フソウ国との国交
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カーチスはフソウの外交官一行の言うことを信じ、それに大きなチャンスを見いだした。フソウのあのテクノロジーは帝国が徐々に開発している、様々な技術の延長線上にあるものである。従って、その最終系形の技術を手に入れれば、帝国の技術は大きく加速するであろう。
ミカサ達は、驚くべきことにジルコニア帝国の国土と資源について説明してくれた。無論帝国とて、自分の支配地については、測量を行ってほぼ正確な地図を作成しており、領土外においても海から調べられる限りの測量を行っている。
だから、大陸の形は把握しているが、その精度の次元が明らかに異なる。また領土外の内陸については正確でないのは把握しているが、それも同じレベルで描かれている。
鉱物などの資源については、利益に直結するので多くの労力をかけて調べ、部分的には実際に採掘をしているが、輸送力の不足と未熟な洗練技術のために活用は限定的である。とは言え、資源の存在が判ることは重要なことである。
それをフソウは空に人工の衛星を浮かべて、すでにカクマク大陸の正確な地図を作り、帝国が知らない鉱物などの資源の在り処も大まかなに把握しているという。その結果から言えば、カクマク大陸は極めて豊かな大地であるようだ。
大陸の面積は、4千万キメルド(㎢)もあり、現状での帝国の1億人、他の国々の3千万人の10倍の人口があっても十分養える豊かさである。さらには、“工業”に必要な鉱物資源も極めて豊かであり、土地と鉱物を効率よく生かす技術を手に入れれば、それだけの人々は豊かに暮らすことができる。
カクマク大陸に地峡により接して、ママル大陸がある。ママル大陸はカクマク大陸の面積の半分程度であるが、そこには古くからの帝国ミャーマルが存在している。この帝国は、カクマク大陸にも領土を持っていて、しばしばジルコニア帝国とも争っている。
ところでフソウの国を成す3つの島については、百年以上前までには様々な国人領主の群雄割拠する戦乱の地であったと言う。それらの島は、その人口に比して、十分な面積があって本来は飢えずに十分暮らせるはずなのだが、領土と食料を他から奪う戦いに血道を上げていたために、食うや食わずの貧しい生活を強いられていたという。
その3つの島の内、北島という最も小さい島に巨大な船が下りてきた。その船には約2千人位のニホンの人々が乗っていて、彼らは空を飛び、地を走る乗り物を持って人を殺さず無力化することもできた。
彼らはその力を使って、一つの領を支配下において、その領の農業生産を何倍にも高め、人々が全く考えもつかない様々な産物を作る工場というものを建設して、沢山のものを大量に作って人々に安く売った。また、広く舗装した道を巡らし、列車が走る鉄のレールを敷き、人々は考えたこともない巨大な街を作った。
そして、その建設に原住の人々を使ってお金を払ったので、人々は生み出されたものを買うことが出来て美味しいものを食べ、便利なものを使い、やがては立派な家に住むことが出来た。その結果、現住の人々も今までに比べ素晴らしく豊かな生活を出来るようにした。
そういう実績があると、人々はその領に集まることは当然であり、たちまち北島を統一してフソウ国を建国することになった。さらに20年(この世界の1年は35旬(350日))足らずで南島、中央島も統一してしまった。現在はその巨船が下りて100年になるが、圧倒的な高い技術に基づく生産力によって、フソウ国の国民は豊かな生活を楽しんでいると言う。
600万人の国民は、全員が6歳から15歳まで義務として学校に通って勉強し、6割の者は18歳まで教育を受け、2割は22歳までの教育を受ける。だから、全ての国民が読み書き、計算ができて高度な常識を持っており、効率的かつ先進的に構成された社会を支えることができる。
ちなみに、“船”には乗っていた人々の中には、ニホンの古くからの皇統の血を引く“皇室”のお方が乗っていた。だから船でやって来た人々は、その人物を“天皇”として国の象徴と位置づけて、別に議員内閣制の政府を構成している。その政府は、議会と呼ぶ選挙で選ばれた人々の議決に従って作った法律に従って運営されている。
フソウでは“船”に乗ってきたニホン人達はやはり特別扱いになっている。それは基本的には議会は2院制になっているが、ニホン人の中から50人が議員を選出して参議院を構成している。とは言え、ニホン人も急速に混血して純潔な者が少なくなっているが、基本的にハーフまではニホン人、それ以上は単にフソウ人と呼ばれる。
