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異世界に根付くニホン文明  作者: 黄昏人
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ジルコニア視察団のフソウ国上陸

お読みいただきありがとうございます。

 フソウ国自衛艦カシオペアは、正午ごろ拾いあげたジルコニア帝国視察団を乗せて、概ね3昼夜の航海の後にフソウ国首都の新東京港に到着した。その間、1万トンの自衛艦は5時間ほど暴風雨圏内を通過したために巨艦も相当に揺れた。


 とりわけ2時間ほどは揺れがひどかったが、その間は艦も進行方向を変えて、波に向かって舳先を立てて嵐をやり過ごしている。ただ、旅客は酔い止めの薬を与えられて、それほどひどい船酔いをすることもなかった。また、元々フリゲート艦でも最上級の部屋を与えられていた皇女はともかく、それぞれの団員は驚くほど快適な部屋を与えられている。


 まず、皇女と公爵は貴賓室を与えられたが、それは広さこそフリゲート艦の1.5倍程度であったが、バス・トイレ付きのものであった。各団員はトイレ・シャワーが共同であったが、個室を与えられた。また、各部屋はシンプルだが清潔であり、さわやかな空気が循環していて、明るい色の内装に昼間と変わらない照度の照明がついている。


 これはフリゲート艦の、悪臭が漂うよどんだ空気の部屋で、魔道具の暗い照明の部屋とは気分的にも大いに異なるものであった。そして、カフェテリアで供される、柔らかいパンあるいはご飯に味わったことのない様々な食べ物は、半分以上が貴族である団員にとっても初めての御馳走であった。


「いやあ、この船に乗るとフソウという国がいかに進んでいるかわかるなあ」

 休憩室に寛ぎながら帝国政府の若手官僚である産業振興担当のカピス・ジラ・レイスビャクが言うのに、この船旅で親しくなったペールス・カビタンが応じる。彼は地方計画担当である。またもう一人、帝国統合軍参謀部のデスラー・カメラムが同席している。


「ああ、僕もそう思う。悲しいかな次元が異なる。まず、部屋の空気がさわやかであるということ、更には外気より明らかに温度が低い。つまり、外気を取り入れて中の空気を吐き出しており、その際に空気を冷やしている。次に、この天井についている照明だ。聞くと電気というもので灯る照明であるらしい。

 ちなみに、空気を冷やすのもその電気を使うらしい。さらには、フソウ国の者が使っている自分で動くものは多かれ少なかれ電気を使っていると言う。いずれにせよ、こうした機器は売ってくれるというし、その知識も教えてくれるそうだから、わが帝国でも作れるようになる」


「ああ、だけどその対価が何かだ。我々が聞いた様々な便利なものはそれなりに高価だ。一方でわが帝国から売るものはそれほどない。農作物を売るにしても、彼らが言う肥料を使った農法によって大幅にとれる量が増えるというが、それまでは時間がかかる。

 彼我の技術の差を考えると、織物、工作物など売れるものは余りないはずなんだ。僕はね、レイスビャク。買うものばかりで、金が一方的にフソウに向けて出て行くが心配なんだ」


「ああ、カビタンの言う通りだ。確かにそれを心配して、極端にならないように調整することが必要だ。ただ、その点はフソウも考えていて、あまり貿易の収支が偏らないように調整すると言っている。そのため、帝国が自己消費するものは出来るだけ早く自給するようにしたいということだ。

 一つには農業の生産性を上げることで食料の安定自給を達成して、なおかつ生じた余剰人員を農業から他の産業への移動を促そうとしている。さらに、それを行いつつ食品の多様性を高めると言うのだよな。そして、その労働力を吸収するためもあるが、帝国の経済力を高めるために新たな産業を帝国で起こそうとしている。


 つまり、彼らに言わせると農業は人が生きるために必要なものではあるが、国の経済力を高めるためには商業、工業などを農業より大きいものにする必要があるということだ。

 フソウは、多分本音としては、帝国を彼らと同等にしたいとは思っていないはずだ。とりわけ軍事の面ではね。何しろ人口が全く違うから、そうなったら帝国もフソウを支配下に置きたいと思うようになる可能性はある」


