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異世界に根付くニホン文明  作者: 黄昏人
3/7

フソウ国外交官の不満

読んで頂いてありがとうございます。

 ジルコニア帝国を、初めて正式に訪れた4人のフソウ国の外交官は男性のノリト・ミカサ1級外務官、ジャイ・カメル3級外務官に女性のジェスラ・サワイ2級外務官、アメリア・クオン3級外務官である。ミカサ外務官は純粋なニホン人であり、その名門一族は交通関係の事業を行っていてその父は参議院議員である。


 他の3人は定義上フソウ人であるが、サワイは日本人の血が1/4入っている。その意味ではカメルとクオンは純粋な土着のフソウ人であるが、クオンは嘗てククルス群島のククルス北島と呼ばれた島でも最大の勢力を持った国人領主の家柄の出である。だから、嘗てであれば姫様と呼ばれる身分である。


 ニホン人の乗った巨大な船が北島に下りてきた時、島は5つの領に分かれて常時争っている状態であった。その当時のクオン家でも、年間に1回は血が流れるような争いをしていたという記録があって、多くの一族の者達が戦争で死んでいる。 


 さらに、戦に備える軍備に多くの財を傾け、争いによる多大な消費また田畑の荒廃により少しでも天候不順があれば餓死者を出すような生活をしていた。その当時の城などや一般の農家の家なども記念館として残っているが、城とその建物はそれなりであるが、一般の家はまさにあばら屋である。


 日本人はクオン領の隣の領に下りてきたのであるが、信じられないような美味しい食べ物、考えたこともない便利な品々を提供することであっという間にその領主を懐柔して、争うことなく傘下にしてしまった。クオン家も同じように働きかけられて、反抗する者もいて戦を仕掛けもしたが相手にならず気絶させられてしまう。


 ニホン人は地上車、飛行機を駆使して同じように物をばらまくことで、クオン領を含む各領に働きかけ、戦を仕掛けるものは気絶させて、北島をフソウ国にするのに2年もかかっていない。そのころの北島の人口は、ニホン人の治世下に置かれてすぐに行われた戸籍調査で80万人足らずだったことが判っている。


 土着のククルス人は、ニホン人が北島のみならず中央島、南島の空からの調査を行ったので、引き続いて中央島、南島を侵攻すると考えたが、その予想に反して北島の内政に専念した。まず彼らは、北島を飛び回って資源を探して、それを採掘する設備を船から降ろした機材で建設した。


 ただ、必要な資源は北島だけでは足りないということで、最大の中央島に3ヵ所、南島に2ヵ所の採掘場を作った。そこには領主がいたが、持っていた金塊で採掘の許可を取りつけた。というより、空を飛ぶ乗り物に乗って自在に移動でき、攻めてもまったく通じない相手に要求されれば飲むしかないだろう。


 さらに、その採掘した資源を使って工場を作った。それは製鉄所であり、様々な金属の精錬所であり、石油精製、石油化学、繊維、織物、種々の機械工場、食品工場などありとあらゆる工場であった。彼らに言わせれば、当面たかだか100万人程度の需要を満たせばいいので、ごく小規模なもので済んだという。

 だが、先住のククルス人からすればとんでもない大規模複雑なしろものであり、その建設も自動で動く機械を用いた考えられない速度とやり方の工事であった。


 とは言え、その工事の段階でククルス人も多数雇って、ニホン人の作った紙幣と貨幣で賃金を支払った。そして、その段階ではニホン人が開いた何でも売っている巨大な店が営業しており、その金はそこで使えた。だから、そのお金をもらって戸惑っていた土着の人々も文句を言うことはなかった。


 無論その間には従来からのコメと麦、さらに野菜などの農業、沿岸の小舟を使った漁、山の中での猟は続けられ、貧しくとも食料生産は行われていたが、最も人力・機材を要求する主要産業とも言える戦はなくなった。


 そして、フソウ国のが最初に力を入れたのは、当然ながら農業を中心とする食料生産の改善であった。農業については、農地を広げはしなかったが、形を四角形にして水路を巡らし、周りの道路を広げて、耕作・収穫を便利にした。そして、船に積んできた様々な品種の穀物、野菜、果樹などが育てられ始めた。


