謎の国の使者現わる
日本文明が、異世界にどういう変化をもたらすかを書いてみます。
中編で終わるかもしれません。
ジルコニア帝国は大陸カクマクの過半を占める巨大な国家であり、人口は1億人を数えその文化は他の中小の国々を圧倒している。その首都は、ほぼその版図の中央部のマーサス湾の奥に位置し、同湾に注ぐジラス川の両岸に発達した人口150万もの巨大かつ広大な都市ジルコースである。
帝国の本土であるジルコニアは平坦な地形であるために、河川や湖、沼を利用した水路が発達しており、その運送は7割余りまでが海路と水路を利用した水上輸送によっている。ジルコニアの陸上輸送は、馬と牛さらに小型竜によるものが主であり、水上輸送に比べると速度・運搬料において大幅に劣っている。
本土であるジルコニア王国から、帝国を志し10倍以上の版図と5倍の人口の帝国としたのも、主としてその強力な海軍による打撃力と輸送船団の輸送力によるものであ。だから、必然的に帝国は沿岸から広がっていったものであり、内陸部はまだ版図に含んでいない地域が広がっている。
ジルコースには、中心街はレンガまたは石つくりの5階に達するビルが立ち並び、その所々には学園、官庁、大規模商会、劇場、スタディアムなどの大規模な建物が配されている。さらに、この大都市のほぼ中心には巨大な宮城があって、そのほぼ中央に壮麗な白亜の宮殿がある。
この皇都の物流の多くを支える港には、多数のふ頭が建設されて帝国全土から膨大な物資が集まっていきている。多くの船は長さ50m以下であるが、100mを超えるものも結構あるから、これらは積載量は2千トンを超えるのだろう。また、軍港もあって小型艦もいるが、そこには多数の大砲を積んだやはり全長100m余りの艦が10隻以上も停泊している。
その商用の貨物船の中に奇妙な船が停泊している。長さは200mほど、舷側も海面から10mほどもある巨体なので、大型船用のふ頭の中でも非常に目立っている。また船体の大部分に2階層の大きな船室が見え、その中央には細長い円筒が立ち上がっていて、前後に柱が建っておりそれに円盤や櫛のような様々な物がついている。
そして、その何よりの特徴はその巨体に加えて帆がないことであり、昨日それが入港した時には、中央の筒から煙を吐いて極めて滑らかに着岸したが、その後部には渦が巻いていたという。全体に色は薄い灰色に塗られているが、その表面は滑らかであり鈍く光を反射している。
その船に掲げている旗は、ほぼ中央の赤い丸に向けて放射状に赤い線が描かれているので、明らかに日の出、旭光を表している。その甲板には20人ほどの人が外を眺めていて、その船を見物に訪れた千人を超える群衆に時々手を振っているので、少なくとも敵対的ではないのだろう。
群衆に交じって、ふ頭から8mほども高いその船の舷側を見上げながら、制服の3人の男が話をしている。
「おい、この船の舷側の材料は材木ではないぞ、これは鉄だ。それに、それを留めた鋲が見えんが、盛り上がった線が見えるので多分鉄を溶かして接合しているのだと思う。多分、最近開発されたという溶接だろう」
3人のうちでも軍服を着た2人の内で長身の男、中尉の記章をつけたサイラス・ベガーが言うが、それに同様に軍服の痩せた中背の少尉の記章のサミエル・ルイスが応じる。
「ええ、見えているところは鉄でしょう。ただ、これだけの巨船が鉄のみで出来えているとは信じられない。我が帝国ですら鉄船は、まだ試験的なもので、確か全長は50メル(m)足らずで、鋲で接合していますが中々水漏れが止まらないと言います。
でも、木造船での建造の限界は長さ120メル(m)とされていますから、それを明らかに超えているこの船が鉄で作られているというのは理屈としては正しいのかもしれません。また問題はこれに帆がないことです。そして、あの大きな筒は多分排気のためだと思う。だから、この船の推進は多分最近話題の蒸気機関だと思う」
「信じられんが、実際にここにこの巨船がある。この船に武装はしていないようだが、我が帝国最大の戦艦カレスター級の長さが2倍ほどはあって、幅も高さもやはり2倍くらいだろう。だから、この船の排水量は戦艦カレスター級の8倍位あるということになる。
しかもそれが鉄でできているとなると、120門の大砲を積む我が最強のカレスター級でも撃沈は無理かもしれん。しかも、帝国では船用の蒸気機関の開発が進んでいるが、速度は帆船に劣ると言うし、まだまだ信頼は置けないから帆と両方を使うものになると聞いている。その意味で、この船はわが帝国を遥かに凌ぐ技術の産物であると言えるだろう。