その意味で、ニホン人の数は現在では5500人であるが、果たしていつまで残るか疑問視されている。それは一つには、ニホン人の特権はその少数で参議院の選出が出来るという点のみであり、刑法上では他と平等などさほどの特権はなく、国から特段の手当はない。
しかし、当初の国の建設に関わって多くの資産を所有するなどの経済的なアドバンテージのほかに、基本的に優秀な者が多いこれらの人々は政財界で力を振るっている場合が多い。
そのように、国民の大部分は先住の人々であるが、教育の機会は与えられている彼らは自分たちに比べてのニホン人の優位さは理解している。
そのため、その経済的な差を言い立てて反抗する者もいるが、物質的に満たされていて、明確な差別はないということから、その反抗に同調するものは少ない。また、純粋な先住民からも経済的に成功するものも多く出て来ていることもあって、時間がたてばニホン人もフソウ人として溶け込んでいくと見られている。
ニホン人と土着の人々の身長はさほど変わらず、ニホン人はどちらかと言うとずんぐりした者が多く、足が短くて顔が平たい。それに比べると土着の者はほっそりしていて、足が長くて重心が高く、やや肌色が浅黒く顔の彫りが深い。これの2者は実務においてさほど能力に差はないが、学校の勉強においてはニホン人が優秀な者が多いらしい。
ミカサ達は自国のことをそのように説明して、『望ましくは、ジルコニアが我々のフソウを見習って、カクマク大陸を争うことなしに統一して、皆が幸せになれる豊かな国を作って欲しい。そうすれば、フソウもジルコニアと交易してより豊かになれるから』と言う。まあ、カーチスもそれは同感である。
カーチスは、外務省での自分の派閥のトップである、ミカエル次官にフソウのことを説明して、自分の構想を説いた。それは、ミカサ等の外交官に見せられたフソウの映像の帝国の重要人物への撮影会を行い、さらには、フソウの様々な先進的な物品の展覧会を行おうというものである。
そのことを通じて、フソウと国交を開き通商を行うことの利益を説いてそれを実行し、彼らのすぐれた文物と知識を取り入れて帝国を急速に発展させようという目論見だ。
カーチスがミカサから借りたタブレットで自分も映像を見て、フソウの先進性を得心したミカエル次官は自分の懸念を言う。
「うむ、確かにフソウの文明が、わが帝国に比べても大幅に進んでいることは認めよう。しかし、カーチスも知っているように、我が帝国にはその先進性と他への優越に対して狂信的な者達がいる。彼らがこの映像で実際にフソウの優越性を知った場合には、武力による征服を言いださないとは限らん。
まあ、それも帝国がどうやっても彼らに敵わないという確かな証拠があれば納まるだろうがね。彼らの武力についての情報は得ているのかね?」
「ええ、この映像のようなものは与えられていませんが、口頭では聞いています。さらには、必要とあれば、このような映像や資料を提供すると言われています。私が帝国の陸軍の100万の精鋭、海軍の戦列艦のみで300隻、構成30万を数えると言ったのに対し、こう言われました。
『私たちの陸軍の総兵力は3万人ですよ。だけど、高度に機械化されています。まず全員が連発銃をもっていますし、それはあなた方の火縄銃とは次元が違いますから、200メル(m)先の人を正確に撃てます。また、あなた方の陸軍は大砲を持っているのが自慢のようですが、私達の陸軍は走る砲台車、戦車っていいますが、それを多数持っています。
さらに、ヘリコプターという空を飛ぶ砲台もありますし、様々な種類の砲があります。ですから、我々はあなた方が全く攻撃できない距離または空から、自分に被害がなく攻撃が可能です。そうですね、あなた方が10万に軍勢を集めても、我々の千人の兵がいれば、2カン(時間)もあれば全滅させられます。
でも簡単に10万人と言っても、皆が良き労働者で貴国の社会を構成する人材であり、父であり、息子である訳ですよ。そのような命が、愚かな指導者の決定のために無為に殺されるのは大きな悲劇ですし、我々も望みません。
それに我々は空軍というものを持っています。空軍はあなた方の陸軍、空軍の届かないところから、自由に行動し攻撃できます。それに、そのような航空機は1カン(時間)に1千キメル(㎞)もの距離を飛べます。そしてそのような航空機は兵を運ぶこともできるのです。
