第10話 これはデートですか? ストーカーですか?
美味しい。ふわふわケーキ。やはり、この店は最高です。
白いクリームの上にある宝石のような果実。ビターの中に甘みがあるチョコレート。
ぷるるんと口の中で溶けていくプリン。
全てが美味しいです。
そしてその甘さと調和する苦みと酸味がある珈琲。最高です。
私がケーキに舌鼓を打っている向かい側では、レクスが紙に何かを書いているのです。ですが、その枚数が半端ないのです。
もう十枚を超えているのではないのですか?
そのレクスの背後に控えているのは、見覚えのある従者。
昔からレクスに付き従っていた侍従です。壮年という年齢でしょうか? レクスよりは年上だったと思います。
確かに貴族が一人で行動することは、ほぼありませんから、誰かがついていてもおかしくはありません。
その侍従がいつの間にか現れて、レクスに大量の紙を渡したのです。
たぶん。あれは父への手紙だと思うのですが、一枚でいいと思います。
父に連絡を取ろうとレクスはしているようです。その手紙の量は尋常ではないですよね。
侍従であれば、書きすぎだと止めるところだと思います。
まぁ、好きなだけ書いてくれていいですよ。
私は食べ終わったので、席を立ちました。
レクスの奢りだと言っていましたから、支払いはお任せしましょう。
「ご令嬢。どちらへ」
私が動き出そうとすると、その行き先を遮るように侍従が立ちはだかりました。
この侍従も侮れないのですよね。ファングラン公爵家は怖いですわ。
「散歩です」
もういい時間ですので、帰りながら気にったものを購入して戻ろうと思います。
「もう少しゆっくりとされていては如何でしょう?」
それはレクスが書き終わっていないから引き止めているのですよね。それ、私は関係ありますか?
「あら? 私がファングラン騎士団団長に付き合う必要があるとでも?」
「はい」
「背後霊のように、つきまとっていた人に付き合う理由があるとでも?」
「……」
背後霊という言葉に何かしら思うことがある侍従は、手紙を書き続けている己の主に視線を向けます。
「お声をかけるタイミングを見計らっていたのだと思います。それにこの周りはファングラン公爵家の護衛がいるので、ご令嬢には些かご不便をおかけいたしますと申しておきます」
これは、周りはファングラン公爵家の者がいるので勝手な行動はできないと脅されているわけね。
「そうね。でもそろそろ家の者が迎えにくる時間だから帰るわ。そこを通していただけるかしら?」
なるべく穏便にことを納めましょう。御者が迎えにくることは本当のことですもの。
「マルトレディル伯爵家には、こちらでご令嬢をお送りいたしますと連絡をいれましたので、ごゆっくりお過ごしください」
「優秀すぎる侍従は鼻につくわね」
私はわざとらしくドカリと席に戻り、タバコを取り出して火をつけます。
既に家に連絡を入れていたとは、仕事が早いですわね。
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないわよ」
これは本当に、ご指導というものをしないと帰してもらえないの?
「私は行きたいところがあるのだけど、あなたのご主人に席を立っていいか聞いてもらえるかしら?」
私は侍従に仕事を与えます。暇だから、私の前に立ちはだかっているのですよね。
すると、侍従は私の側から離れ、レクスの背後に戻り、言葉をかけています。
さて、今のうちに行きましょう。
壁がなくなったので、テラスの手すりを飛び越えて路地に降り立ちました。
「あ!」
私は侍従の声を聞きながら、更に地面を蹴り、向かい側の建物の屋根まで跳躍します。
「それではごきげんよう」
護衛と言っても、それは店の周りの道に配備されているだけのこと。屋根の上は警備の対象から外れていますわよね。
どうしましょう。私に背後霊がついていますわ。
屋根伝いに大通りまで出るまでは良かったはずです。
私の背後には誰もいませんでした。
ですが、行きに気になったガンレットが置いてある店に入ろうと扉に手をかけたところで、扉のガラスに映る背後霊がいるではないですか!
恐る恐る振り返れば、赤い隻眼が私を見下ろしています。
「レクス。声ぐらいかけたらいいのではないのですか?」
無言でいるから怖いのです。一言声をかけてくださいよ。
「あまりにも隊長が可愛いので見惚れていました」
意味がわからない理由を言われてしまいました。
声をかけるぐらいできますよね。
私は店に入るのを諦めて、踵を返します。
「入らないのですか?」
「はぁ、別の日にします。ご指導というものをしないかぎりこの状態なのですよね?」
「隊長とデートができて満足なのですが」
……デート? どこがデートなのですか?
デートといえば、恋人や婚約者が一緒に出かけて、観覧したり景色のいい場所を散歩したり、一緒に食事をとったりする……。
ウインドウショッピングしている私についている背後霊。喫茶店で飲食をする。ウキウキで王都の散歩を楽しんでいる私についている背後霊。
デートってこういうものですの?
絶対に違うような気がします。
「それだと、レクスについている侍従もデートしていることになりますよ」
「どうしてそういう解釈になるのですか?」
「ではレクス。侍従がずっとついていることを認識していますか?」
「それがエストの職務なので当たり前ですよね」
「それは認識していないということですよ。私はレクスがいることを認識していません。これはデートですか? ストーカーですか?」
「デートです」
その答えにイラッとします。
私がレクスを認識していないのに、どこがデートと言いはるのですか!
「ストーカーに決まっている! だいたい昔から気配を消して背後に立つなと言っていたはず」
「怒っている隊長も可愛い」
「ご令嬢、申し訳ございません。最近の主は浮かれすぎなので、少々多めに見ていただけるとありがたいです」
突然レクスの背後から、擁護するように侍従が現れました。
これは侍従も困っているということですわよね。
浮かれすぎとか言われていますわよ。
「あとひと目がございますので、こちらに来ていただけると大変助かります」
騎士団団長の奇行の噂が、これ以上増えても困るということですか。
どちらにしろ、迎えの馬車がこなければ、貴族街まで歩いて戻る羽目になるので、今日は言葉に甘えますよ。
結局私はファングラン公爵家の馬車に乗ることになったのでした。
数時間後(伯爵と執事)
「なにこれ?手紙って言わなかった」
「はい。旦那様。騎士団団長様より手紙が届いております」
「同じことを言わなくてもいいよ。これ絶対に苦情報告書だよね?」
「シエラメリーナお嬢様に対する苦情かもしれませんが、ただの季節のご挨拶かもしれません」
「封筒の中身をちらりと覗いたけど、どうみても報告書の量だよね?読むのが怖すぎるのだけど」
「旦那様。お嬢様を王都に行かせた時点で、問題が起こらない可能性は0だと認識されておりましたよね?」
「わかっていたけど、苦情がくるまで1週間って早すぎないかなぁ」




