不気味な館へ
「じゃあ、街の女の子たちがいなくなったのは、その吸血鬼の仕業だったのね」
「吸血鬼は若い女の生き血を飲むって言うからな、餌として連れて行ったんだろうさ」
ウィルとマナは、街の住民たちが用意してくれた宿の一室で身を休めていた。部屋の寝台ではジュードが横になっている。生きてはいるものの、未だ意識を飛ばしたままだ。教会の神父に診てもらったが、取り敢えず外傷は右腕に刻まれた裂傷だけで、他は異常がないという。
ウィルは自ら治癒魔法を施してようやく痛みから解放されたのだが、完全にとはいかない。微かな痛みは多少なりとも残っていた。マナはウィルから事の顛末を聞き、小さくため息を洩らす。
彼女は吸血鬼が襲ってきていた際、この宿にいたのだ。悲鳴を聞きつけて道具屋を後にしたのだが、逃げ惑う人々を見捨てられず、他の場所よりは安全だろう宿に誘導していた。
ウィルは向かい合って椅子に座るマナを見つめて、やがて安堵らしき息を吐き出す。マナはそれを見て不思議そうに小首を捻った。
「……ウィル?」
「い、いや、なんでもないよ」
マナはあの場にいなかったからこそ、カミラやルルーナのように連れて行かれずに済んだのだ。そればかりはウィルにとって不幸中の幸いだった。密やかに想いを寄せる相手が、魔族の手に落ちなかったのだから。
不思議そうなマナの様子にウィルは慌てて頭を振ると、追及を避けるように未だ眠ったままのジュードに目を向けた。
カミラもルルーナも魔族に連れて行かれたのだ、安心してばかりもいられない。
「……ねぇ、ウィル。吸血鬼って魔族なのよね?」
「ああ、そうだよ」
「魔族が現れるなんて、どうなってるのかしら……封印されたんじゃなかったの?」
マナの疑問はもっともである。先ほどの戦闘風景を見ていた街の住民たちも、今頃は同じ疑問を抱いていることだろう。彼らにも、あの男が魔族だという話は聞こえたはずなのだから。
魔族は姫巫女の力で、魔界の入り口もろとも封印されたはず。つまり、この世界にはいない存在なのだ。
その魔族が、現実に存在している。それは衝撃的な事実だ。ウィルはジュードから相談された時にその事実を知ったが、マナは知らない。そして魔族が再びこの世に現れた原因は、ウィル自身にもわからないこと。
「……封印が弱まった、くらいしか考えられそうなことはないんだよな」
魔族が封印されたのは、大昔のことだ。気が遠くなるほどの年月の経過と共に封印が弱まったところへ魔族が何かをした、ウィルの頭はそう考えを導き出すが、結局はただの憶測でしかない。そうして、二人がまたひとつため息を洩らした時。ふとウィルの視界の片隅で何かが動いた。
「……? ……ジュード!」
ウィルは気怠げに視線をそちらに向けたのだが、すぐに目を見開いて声を上げた。つい今まで、まさに死んだように眠っていたジュードが起き上がっていたからだ。寝台の上で身を起こし、やや寝惚け眼で横髪を掻いている。今起きました、と言わんばかりの様子で。
* * *
「……そうか、オレたち負けたのか……」
意識を飛ばすまでのこと、カミラとルルーナが連れて行かれたことを聞いたジュードは、悔しそうに呟きながら拳を握り締める。
これまで、いくらか強力な魔物に遭遇しても負けはしなかったのがジュードとウィルだ。少なくとも、ウィルには自分の腕に少々の自信もあった。しかし、アロガンというあの魔族の男にはほとんど手も足も出なかったのだから、悔しくないはずがない。
こんな時にメンフィスがいてくれたら、彼になんと声をかけるだろうかと黙想する。そもそも、メンフィスがいたら勝敗はわからなかっただろう。
「……ジュード、どうするの?」
マナはあの場に居合わせなかったが、ほとんど歯が立たない相手にさすがのジュードとて心が折れかけているのでは、と心配になった。だが、ジュードはすぐに顔を上げると、即座に返答をひとつ。
「館に行く。カミラさんとルルーナはもちろん、連れて行かれた街の人たちを助けるんだ」
ジュードの心は、折れてなどいなかった。むしろ闘争本能か何かが逆に燃え上がっているような気さえする。
「けど、その魔族のことはどうするの? そいつ、かなり強いんでしょ?」
「ああ、動きが速くて……力も強かったと思う」
館に行くだけならば簡単だが、あの吸血鬼と対峙するとなると話は別だ。そして、それは決して避けては通れない道でもある。カミラたちを助けに行くのなら、必ず戦う羽目になるのだろうから。
考え込むジュードやマナを後目に、ウィルは部屋の隅に置いてあるマナの荷物へと視線を向けた。
「……それについては、俺に考えがある。ぶっつけ本番みたいなのはできれば避けたかったんだけどな、仕方ないか」
「ほんと? 何かイケそうな考えがあるの?」
「ああ、取り敢えず行くなら早いとこ行こうぜ。のんびりしてたら夜になっちまう」
吸血鬼は若い娘の生き血を飲む魔族だ。血を吸われた者は眷属と化し、完全に支配下に置かれてしまう。時間の経過と共に心身は闇に染まり、いずれは魔族として生まれ変わってしまうのだ。だが、吸血鬼が自らの眷属としようとしなければ、血を吸われた女性はそのまま息絶えてしまう。あの男がどういったタイプかはわからないが、眷属になるのも命を落とすのも決して喜べることではない。
既に何人の少女たちが犠牲になったことか。カミラたちも、すぐにそうなってしまうかもしれない。その不安は、ジュードたちに確かな焦りを与えた。