 加えて同様に卵子を保存していた牛、豚や家禽などを育て始め、牧草地を開発して多数の牧場を新規に建設した。また、漁業についても、港を整えるなかで、漁港が整備されて工場で作られたプラスチック船が導入されて漁網の配備と、冷凍・冷蔵庫の整備と共に大量の魚類が得られるようになった。

 農作では工場で作られるようになった化学肥料が使われ始めて、従来からの品種も面積当たりの農業生産量は、3倍を超えるようになった。このため、従来の面積で十分な食料を賄えるのだ。


 そして、ある程度工場が揃った段階で、都市の建設と住居の改善にかかった。都市については沿岸の良港と河の河口付近の立地の良い4か所、島の中央部の盆地に1ヵ所の場所を選んで、街路を作り、最高で3階建てのビルと平屋または2階建ての家々を建設していった。ビルは原則としてプレキャストのコンクリート製、一般家屋は木製であるが同様にプレキャスト構造で街並みを作っていった。


 インフラとしては、交通網として島中に舗装道路を巡らし、沿岸の街には数万トン級の船が舫える港を整備し、島の沿岸部を周回及び縦断鉄道を整備した。空港については当面は用地のみを確保している。また、電力網は鉄塔による高圧線のグリッドに合わせて、給電線は道路を作るのに合わせて地下埋設をしている。


 ちなみに、動力であるが、ニホン人が乗ってきた船は空間の壁を莫大な電力を消費して超えるものであり、巨大な核融合発電機のみ可能な出力が必要である。そのため、この発電機は長さが800mある“船”の船体の半分を発電機で占めているような巨大設備である。だから、これは事故でこの世界にたどりついたニホン人が到底建設できるような代物ではない。


 一方で、核分裂反応を使った原子力発電所は、結局反応と核廃棄物による放射線の問題を解決できずに地球では禁止されている。そのため、この世界のニホン人もそれを守っているので、結局化石燃料を用いることになっている。


 具体的には、北島に豊富な天然ガスを使った発電所を建設して、そこから高圧電力線網を全島の主要部に巡らし、各需要者には地下埋設の電線で給電している。なお、熱源として天然ガスはガス管で各家庭にも供給されるが、これは上水道管と同様に道路、都市、家屋の建設時に同時に地下埋設で敷設されている。


 上下水道は、パイプラインを張り巡らせる必要があるが、道路を含めたインフラを新規に建設しているので、その工事に合わせて埋設すればよい。北島はほぼ中央部に千mから2千m級の山地になっていて、年間降雨量が2千mmに達する上に雨期と乾季がなく、年間を通じて降雨量に大きな変化がない。


 だから、ダムを作るまでもなく、今後の需要増を見込んでも中央山地から流れ出る河川の水で十分に水需要は賄えると見込まれている。だから、河川に取水堰を建設するかまたは伏流水取水管を設置して、表流水の場合は薬品を使った浄水場を建設し、濁りのない伏流水の場合は塩素消毒をして給水している。


 上水管は最終的には各建物に引き込まれ浄水が給水栓にて使えるが、各家の改築が済むまでは数軒ごとに1ヵ所の水栓を使っていた。実際に島全体の上水管が各家庭に引き込まれ、人々が屋内で必要な浄水を使えるようになったのは、船の着陸から20年後である。


 下水道については市街地や道路の建設時に下水管を埋設して接続している。処理については、最下流に大きな池を作って自然に処理する安定池法によって、中級処理をして海に処理水を放流している。しかし、将来は高度な処理が可能な活性汚泥法を導入する予定である。


 こうして、“船”の着陸後20年で、北島では5つの都市が完成して、そのうち中央島に向かって良港のある沿岸部の都市を首都として、その名を新東京とした。とは言え、巨大都市は目指しておらず、将来でも計画人口は30万人として計画されている。


 各都市は、ビルの階高は3階までの低層として、多くの公園・緑地が配されて、いずれも緑に包まれている。中心街にはアーケードのある商店街・歓楽街が形成されていて、人々が遊び・買い物をして楽しんで過ごすことが出来るようになっている。