 そこでレイスビャクが遮って言う。

「しかし、今現在であればこの船一つ見ても帝国はフソウに敵わんだろう。なあ、カメラム少佐。その意味では彼らがその気になればわが帝国を征服することも可能ではないかな?」


「ああ、そうだな。この艦は動力で推進する艦であって、わが海軍の最大の戦列艦の3倍の積載量がある。それでいて、艦載砲はわずか一門しかなく、口径もわが海軍の最大の砲より劣る異様な艦である。そしてその砲の銃身が口径に比べて非常に長い。

 しかし、この砲がとんでもない代物だ。我が最大の戦列艦の砲の数は120門だけど、射程は実質0.5㎞程度でも10発に1発当たる程度だ。それに比べて彼らの砲は、20㎞先の長さ10m程度の船であれば100発100中であるという。しかも毎秒1発が打てるそうだ。


 また、彼らの投射兵器はそれだけではない。ミサイルという自ら火を吐いて飛ぶ砲弾があるらしく、その大きさは砲弾の比ではなく、しかも数百㎞の彼方の艦でもほぼ100発100中で命中するという。この艦に積んでいるミサイルの数は教えてもらえなかったが数百はあるようだった。

 しかも、彼らの艦は、わが方の艦が最も風が良い時に帆で出せる最大速度の2倍程度の速度で風に関係なく走れる。また、最大の問題は、彼らは数千㎞の彼方のわが方の艦の位置を探知する方法があるらしい。つまり、わが帝国の誇る全ての艦を出動させてこの艦と戦っても、彼らの砲弾とミサイルの数が十分であれば、わが方は全滅するということだ」


 カメラムの言葉にレイスビャクが反応する。

「うーん。ということは、彼らが我が国の征服を目指した場合防ぐことはできないということか?」


「いや、さっきの話はあくまで海でのことだ。確かに彼らがその気になれば、わが海軍を全滅させることも可能だ。しかし、ある土地を征服するというのはそうはいかん。上陸は出来るだろうし、わが国の都市を破壊することも可能だろう。そして、その気になれば、人々を皆殺しすることも多分可能だ。

 だけど、そのようなことをして何になる。現状のところ帝国とフソウには対立する原因がない。はっきり言って平均的には帝国の人々は、フソウの人々より貧しい生活をしている。だから、敢えて略奪をする理由はないし、まして人々を殺す理由も都市を破壊する理由もない。


 また、武器の性能で遥かに凌いでいると言っても、人々の間に入っていって支配するのはそう簡単ではない。彼らの人口は600万程度という。軍人は精々10万人もいないだろう。そして、フソウの人々は豊かな生活をしており、人を殺す、殺されるなどという生活をすでに100年間やっていないのだ。

 武器は遥かに勝ってはいるだろうが、フソウ国の陸軍は陸上の戦いは決して強くはないはずだ。だから俺の結論としては、フソウに戦争を吹っ掛けるなどということは決してやってはならない。こちらから仕掛けなければ、彼らが帝国を侵略することは決してない。経済的侵略はあるかも知れんが、それを防ぐのは君らの役割だ」


 これに対して、カビタンが応じる。

「ふーむ。なるほど。いや、今までのかの国との話し合いの経過を聞いてきたが、彼らの言うことは本当のことだな。彼らは『帝国に豊かになって、良き交易相手になって欲しい。そうすればお互いに豊かになれる』と言っているのだよ。

 国同士の交渉に善意だけなどと言うことはあり得ないが、確かに彼らが帝国に知識を与えるとしても、必要な材料・機器を売ることで、まず彼らはそこで利益を得られる。さらにその結果において帝国は急速に豊かになるだろうから、豊かな相手との交易は大きな利益を得られることで彼らはさらに大きな利益が得られる。

