ジルコニア帝国フソウ国視察団
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ジルコニア帝国は、フソウ国と国交を結ぶにあたって当然視察団を送った。何しろ大洋に浮かぶ謎の国であり、ジルコニアでも作れない様々なものを作って、彼らの言うことを信じれば帝国よりずっと豊かで便利な生活をしていると言う。
団長は30人いる皇孫の一人で15歳のミラーズ・ミラ・ジルコニアであり、副団長は前外務卿でもある65歳の外務顧問で公爵家前当主の、オリガル・ジンク:モスルライである。それに各分野の専門家である21人が加わっており、実質的な実働部隊のトップは上席外務官であるケイモス・ドラ・オペラーヌである。彼は43歳の働き盛りであり、外交の専門家ということになるだろう。
フソウから船便の提供を申し出されたが、流石に大国の面目もあって自国の船で航行することになった。使う船はフリゲート艦ミハイル号、ピーロング号の2隻で、排水量は共に1200トン余である。なにしろ、一万㎞の大海原の航海であるから、少なくともこの程度の船でないと嵐にあった場合に危ない。
また単艦で航海するのは皇族が同乗している以上危なくて認められない。さらに、近海には海賊も出没するので、軍艦として速度が速く、それなりに打撃力もある最大のフリゲート艦が選ばれたのだ。また選んだ海軍は、50門の砲を積んだこれらの最新の2艦は、文明が進んでいると称するフソウに対して示威になると思っている。
「ミラーズ殿下、ご覧ください。わがジスコースの港の賑わいを。そして、その背後に広がる巨大な皇都の姿を」
オベラーズ公爵は舷側がから見渡せる多くの船が舫っている港と街並みを、手を広げて示し言う。フソウ国の情報に少し圧倒されている皇女を元気づけようと思ったのだ。
「ああ、じい。確かにな。私もそう思っていた。しかし、あのフソウ国の数々の資料を読んだ後ではそうは言えなくなった。確かに彼らの領土の3つの島はちっぽけだし、人口はわが帝国の1/20足らずではある。しかし、彼らは空を飛ぶ乗り物、地上を馬無しで走る車、鉄路を走る乗り物があると言うではないか。
信じない者も多いが、私にはあの写真というものに映った数々のものは嘘とは思えん。彼らの船には帆がない。つまり、数々の彼らの乗り物と同様に動力というもので動いているので、必要がないのだ。我らの船は帆で動いているので、快足を誇るこのフリゲート艦も所詮は風任せだ。
彼らの単位で1万㎞というフソウからこのジルコースまで、彼らの船だと概ね10日というが、我々は順当に行ってその3倍の期間は要する。彼らの軍艦の写真も見た。長さはこの船の3倍ほどもある巨船であり、しかも鋼鉄製であり動力船であるという。
そのようなものはわが帝国は作れないし、いつになれば作れるようになるのか見当もつかぬ。私は、生まれて以来、わが帝国をこの世界で抜きんでている存在と誇りに思ってきた。しかし、我々は自分を大きく超える存在に出会った。その国にどのような覚悟で上陸すればよいのか、考えると気持ちが暗くなるのだ」
15歳の大人になりかけたほっそりした美人であるミラーズ皇女は、顔を曇らせて言う。それに対して、実務部隊のリーダーのオペラーズ外務官が彼女に向かって言う。
「ミラーズ殿下、フソウの示したあの映像や写真をまとめた本を見て大きな衝撃を受けたのは、我々外務官僚も同じです。我々も、わがジルコニア帝国は、まだ接触していない国々があるとしても、いずれにせよ抜きんでた存在と信じていましたから。
ただ、フソウと言う国はそこで発達した存在ではないのです。少数の他の世界から来た人々と、彼らが持ち込んだ機材と知識によって、そのような国を築いたものです。その少数のニホンから来たと言う人々は、自分たちが安楽な生活をしたいということで、先住の人々に知識を移植すると共に資材をつぎ込んで豊かな国にしたのです。
その段階で、先住の人々を大体は公平に扱い、下層民として支配しようとはしなかったのは、そのニホン人の変わったところですね。とは言え、二ホンからやってきた人々が有力な地位を占めていることは事実です。また、実権はないものの彼らの皇帝はニホン人です。我が帝国の場合は、征服して併合した国々は法的にも歴然と差別していますから違ってはいますね。
そして、彼らは我が国にその知識を移植して我々を豊かにし。その我が国との取引を通じて自分達もより豊かになろうとしています。その意味では、我が帝国もフソウに住んでいた先住の人々と同じ扱いということです。帝国の民にとっては大変プライドに障る事態ではありますが、大きな利を得られることは間違いありません」
「うむ、私はこの事態に当たって、わが帝国とその人々は一旦謙虚になるべきと思うのだ。帝国は確かにその皇都においての皇宮、貴族街は立派で大変豊かには見える。そして、そこに住む主として貴族は毎晩のようにパーティを開き、贅沢な生活をしている。