海軍の場合の場合も同様です。我々は大型艦船を30隻しか持ちません。でも、すべては帆船ではなく動力船で1日に千キメル(㎞)を移動できます。そして、その船は30キメル届く百発百中の大砲、200キメル届くミサイルという飛翔爆弾があります。あなた方の主戦力である300隻の戦列艦がすべて出動しても、1カン以内に全滅です』
そのような途方もない話ですが、彼らに見せられた映像の社会が真実であれば、彼らの言うことも信じられます。第一に私が借りたこの映像を映すもの、彼らはタブレットと呼んでいますが、これも、何で出来ているのか、どうやって作ったのか、どうやって動いているのか、さっぱり解りません。知り合いの学者に見せましたが、分解しても絶対に同じものは作れないと言います」
カーチスの長い話に、ミカエル次官はため息をついて聞く。
「うーむ。フソウがその気になれば我が国を征服するのも易しいようだが、君が受け取っているところでは、そのフソウはわが帝国を征服しようとは思っていないのだな?」
「ええ、と言うより彼らの言うことが正しいのなら、その気になれば我が国を征服することは容易でしょう。でも彼らは自分達よりずっと貧しくて、ずっと大きい国など面倒見たくはないと言うことです」
カーチスが肩をすくめて返す。
「そんな馬鹿な!それは油断させようとして言っているんだ。世界一のわが帝国をそのように凌ぐ国などある訳がない。それは全てはったりです。カーチス外務官、あなたは騙されているのです」
ミカエル次官の秘書の若いアリムが叫ぶが、次官が彼を横目で見て冷たく言う。
「アリム、外交に携わる者は物事を客観的に見ることが出来る必要がある。先ほどの映像を見てそのように言うのなら、君はその職に向いていない。私の見る所では、フソウという国の規模はわが帝国よりずっと小さいが、その先進性は疑う余地はない。
ただし、軍事的には今のところ良く解らんが、わが国と国交を持とうとするのであるから、それは彼らの言った言葉が正しいのであろう。つまり、軍事的にわが帝国に劣るのなら、そのような豊かで進んだ文物を持った国が、進んでずっと巨大な我が国と付き合う道理がない。
もしそうなら、帝国がフソウを征服すればよいのだ。かの国はそれをさせない自信があるのだろうよ。また、わが国を征服しようということはないと思う。豊かな生活をしている国が、人口で20倍に近い国を征服しようなどとは思うはずがない。
我が国にしてみれば、かの国との国交を開く不利益はない。まあ、アリムのように世界一と思っている者達のプライドが傷つくという不利益はあるかな。いずれにせよ彼らも利益を得るだろうが、わが国の利益はずっと大きいものになる」
このようにミカエル次官もカーチスに同調したので、宰相を含めた帝国の中枢の者達を集めてフソウ国のことを映した映像を見せている。その映像は、タブレットからスクリーンに映し出したものであったために、一度に50人ほどに見せることが出来ている。
それを見た宰相の決断で、皇帝他の皇族にもその映像は見せられて、基本的にフソウ国と国交を開くことは決定された。しかし、フソウ国の要求する対等の国交については、異論が多いためカーチスが提案したように、フソウの文物を展示する中で、その実際を見極めてからということになったのだ。
帝国が対等の国交を持っている国は歴史があって、帝国が大きくなる前から国交のある2ヵ国ほどにしか過ぎず、近年では全くそういう相手は現れていないのだ。とは言え、フソウ国の大使館の設立が許可され、使節団の2人が帝国に残ってその設立に当たり、他はフソウに帰還している。
なお、今回の帝国訪問は原子力機関を使った長さ50mほどの小型船を使っているが、この場合は1万㎞を往復するという長距離航行が必要であるため用意された特殊な船であり数は少ない。フソウは、基本的には内燃機関による汽船を使うことにしており、そのレベルまでは帝国に技術移転するつもりである。
無論、フソウの者達はすでに50基ほど運用している人工衛星を使った通信で本国と繋がっていて、帝国との交渉の過程も本国ではリアルタイムで把握している。帝国のフソウ文物展覧会受け入れの連絡を受けて、そのための機材と文物を乗せた船が到着したのは、帝国が受け入れの知らせをしてから50旬後であった。
そして、そのために奔走した外務官カーチスは、軍の専門家を呼んでフソウから来た巨大船オオミを港に見に来ているのだ。