 彼らには十分な利益がある訳だ。彼らは豊かな生活をしてはいるが、やはり国が小さいということで閉塞感はあるようだ。その意味で、大国のわが帝国が同等の国となって、お互いに磨き合うということを考えているとも言っている。しかし、帝国が知識・技術の面で彼らと同等に近くなった場合には、むしろ国の大きさが遥かに小さい彼らの方が、軍事的には弱者になる可能性が強い。

 そういう意味では、彼らにとって我が国と国交を開くということは、大きな危険を冒すことになる。そういう意味でも彼らは我が国に対して無理のあることを押し付けて、憎しみの対象になりたいとは思っていないだろうよ」


「ああ、俺もそう思うよ。しかし、軍から派遣された者の一人は、フソウを征服して全てを奪うなどと馬鹿なことを言っている者がいてね」


 カメラム少佐の言葉にレイスビャクが頷いて言う。

「ああ、あのマゼラン准将か」


 マゼラン准将は、無理やり視察団に加わったと言われる陸軍からの代表である。彼は30歳代の始めにあった反乱で、大活躍したことを評価されたまあ“脳筋”の将校だ。流石に公然とは放言はしないが、フソウには征服するための調査に行くなどと言っているという噂のある人物だ。


「ああ、俺に海軍としてどう攻めるか調べろと言ってきた御仁だからな。勿論、さっき言ったことを説明してこっちから攻めるのは無理だ、と言ったけど、彼はこの艦の性能を頭から信じていない。まあ、現地では軍の演習も見せてくれるらしいから、それで考えが変わると信じたいけどね」


 自衛艦カシオペアは、正午頃新東京港に着いた。乗客となった視察団は、全員が舷側に立ってフソウ国の首都を見ている。港は10万トンクラスの船が接舷できるふ頭が5本ほども突き出しており、20隻以上の数万トンから数千トンの大型貨物船と多数の船室の窓が並んでいるフェリーが繋がれている。


 フソウ国は3つの島から成っているので、多くの貨物は船で運ばれている。また互いの距離は100㎞内外であるために、人々の移動は飛行機で移動するほどでなく、30ノットで走る高速フェリーで行き来をしている。無論各島内は周回及び縦貫の高速鉄道によって結ばれているが、各島内の移動は自家用車または無人タクシーによっている。


 建物は、市街地中心の主要道路沿いでは連続して建てられているが、基本的にゆったりスペースを取って建てられており、一部を除いて3階以下の高さで抑えられている。また、街路樹、近隣公園の緑など緑に包まれた都市でもある。だから、港から見える範囲では、それほど大都市には見えない。

 その点では、建物の高さは同じ程度であるが、港から勾配がついて高くなって遠くまで街並みが見えるジルコースの方が“大都市”であるとすぐに見て判る。


「じい、割に“シントウキョウ”はこじんまりしているな。だけど、ここの港の水がきれいだし、潮の香りだけでジルコースで鼻に突く悪臭がない。それと、ふ頭の規模が違うし、あのクレーンというか貨物を吊り上げる機械が沢山あるね。それに、何と言っても沢山の“自動車”がいて、ジルコースに比べると固まって働いている人の数が少ない。

 ああ、それと、去っていくあれはフェリーという船だな。あれには、人だけでなく車も乗せているという。帆を使わずに機械で動かしているせいか、動きがうんと早いな」


 皇女ミラーズ・ミラ・ジルコニアが、それぞれに指さして外務顧問で公爵家前当主の、オリガル・ジンク・モスルライに言う。


「ええ、殿下。仰る通りです。帝国では何十人の人で集まってやる仕事を大きな機械、クレーンとトラックですか、それらで簡単にやってのけます。あれが帝国に入れば、今までよりうんと少ない人数で仕事ができますし、今までできなかったことも出来るようになります。