しかし、皇都にも多数が住む貧民街があり、それらの人々に加え田舎の村々ではそれ以上の貧困生活をしており、彼らは襤褸をまとい食べ物も十分でないようだ。
一方で、誇張はあるかもしれないが、フソウでは一般の人々も食うには困らず、皆立派な家に住みその家には便利な道具にあふれ、清潔できちんとした服を着ているとされていると言う。しかも、大抵の家には自家用車という動力で走る車があるとな。またフソウには皇室があって、国の象徴になっているというが、貴族という存在はなくて、国民は基本的に平等と言っている。まあ、人が作る社会に平等などということはあり得ないがね」
皇孫女の話にモスルライ公爵は改めて感心した。前から思っていたが、この皇女は賢く慈悲深い。この皇孫女のみならず、皇孫子には3人の際立って賢い子供がいる。ミラーズ皇女は残念ながら、第4皇子の子供でかつ女性なので継承権はないが、幸いにして皇太子の第2子が皆から将来を嘱望されるほどに優秀だ。
ジルコニア帝国の皇帝は、皇帝の子供の男子から、生まれた順に関係なく選ばれる。選定は、皇帝が40歳を過ぎた年から評価に入り、50歳になった時点でその評価結果と選定試験によって行われる。そして、候補者がしかるべき点数に達しなかった場合には、皇帝の兄弟姉妹の子供から選ばれることになる。
評価基準は主として見識と実務能力であるから、馬鹿と我儘な者は選ばれない。そして、これらの候補者は審査官によって常時評価を受けているので、基本的には気持ちを抑えることを学ぶし、身体も鍛え、勉強も頑張っている。
とは言え、親からは当然努力することを強いられても、皇帝など大変な役にはならない方がいいと言う人もいて、そういう者は適当にさぼるようだ。得てして、そういう者の方が人格も能力の高いものが多いのだけど、結局真面目な人が皇帝になるようだ。
それに比べて、貴族の子弟については質の低さが指摘されているので、同様な制度を導入すべきという議論はあるが、審査等にそれほどのマンパワーを掛けられないということで放置されている。
とは言え、こうして皇帝候補として努力した皇子、また直系に近い皇族の女性も基本的には能力は高いので、皇国政府において、高位に上る場合も多い。ミラーズ皇女はその意味で、潜在能力は広く認められており、今回のフソウ国行きもその能力を買われてのことである。それだけに、この役目は本人にとって重いのだろう。
フリゲート艦ミハイル号、ピーロング号は順風に乗って出航した。この季節は基本的には風が良いので、1万㎞の長旅であるが航海の期間は長くて40日、短いと30日程度と見積もられている。総員23人の船客は2隻に分かれて乗っており、皇女と公爵は当然同じ艦で普段は提督が乗る貴賓室と艦長室が使われている。
途中で1回弱い時化にあったが、十分その程度は考慮されている2艦は問題なく乗り切っている。だが、皇女は比較的船酔いには強いが、それでも時化の期間はベッドから離れられなかったし、使節団の半数は最初の10日ほどは船酔いに苦しみ、時化の時などその苦しみは皇女の比ではなかった。
出航から32日が過ぎ、フソウまでの3/4の航路をこなして、長く孤独な航海を続けてきた2隻のフリゲート艦であるが、彼らにはフソウから与えられたいくつかの資料と道具がある。遭難されたのでは彼らも困るのだ。旗艦ミサイル号の船長であるジルコ・サマーズ海佐は、自分より5歳年上のベテランの副長のミーラン・タイム海尉に、操舵輪の傍に据えられている丸い世界儀を見ながら話しかけた。
「ミーラン君、この世界儀というのはとんでもなく便利だな。しかし、本当に我々の世界はこのような形なのかな?わが帝国のあるカクマク大陸に繋がったミャーマル帝国のあるママル大陸に、フソウ国のある島を挟んで反対側によりその2つの大陸より大きい大陸があるとはなあ」
「ええ、それに貰ったこの海図というものも素晴らしいものです。これを使って羅針盤をたどって行けば間違いなく目的地に着けます。でも、自国の位置が正確に判るこのようなものをフソウ国は良くわが帝国に渡しましたね。ある意味軍事機密にしても不思議でないものでだと思うのですがね」
タイム海尉が艦長の言葉に応じる。
「それだけ自分の戦力に自信があるのだろう。確かに、この船の2倍以上の長さの鉄の軍艦が何隻もあれば、わが海軍の250隻の戦列艦とその2倍のフリゲートを加えた戦闘艦を全数出動させても敵わんだろう。まして、それらはフソウと我がジルコニアの間を、10日間で渡れるほど優速であると言う………」
そこに、船室に置いていた装置に赤い灯りが点灯した。タイム副長はハッとして、教えられたようにその装置のボタンを操作した。それは、小さな本のような形の金属のケースであり、表面に色んなダイアルとボタンがついているもので、無線機と教えられている。
