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炎と氷


 ジュードは、自身の内側から溢れ出すような力に武者震いを感じていた。これまで味わったことのない不可思議な――しかし、不快ではない感覚。


 腰から短剣を引き抜き、真正面から女と対峙する。

 互いに瞬きさえすることなく、その目を見据え――ほぼ同時に駆け出した。


 イヴリースが突き出した炎を纏う拳を、ジュードが短剣で受け止める。たったそれだけの接触だというのに、衝突した箇所からは爆ぜるような強い衝撃が走り、大気を震わせた。刃越しに伝わる炎の熱にジュードは表情を顰めるが、彼女は触れた短剣から醸し出される冷気に唇を噛み締める。



「ふ……ふふっ、面白いではないか……!」



 ジュードは刃でイヴリースの攻撃を流し、そして即座に反撃に移るべくその切っ先を振るう。だが、そう簡単に攻撃を受けるほど相手は甘くはない。振るわれた刃を素早く避けると、ジュードの腹部目掛けて蹴りを一発叩き込んだ。


 思い切り鳩尾に入った蹴りは、いとも容易くジュードの身を蹴り飛ばす。しかし、彼は即座に大地に片手をつくと軽くブレーキをかけて体勢を整え、片手に持つ短剣をお返しとばかりに彼女目掛けて投げつけた。予想していなかったその反撃にイヴリースは目を見開くが、反応が一瞬遅れる。投げつけられた短剣は見事に彼女の左腕へと突き刺さった。



「ぐぅッ! この……っ!」

「やっぱり一筋縄じゃいかない……! けど、やり難いなぁ……!」



 左腕に突き刺さった短剣を見下ろし、イヴリースは忌々しそうに舌を打つと勢いよくそれを引き抜く。


 ジュードはジュードで、困ったような表情を滲ませていた。

 例え相手が魔族であろうと、彼の目には女性として映るのだ。イヴリースが動くたびに、惜しげもなく晒された彼女の胸元が揺れて覗く。ジュードにとってはやり難い相手だ。



『そんなことを言っている場合か、ここを守るのだろう』

「そりゃ、そうだけど……女の人とこんなふうに戦ったことなんてないから、目のやり場が……」

『惑うのはいいが、今のお前の精神力でこの状態を保っていられるのはあと五分前後が限界だ。それまでにケリをつけろ』

「……そういうの、先に言ってほしかったな。じゃあ、五分以上経ったら……」

『高まった身体能力も元に戻る、そうなればあの女をお前一人で倒すのは難しいだろう』



 相変わらず脳内に響くシヴァの声に、ジュードの表情は自然と歪んだ。

 どういう原理で身体能力が高まっているのかは不明だが、シヴァが手を貸してくれていることだけはわかる。先ほどと今とでは、明らかに身体の重みが違うのだ。まるで重力というものがなくなったかのように身体が軽く、それを持て余してしまうほど。これがなくなれば、この女――イヴリースを倒すのは難しいだろう。



「どうした、来ないのならこちらから行くぞ!」

「ああ、くそ……ッ!」



 敵がのんびり待ってくれるはずもない、猛然と突進してくる様を見据えてジュードは舌を打つ。剣を腰から引き抜き、その出方を窺った。卓越した動体視力は、どんな軽微な動きも逃さない。


 一撃、二撃、三撃――右、左、右と矢継ぎ早に繰り出される猛攻を、ジュードは直撃すれすれの間合いを見切って難なく回避する。反撃の隙を窺い、三発目が空振った瞬間を見計らって剣を強く握り込むと、鉱石も何も装着していないはずの刀身は頑強な氷に包まれた。その現象にジュードの目は思わず見開かれたが、まったく予想だにしていなかったこと。頭に疑問が湧くのと剣を振り抜くのはほぼ同時。