それで、カーチス外務官殿、この船を運行してきたのは、大海洋に浮かぶ島国フソウであると言われていましたね。その国の軍事力はいかがなものですか?この巨船を作る技術が軍事に及んでいれば、帝国も防衛すら危ういかも知れません。是が非でもこの技術を身に付ける必要があります」
「ふむ、軍事については実の所良く解らん。彼らのもつ技術については説明してくれたが、はっきり言って途方もなく進んでいることは確かだ。ただ、軍備について具体的には説明されなかったが、交渉の段階で海軍大臣が脅すようなことを言ったことがあった。
その時、相手の交渉官が『貴国が我が国を軍事的に征服するのは無理です。兵が気の毒なのでおやめになる方が無難です』と言ったな。出席者の全員が、それが全くはったりでもなんでもないと思ったと言う。また、彼らが持つという技術を帝国技術研究所に説明した時、わが帝国の軍事技術を遥かに凌ぐことは確かだと言う。
まあ、戦争は国力を元にした量の争いであるのだが、一定以上の技術格差があれば、それは相殺される。かの国の名前はフソウと言うのだが、彼らは6旬(60日)前にわが外務省に訪れたのだが、その時に応対に当たったのがたまたま私だった」
ベガーの問いに残りの一人、官服と呼ばれる官僚の着る服に高級官僚の記章をつけて目の鋭い男パムライ・カーチスが言う。30歳代後半の彼は、フソウの者達が外務省の受付に現れた時のことを思い出す。
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面接室に現れた彼らは、2人づつの男女であり、それぞれ、男がノリト・ミカサ1級外務官、ジャイ・カメル3級外務官、女がジェスラ・サワイ2級外務官、アメリア・クオン3級外務官と名のった。
男はいずれも紺のズボンにきちんと形の整ったジャケット、女はスカートにすこし形を変えたジャケットで、色はサワイが若草色とクロキが暗い赤である。身長は、ミカサは長身であるカーチスと同程度であるが、カメルは10ミメル(㎝)ほども低いが肩幅が広く筋肉質でえる。
女はサワイがカメルより5ミメル(㎝)ほど身長が低いが、均整の取れた引き締まった体つきで、クオンは少し背が低く、肩幅が広くて筋肉質である。
4人の内ではミカサの顔つき体つきが違っていて、すこし肌色が薄く顔つきも平坦で目は黒く髪も黒い。他の3人は肌色が濃く顔つきも大振りで彫りが深い。目は灰色、茶色、髪は緑かかった黒と茶である。このように、容貌は帝国人とは相当に異なっているが、表情は生き生きしていて女性は十分魅力的である。
そして、不思議なのは地位からすればミカサが年長なのだろうが、顔にしわなどはほとんど見られず、外見だけでは年齢は良く解らない。とりわけ、女性は20歳代の初めに見え到底このような外交の席に出て来るほどの地位にあるとは見えなかった。
最初の挨拶時に、5日待たせたことに苦情を言われたが無視して、彼らの出してきた書類を読みながら、彼等と話をする。彼らは我が帝国に国交と通商の承認を貰いに来たのだ。
「ええと、君らの国はフソウ、大きな島が3つで面積が合計して100万キメルド(㎢)であると、人口は600万人で立憲君主制とね。経済力は国家生産額が1.2兆帝国ラドと?ええ?パミラ君、一人当たりは?」
カーチスは立ち合わせていた若い見習いのパケットに計算させた。パケットはいろいろ未熟な面はあるが、計算機を使った計算は得意だ。彼は、手元のよく使って艶のでた計算機の玉をぱちぱちとはじいてやがて答え、自分で驚いて叫んだ。
「20万ラドですね。ええ!20万?」
カーチスは、それを聞いてため息をついて相手に言った。
「ええと、ミカサ殿、見栄を張って貰っても困ります。人口1億人の我が帝国の国家生産額が2年前の計算で5兆帝国ラドです。一人当たりでは5万ラドですから、あなたの言った数値の1/4ですよ。あなた方の文明外の国がそんなに豊かなはずはないでしょう?」
「文明外とは、随分ご自分の文明に自信があるのですね?」
それを聞いたミカサは笑いを浮かべて言い返す。
「まあ、確かに現状のところ貴帝国とは通商関係がありませんので、通過の交換レートが決まっていないために正確なものとは言えません。しかし、我々としては随分控えめに算定していますし、多分最終的にはレートが決まれば、もっとわが方の経済力が大きくなると思っています。
まあそれは我々のことをもっとお知りになれば、判ってくることと思いますのでここでは固執はしません。我々はそのように考えていますという意味でお取り下さい」