頂部についている赤い灯りが灯れば、フソウ国からの重要な連絡が入った証なので、聞くようにということである。更に、船が危機に陥った時にはフソウに連絡するようにということで、その際の操作方法も教えられている。この装置は5機与えられており、今回の航海の2隻のフリゲート艦に加え、海軍本部、外務省、皇宮に備えられている。
「こちら、フソウ国外務省、ジルコニア担当官のカイル・ドーラインです。ミハイル号の艦長をお願いします」装置からはっきりした声が聞こえ、それに対して艦長が進み出て装置に向かってしゃべる。
「はい、私が艦長のジルコ・サマーズ海佐です」
「現在、貴艦の海域に向かって猛烈な嵐が近づいています。その嵐の最大風速は秒間で55mを上回る見込みであり、風速が25mを超える暴風圏内に3時間余りも入ることになります。暴風圏内に入るのが、12時間後ですが、貴艦が耐えられない可能性が高いと考えています。
現在、わが国の軍の艦がそちらに向かっており、6時間で会合できる見込みです。ですから、皇女殿下を始めとする使節団と、艦長閣下を始めとする乗組員そちらに乗り換えて頂きたいという連絡です」
流ちょうなジルコニア語での連絡にサマーズ艦長は少し考えこんだ。ジルコニア海軍でも嵐の強さを風速で評価するようになっており、フソウ人の言った数値は最大級である。はっきり言って、彼にも艦が耐えられるかどうかについては自信がない。とは言え不思議にフソウの情報の真否は疑わなかった。
宇宙から地上を見ることができるという彼等なら、嵐の規模や接近程度は楽々予報できるだろう。彼は使節団をフソウの船に移すという点はすぐに決断した。皇女殿下がいる以上、その安全を優先するのは当然であり、つまらないプライドに拘ってそれを疎かにしてはならない。
とは言え、フソウが送り迎えするというのを断って、元来この2隻の艦を1万㎞もの大航海に使ったのは帝国のプライドのためであるが。しかし、艦を捨てて乗組員の安全をとるというのは別の問題である。
「副長、どう思うかね。今の話は?」
操縦室には副長の他、航海長と呼ばれる下士官の加えて操舵手など5人が詰めていて、無線機からの声を聞いていた。彼らはベテランの副長の返事を待つ。
「まあ、この艦の250人の乗組員の命の安全を考えれば、そのフソウの船に移るべきでしょう。しかし、この艦は商船でなく、皇帝陛下から預かった軍艦です。いくらなんでも、嵐が怖いからと捨てるわけにはいかんでしょうな。それこそ、過去海戦や嵐に巻き込まれて殉職した多くの将兵に申し訳がたたんでしょうよ。
ただ皇女殿下を始めとする使節団は別です。この船が助かったとしてもひどいことはなるでしょうから、もはや皇女殿下をお乗せするのは当分叶わないことになるでしょう」
「ああ、そうだ。その通りだ。では使節団はフソウが送ってくれるという、船に移ってもらおう。20時間後か、それからは戦と同じだ。とりあえず海が荒れるまでは乗員を休ませよう」
サマーズ艦長はにっこり笑って部屋の中のメンバーを見渡す。皆いい笑顔で頷いている。
やがて予告した時間にフソウの艦が現れた。これは嘗ての地球の日本でイージス艦として作られた艦と同様の性能であり、長さ70mの2艦のフリゲート艦の2倍以上の長さと、8倍の排水量である1万トンの大きさである。フリゲート艦の乗員であるジルコニア海軍の者からすれば、極めて異様な艦だ。
巨大かつ複雑な艦橋、僅か1門であるが長大な砲身の砲、2基の奇妙な丸い胴から覗く大口径の銃のようなもの。鉄の巨体の割に目に見える武装はそれだけであり、50門もの砲を持つ2隻のフリゲートより弱いようにも見える。
無論彼らには127㎜砲が毎秒連射でき20km以上の射程距離を持つこと、毎秒数千発の連射性能をもつバルカン砲のことなど理解できないし、まして隠れている多数のミサイルのことは判らない。
フソウ国は、本格的な軍艦はこのフソウ型の4艦を含めて全部で8艦しか持っていない。人口600万の国では相応の海軍である。とは言え、無論フソウ型の4艦があれば、ジルコニア海軍程度は全滅させることが可能であるので、当分は十分と判断している。
フソウ型は、“カシオペア”が派遣されていて、カシオペアから吊り下ろされた2隻のボートが、船外機を駆って荒れ始めた海を2艦のフリゲートに出来るだけ近づける。皇女と高齢の公爵は船から、座席を吊り下ろしボートに乗せ、他はボートに向けて吊った網を伝って降りる。
カシオペアではボート毎吊り上げたので、乗り込むのはあっという間である。予定の人数が乗ったところでカシオペアはフソウに向かって走り始める。嵐の進行方向を計算に入れて、極力凪いだ海域を通って新東京にむかうことになっている。なお、カシオペアから遅れて、フソウ型の“スバル”がこの海域に向かっている。
この艦は、おそらく嵐の海域を通過した後に、難破状態になっているフリゲート艦の乗員を救助するか、場合にはよっては艦を曳航する予定ある。




