報告を受けていましたが、生きていたとは。
まぁ、顔を合わせば意見が合わず口喧嘩していた記憶しかありませんが。
「君が噂の従騎士マルトレディルか」
歳は50歳手前ぐらいでしょうか。金髪に白髪が混じり、20年の歳月を感じてしまいます。
噂とは、どのような噂なのでしょうか。
しかしその20年という月日は、あの口うるさいディレニール中隊長を大人しくさせる効力があるのですね。
私が団長に偉そうに言っている時点で『君は何様ですかね』と言われてもおかしくはなかったはずです。
「君は何様のつもりですかね? 団長への口の利き方がなっていません」
言われてしまいました。やはり彼はディレニール中隊長です。それも眉間に深いシワ付きです。
「しかし、口だけの若造共に制裁をくだしたことは称賛に値しますよ」
え? 小隊長以上をボコったことを褒められた!
これはディレニール中隊長かどうか怪しくなってきました。
「あと君の申請書は何ですか? 腹立たしいぐらい完璧ですね」
これは褒められているのか、怒られているのかわかりませんわ。
しかしディレニール中隊長であれば、褒め称えている言葉ですわね。
「ありがとうございます。それでそこを通していただけないでしょうか?」
私は大量の書類を抱えたまま立っているのです。いい加減に団長室から出たいですわ。
その後にいくらでも団長にダメ出しをしてくれていいですよ。
「ああ」
私と抱えている書類に視線を向けたディレニールは道を開けてくれました。そして団長も立ち上がって私を通してくれるようです。
本当にここでは私はただの従騎士なので、隊長などと呼ばないで欲しいものです。という視線をレクスに送りながら部屋を出たのでした。
しかし、あのディレニール中隊長が将校ですか。将校は幹部職になりますので、偉くなったものです。
まぁ、流石に未だに現役とはいかないでしょう。どうも重傷を負った後遺症が残っているのか、身体のバランスが悪そうでしたから。
そして、そのディレニールが背後からついてくるのですが? これはどういうことなのですか!
私は背後霊に憑かれやすいタイプとか言いませんわよね?
背後からブスブスと視線が突き刺さってくるのです。
それも無言なので怖いですわ。
「あの……何か?」
私は斜め後ろに視線を向けながら尋ねます。
確か団長にクレームを言いに来たのですよね? そのまま、話を続けていただいてよかったのですよ?
「君の父君は何故、君にそこまでのものを求めたのです?」
……何のことを聞いているのか主語を言って欲しいですわ。
「そこまでのものとは?」
「戦う者の力ですよ。それは騎士として必要がないものです」
ああ、魔装とか体術のことですか。騎士道からは反していると。
ええ、弟の剣の師も騎士の剣を教えようとしていました。しかし、それでは本当に大切なものは守れません。
後悔してからでは遅いのです。
自分の身体を盾として戦う魔装。
剣が折れても戦える体術。
おきれいな剣では自分すらも守れません。
「さぁ? 私にはわかりません。それが何か?」
弟のアルバートには強くなることを求めました。その理由は領地を守る者として強くありなさいと言っただけです。
それに父も騎士の剣ではなく戦士としての剣を使いますので、きっと疑問に思うことはなかったと思います。
だから私はわからないと答えました。ええ、アルバートは答えを持っていないでしょうから。
「この平和な時代には不要なものでしょう」
「それは本当だと思っているのですか?」
平和。この二十年間は他国と戦争をしていません。ですが、それは本当ですか?
私はあのとき完全なる勝利を望みました。それは私が死しても他の者がやり遂げると思ったからです。
だから私は……。
「そうですね。君の父は戦争のことをどれほど君に話しましたか?」
「父は戦争の話を口にだすことはありませんでした。ただ、激戦区にいたというのは、他の人から聞いています」
あのほわほわした父は、一度も私と弟に戦争のことを話していません。私が耳にするのは、時々来る父の戦友たちです。
ただ、その時の父は苦い笑みを浮かべて話を聞いているので、思い出したくないのだと私は思っています。
「そうですか。では氷姫フェリランという名は聞いたことはありますか?」
私ですけど?
そのイタい二つ名をディレニールの口から聞くとは思っていませんでしたわよ!
嫌です。恥ずかしいです。
いったい何を言われるのですか?
私はディレニールから距離を取るように、廊下を早足で進むのでした。