 そして、時を同じくして、一部の旧家・城郭内の家屋などについては改築したが、他のほぼ全住民のあばら家は建て直された。各家には電力、上水・下水道管、ガス管が接続されている。その費用は無料ではなく、インフラを除く家と設備については各住民の借金となっている。しかし、多くの工事に機械力を主として使っているので、相当に低い費用で納まっている。


 この借金は、各国民が税金に合わせて概ね20年ほどかけて支払っていくことになっている。そして、ニホン人が主宰する政府は、政策的に国民にそのローンを十分払えるような、産業の育成と賃金体制を構築して無理なく返済できるように設計している。

 従ってフソウ国の国民は、生む出された職場で働いて賃金を得て、再構築された農場、新たに建設された工場などの生産体制から生み出される商品を消費する生活を楽しむことが出来た。


 北島の住民に対するその措置は、あばら家に住み、ぼろぼろの服を着て常に飢えと背中合わせで暮らしてきた住民にとっては非常に有益かつ有難いものであった。これは北島をして、ククルス諸島を統一するための、ショーウインドとするためでもある。さらに、比較的小規模から始めないと、“船”で持って来た資産による経済開発が住民を満足させることが難しいという判断からであった。


 フソウ政権は、北島の人々の生活が安定してきた頃から、中央島と南島から積極的に視察者を招き、人々が生活している北島をショーウインドとして見せた。さらに、商人は自由に往来させて他の2島に比べ圧倒的に先進的な商品を仕入れさせ販売させた。一方で、各領主の承認がない限りは、人々の北島への移住は禁じている。


 北島の人々が自分たちの想像もつかないほどの豊かな生活をしていることは、群雄割拠の中央島、単一領である南島にたちまち知れ渡った。無論、その富を求めて両島から多くの海賊、あるいは領主に率いられた海賊もどきが押し寄せたが、レーダーで監視しているフソウの軍に簡単に追い払われている。


 結局、中央島は北島の国境解放から10年でフソウに合同した。しかし、王国を名乗っていて単一領主に支配された南島はその後も粘ったが、共通貨幣となるなど、経済を完全に支配されてはどうにもならず、その後10年でフソウに合同した。


 その後、ニホン人の来着50年を経た現在、3島の住民600万人はフソウ国民としての意識がすでに定着している。これは、ニホンから来た学校制度が定着して、読み書きを含めた言葉については、少数の長命の老人を除き不自由がないと言うことが大きい。


 とは言え、やはり最も開発が早かった北島の生活レベルが最も高く、合同が最も遅かった南島の生活レベルが低いが、平均して2割程度の差に留まっているので、大きな不満が起きるレベルではない。それに、元ククルス人の生活が、親や祖父母から言い伝え、さらに映像を含めた記録がキチンと残っていて、今がどれほど恵まれているかを国民が良く知っていることも不満を持ちにくい理由である。


 フソウ国においては、学校の成績は試験による実力本位である。しかし、国及び地方官庁に務める公務員の採用時にはニホンからもたらされた公務員試験が課せられる。地球の歴史では、古くはこのような選抜は人脈、家柄で決められ選ばれる者の質が低かった。だが、17世紀のイギリスで試験による選抜が始まり、一気に質高くなったと言う経緯がある。


 フソウ国における試験の選考基準は、ペーパーテスト、OA機器の使いこなしの能力の他に、“人格”がある。“人格”とは、他に対する思いやりや公平さへの性向などプラスの面と、妥協しやすい、正当でない手段を選ぶなどマイナスの性向を判断するテストで、ランダムな多数の質問に答えさせ、AIで判定するものである。


 外務官僚も無論この試験を経て、外務官僚に向いた性向と優秀な成績を取って採用される。語学については、半睡眠促成学習と翻訳ソフトがあるので、それほど採用段階では重視されない。

 ジルコニア帝国ではジルコニア語が公用語であるが、実際は征服・併合した地域の10以上の言語があり、ジルコニア語が使えないものが半分以上と言われるが、官僚や商人は使えるのでこの言葉が出来れば外交官の業務上の問題はない。