 ジュードが振るった剣は凍てつくような冷気を纏いながら、イヴリースの胸部へと斜めに叩きつけられた。



『――攻撃の手を止めるな! 叩き込め!』

「あ、ああ! うん!」



 その突然の現象にジュードは思わず剣を見下ろして不思議そうにしていたのだが、そんな彼を叱咤したのは頭の中に響くシヴァの声。慌てて意識を引き戻すと追撃に出た。


 振るった剣を両手で持ち、即座に切り返す。イヴリースは避けようとしたが、わずかにジュードの方が早かった。氷と化した刃は彼女の胸部から腹部に裂傷を刻み、地面に鮮血が飛び散る。


 回避は無駄と判断したらしいイヴリースは奥歯を噛み締めると、固く握り締めた拳を正拳突きの如く素早く叩き出してくる。普段なら直撃コースでも、今のジュードは自分でも驚くほどに素早い反応ができた。咄嗟に上体を屈めることで回避すると、剣を真横から脇腹にぶち当てる。その一撃はイヴリースの脇腹を抉り、彼女の口からは呻くような声が洩れた。



「ぐぅッ! この……っ!」

「(身体が……どうなってるんだ、メチャクチャ軽いし、それに力もいつもよりずっと……)」



 半人前以下とは言え、ジュードは鍛冶屋の仕事を手伝ってきた身だ。腕力は人並み以上にあると思っている。けれど、今の自分の腕力は通常の数倍はある。両手で思い切り剣を振り抜くと、恐らくメンフィスにも力負けしないだろう。


 それだけでなく、ぐっと力を込めて剣を握れば、それに呼応するかの如く刀身が力強く光り輝き、宙に氷の刃や粒を生成する。それはまるで魔法のようだった。



「(何でもいい、とにかくこいつを仕留める――!)」



 開いた間合いを無理に埋めることなくジュードが剣を掲げると、地面からは巨大な氷柱が飛び出し、イヴリース目がけて一直線に、まるで駆けるように次々と突き出してくる。それを見たイヴリースは改めてひとつ舌を打つと、直線上から逃れるように脇に跳んだ。



「――そこだッ!!」

「なにっ!?」



 しかし、そこにできた一瞬の隙をジュードは見逃さない。氷柱の疾走を回避したイヴリースの注意がそちらに向いたのを見るや否や、ジュードは瞬時に間合いを詰めて一息に剣を突き出す。イヴリースは咄嗟に防御態勢をとったが、氷を纏う刀身は彼女の腕を貫き、胸部に深く突き刺さった。



「か……ッ、がは……っこの、私が……!?」



 その一撃はイヴリースに確かに致命傷を与えたようだった。やがてずるりと剣を引き抜けば、イヴリースは胸部を押さえてふらふらと後退する。激しく喀血し、血走った眼で睨んでくる様は迫力満点だ。気の弱い者であれば腰を抜かしてしまいそうなくらいに。しかし、さすがに傷が深い。それ以上襲ってくる気はなさそうだった。



「これが、交信(アクセス)……っ! シヴァの力さえなければ、貴様など……ッ!」



 イヴリースは絞り出すように呟くと、足元に黒い魔法陣を展開させる。それはアグレアスやヴィネアも使っていた転移魔法だ。程なくして、彼女の身は一瞬のうちにその場から消えてしまった。


 彼女の撤退を知ってか、辺りに残っていたグレムリンたちも次々に空へと飛び上がっていく。それを見上げて、ジュードは静かに剣を下ろした。それと同時に、目蓋が異様に重くなっていく。


 支えを失ったようにひっくり返りそうになった身体は――ジュードの中からふわりと抜け出たシヴァと、駆けてきたちびが支えてくれた。



「……ねむい」

「精神力を使い果たしたんだ、最後の魔法は消耗が激しかったな」

「もう、指先ひとつ動かないや……」

「寝ろ、寝れば元気になる」



 シヴァがそう告げるとジュードは「そうする」とか細く呟いた末に薄く笑い、そのまま吸い込まれるように意識を手放した。



「(……(マスター)とするにはまだ幼い、戦い方もメチャクチャだ……だが、致し方ないのか……)」



 シヴァは内心で小さく呟くと、深い眠りに落ちたジュードの頭を労わるように撫でつけた。



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