 港の水がきれいで、臭いがないのは汚水やごみを処理する仕組みがあるからでしょう。いずれにせよ、ここでは貰った本に書いている信じられないようなものが、実際に動いているところを見ることが出来るのです。それを帝国に取り入れたらどれほどのことが出来るか、フソウ国との取引の開始は大きな利益になると思います」


 モスルライが応じると、皇女が憂い顔で言う。

「ところで、我が視察団に、このフソウ国を征服しようと言っているという愚か者がいるそうじゃな?」


 これに対して、前公爵は薄く笑って言う。

「は、マゼラン准将ですな。頭の中身も筋肉で出来ていると言われている男です。陸軍も困ったものです。そのような愚か者を送ってくるとは。しかし、殿下、心配はありませんぞ。

 この港の様子を見るだけでも分りますが如何に愚かと言えども、フソウで実際の物を見れば我らのものとかけ離れたものを彼らが持っていることは解りましょう」


「うーむ、であればよいがな」


「よしんば、あのマゼランが結局解らなくとも、皇帝陛下はフソウ国と争うつもりはありません。それどころか、フソウ国の申し入れを降ってわいた慶事と申されておられます。お父上の皇太子殿下も同じご意見です。一准将ごときが何を出来る訳でもありませぬ。おお、船が接舷しました。下船いたしましょう」


「おお、参るか。ところで、我らが乗っていた2隻のフリゲート艦だが、ミハイルは損傷したものの自航能力はあるらしいが、僚艦のビーロングは帆柱が折れて舵を失ったために、フソウ国の船が曳航してくれているということだの。この点の礼を言う必要があるな?」


「そうです。フソウ国はこのカシオペアの後に、少し遅らせて同じ型の艦をフリゲート艦の救助のために送ってくれていたのです。幸い沈没に至りませんでしたが、乗組員は嵐の中で船を救う活動のなかで、ミハイルが3人、ビーロングは2人の者が流されて失われました。

 ビーロングは曳航してもらうことになりましたが、嵐に戦闘艦が失われるという無様な真似はしなくて済みました。まあ、それも5人を失うという乗員の奮闘のお陰ですがの」


「ううむ、痛ましいことだ……。それにしても、如何に巨艦とてフソウの艦はそのような大嵐で被害はなかったのかな?」


「被害は無かったということですが、やはり波に舳先を立てて嵐を避けたらしいですから、尋常の嵐ではなかったようです。とは言え、このようなご報告も、私は被害を受けた艦の映像も見ましたから出来たのですが、彼らは映像も音声も現場で取って送って来ていました。

 私は何と艦長のサマーズ海佐と話までできました。この通信機能も彼らと争ってはならない一つの理由です。戦においては相手の情報と別の地にいる味方との連絡は極めて重要ですが、我々は早馬か伝書鳥しかない一方で、遥か彼方まで映像まで送れるという彼等とは最初から大いに不利な立場です」


「うーむ。そのことは置いておいて、我らだけこの艦に乗ったのはやはり後ろめたいな」

 俯いて言う皇女の言葉に前公爵は反発する。


「殿下!そのようなこと申してはなりませぬ。あの艦の者たちは殿下を安全にお送りするのが役目であり、そこに万が一のこともあってはならぬのです。結果的には乗組員も多くが助かり、船も傷つきはしても助かりましたが、殿下が乗っておられても結果は変わりませぬ。

 むしろ、殿下を安全なところにお移しして、安心して嵐と戦えたと存じます。彼らは本文を尽くしたのであり、殿下はその地位に相応しい行動を成されたのです」


 歩きながらの話であったが、着岸デッキに作られた『歓迎!ジルコニア帝国視察団』と書いた門を潜って、真っ先に団長であるミラーズ皇女が進むと、中背でふっくらした中年の女性が迎える。


「ようこそ、フソウ国へミラーズ・ミラ・ジルコニア皇女殿下、私はフソウ国外務大臣ミランダ・キムラでございます。心から歓迎させて頂きます」

 彼女がそう言って差し出す手を、皇女はそっと握る。


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