 だから、フソウ国内でジルコニアと国交を持つと決定された時には、ジルコニア語の翻訳ソフトが準備され、外務官僚のみでなく商人も含めて多くの者がそれを学んだ。元々はジルコニア帝国の船が嵐で難破して、フソウに流れ着いた人々がすでに50人ほどおり、彼らがしゃべる言葉と船に積んでいた本から言語に関する基礎データは得られた。 

 そして、3年ほど前から元ジルコニアの民の漂流者と20人の軍の特殊部隊の要員がジルコニアに上陸して、現地の拠点を設けて情報収集に当たっている。


 だから、ジルコニアとフソウ両国の国交を開くことが決められ、大使館の設置が許された時には、僅か1ヶ月でそれが設置され機能を始めている。それは、塀で囲まれた10部屋ほどの大きめの屋敷を買収したもので、当初は8人の館員が詰めている。 


    ー*-*-*-*-*-*-*-*-


 アメリア・クオン3級外務官は、ジルコニア側との交渉の後に、皇都ジルコースに残されて受け入れ大使館設立と準備に当たった。無論建築の専門家を含めて、本国から来た5人の補助に加えて現地で情報を収集に当たっていた要員の助けもある。資金については、現地要員がフソウから持ち込んだ金塊によって十分な現金を用意している。


 アメリアは、25歳であり、フソウでは新東京の単身宿舎に住んでいる。実家は嘗てのクオン城内の家屋を給排水、電気に台所、バス・トイレなどを改修したもので、普通の家に比べると非常に広い。つまり、彼女はニホン人並みの生活に慣れている訳であり、大国であるが皇都ジルコースの生活は大いに不満である。


 彼女は、ジルコースに赴任が決まっているので、その宿舎が出来るまでということで現地の中級のホテルに滞在している。このホテルの部屋は広いものの、暗くてどことなく臭い。ジルコニアにもガラスはあるが極めて高価なもので、到底普通の家や中級ホテルの窓などに使われるものではなく、皇宮や高位貴族や最高級のホテルで部分的に使われている程度である。


 だから、窓は木製の鎧戸になっていて、それを開かないと明りは入って来ない。灯りもランプがある程度であるが、これは流石にフソウから持って来たバッテリ式のランプを使っている。各部屋に水は置いてあるが、メイドが運んできた溜め置きのもので衛生的に信用ならない。


 ジルコースの上水道は日本の江戸で採用されていた方式である。これは川から埋設管で水を引いて、各所に井戸を設ける方式である。但し、埋設管は江戸の木管と違って土管であり、井戸からの組み上げは井戸ポンプである。そして、建物の上階へは手押しポンプが出回っているので、規模が大きい建物はこれを使っている。


 ホテルでは各階に水場を設けてある。これは上部にポンプで押し上げた水槽があって、水槽から繋いだ蛇口で水を使える。ただ、水源は奇麗な場所を選んではいるが自然の川であるため、出水期にはある程度濁るのは避けられず、浄水場で処理した水を使うのに慣れているアメリアにとっては信用ならない。


 更に問題は、下水とごみなど廃棄物の都市内の不完全な処理よる不潔さと悪臭である。皇都ジルコースにはトイレと台所などから汚水を集める汚水管が埋設されており、これが市民の自慢になっている。

 そして各トイレには水槽があって、使った後はそこから水を汲んでし尿を流すようになっているので、いわゆるぼっとん便所のような悪臭はない。から、それなりの建物の中では清潔である。


 だが、不十分な下水管の能力と水量不足のため汚物が流れず、そのためにあふれた汚物、辻々に積みあげられた生ごみ、馬車などを引く牽引獣の糞があちこちに散らばっている。だから、人が配置されて常時処理されている貴族街と違って、平民の暮らす地域はひどい悪臭が漂っている。アメリアのホテルは平民街にあり、こうした街を毎日歩いているのだ。


 加えて、食べ物についても調理技術が未熟であるため、まずいものが多い上に、調味料の種類が少ないための味が単純である。このためニホン文明による食文化に慣れたアメリアには大いに苦痛なのだ。

 だから、彼女は次の便で来る資材を使って建設される予定の、フソウの標準的な設備を備えた宿舎に大いに期待している。


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