「ああ、まあそれはそうとしておきましょう。では、それから、この文によると政体は君主を抱く立憲民主主義国であると……。国民の統合の象徴である天皇?がいて実際の政治は首相が率いる政府が行っている。
フーム、議会は2院制で衆議院と第一世代院に分かれていると、なるほど中々ユニークな政体のようですな。しかし、ここに「写真」というやけに写実的な絵がありますが、この新東京という都市の景色は本当ですかな?これを見ると建物の階数は10階を超えているようですが。
そのように高い建物は昇るのが大変で実用にならないと思いますが。それにこの高速列車というもの、それに道路を埋め尽くす乗り物のようなもの。巨大な船と、とても現実のものではないようですがこれは空想の産物でしょう?」
肩をすくめて、皮肉に言うカーチスにミカサがおもむろに平らな板を差し出す。黒いその板は明るくなったと思ったら、都市の遠景を示し、その情景はどんどん移り変わっていく。そして、その絵の中で遠くに見えるものが動いている。思わずそれに見入ってしまったカーチスとパケットにミカサが説明を始める。
「これは通信と映像を映すためのタブレットと言います。この映像は今現在のものではありませんが、数か月前の我が国の首都である新東京を上空から撮ったものです。これは我が国に巡らされている高速鉄道で、千人以上の人を乗せて時速250キメル(㎞)で走ります。これは………」
カーチスとパケットは、説明に沿って移り変わる映像から目を離すことが出来なかった。結局1時間近くそれを見続けた彼らは、ミカサが言うフソウという国が本当に彼らの言うように帝国と隔絶した技術を持って、住民生活レベルも帝国とは比べものにならないことに納得せざるを得なかった。
そして、フソウと国交を結ぶことは帝国にとって大きな利益があることは確実である。だが、カーチスは巨大かつ最高の文明国として他国を見下してきた帝国が、対等な国交を他国と結ぶことが難しいことは理解していた。そして、フソウの者達との話の中で、彼らが帝国を征服しようなどの気持ちが無いことも信じられた。それは、ジェスラ・サワイ2等外務官が言った無礼な言葉である。
「何で、帝国のような、貧しくて面倒くさい国とくっつく必要があるのよ。まあ、確かにジルコニア帝国はそんなに悪い政治はしてないわよ。飢えたところから、食料を引っぺがすほどのことはやっていないよね。その点では征服して国の一部にした旧王国よりは増しでしょうね。
でも生産性が低すぎるのよ。特に農業なんかは効率が悪すぎて、ちょっと天候不順があるとたちまちにして、飢えちゃう。工業というか手工業も技術が低すぎるし、商業も金融システムが整ってないので効率が悪すぎる。だから、その辺を改めれば帝国はずっと豊かになれるのよ。
そのために必要なのは知識よ。その知識を与えてあげようという訳よ。勿論ただじゃないよ。私達もその中で多少は儲けさせてもらうけど、あなた達が得る利益はずっとずっと大きいわ。そういうことよ。私たちは間違いなく、他の国を征服しようとは思っていないわ」
そのいい草には腹がたったが、確かに映像を見て信じたフソウのレベルから言えば、話には筋が通っているが、尚も不審な点をカーチスはミカサに聞いた。
「なるほど、サワイ氏の言うことは無礼ではあるが筋が通っている。しかし、フソウがどのようにして今のような発展を遂げたかが判らんので、確かなことは言えないが、君らの言い草からすれば帝国などは放っておいても良かったろう。我々のことは調べていただろうに、何でわざわざ来てその技術を押し売りみたいなことをするんだ?」
「ああ、色んな議論の結果だ。一つには我々の国は、ここ皇都ジルコースから1万キメル(㎞)ほどもあって遠いが、君らの商船に軍艦もそうだが、嵐で遭難して流れ着いているのだ。まあ、我々はその成員を殺すなどのことはしたくはないので、我々のことが知れるのは時間の問題だ。
それが知れて、我々が君らより豊かに暮らしていることが判った場合に、ジルコニア帝国は我々を征服にかかる可能性が高いという判断だ。無論それは跳ね返せるけれど、その過程で出る多数の死者のために将来に及ぶ憎しみの相手にしたくないということだよ。
それに、帝国はまだしもこのカクマク大陸の別の国では、結構餓死者がでて奴隷になったりして悲惨な生活をしている者がいる。それを無視して、我々のみが豊かな生活をするのは後ろめたいということだ。その意味で、帝国は奴隷制を禁止しているし、まあ組むに値するということだな」
ミカサはそのように応えた。




