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平穏の裏側で


 過去のことを教えてくれるというヴァリトラの言葉を、ジュードは拒否しなかった。

 けれど、その過去のことを見せてもらうにあたり「時間がほしい」と言った彼に疑問を呈したのは、マナやルルーナといった仲間たちだ。どうせ見るのなら早いうちに見てスッキリしてしまった方がいいとは、ジュード自身そう思う。今更「知るのが怖い」などと思う気持ちも既にない。


 だが、どうせなら――自分を「弟」と信じて疑わずに接し、神器まで託してくれたヘルメスにも見てもらいたかった。その上で「やっぱりお前は私の弟だ」と安心した顔で笑ってほしかった。

 それに、大臣も。神であるヴァリトラが見せる光景にまで「嘘だ、偽りだ」などとは、いくらあの大臣でも言えないだろう。ジュードが本物のヴェリアの第二王子だと認めてもらうには、もうそれしかない。


 ジュードが包み隠さずそう本心を伝えると、誰も反対はしなかった。



「……そうか、そんなことがあったのか」

「うん、オレが勇者様の子孫でヴェリアの王子だなんて今でも信じられないけど、……なんか、そういうことみたい」



 そして現在、ジュードは夕食を済ませてから王城の客間で、養父であるグラムにこれまでのことを伝えていた。ちびはそんなジュードとグラムの正面に腹這いになって伏せ、いつものようにゆったりと尾を揺らしている。ジュードは相棒の真っ白になったふわふわの毛を撫でながら、改めて静かに口を開いた。



「……オレ、昔のこと何も覚えてないのに、ヘルメス王子もエクレール王女もそれでもいいって言ってくれたんだ。けど、なんか申し訳なくてさ。そんなふうに言ってくれるのに、もしオレが大臣さんの言うように偽者だったらどうしようって」

「ははは、そうだなぁ。父さんも会ってみたいよ、ヘルメス王子に。確か、後から合流されるのだったな?」

「うん、水の国に着いた時のヴェリアの騎士さんたち、本当にクタクタでさ。すぐに発てるような状態じゃなかったから、水の国で少し休んでから来ることになってる。オレたちは書状のことがあったから先に出たけど……」



 風の国の王族ならば、同盟の話を断ることはないだろうとは思っていた。だから、別に急がなくてもヘルメスたちと共に来てもよかったのだが――あの大臣と一緒にいたくなかった、というのが本音だ。それに、カミラとも。


 カミラのことは別に嫌いではないが、彼女は少しばかり昔のことにこだわり過ぎている部分があると、ジュード自身思っている。確かに、死んだと思っていた婚約者が生きていたとなればこだわりたくなるものかもしれないが、まるで「現在(いま)」の自分を否定されているかのようで。


 ついつい余計なことまで考えてしまいそうになる思考を無理矢理に止めて、ジュードは次にその視線をグラムの右腕に向けた。



「それより、父さんは? ヴィネアに何かひどいことは……」

「ああ、父さんなら大丈夫さ。軽く痛めつけられはしたが……重傷を負うほどではなかった、俺はお前を捕まえるための生きた餌として必要だったんだろう」



 こうして見た限りでも、特に重い怪我を負っているようには見えない。余裕がなくてほとんど確認も満足にできなかったものの、アルター遺跡でもそれなりに元気だったことを記憶している。父の無事を確認できたことで、ジュードは腹の底から深い深いため息を吐き出して顔を伏せた。グラムがヴィネアに捕まったかもしれないと思った時は、本当に生きた心地がしなかったものだ。



「よかった……父さんのことは、火の国に戻る前に家まで送って――」

「うん? 何を言っとるんだ、父さんもお前たちと共に火の国まで行くつもりだぞ」



 ヘルメスたちとこの風の王都で合流できたら、次はようやく火の国まで戻れる。今後のことを頭の中で簡単に整理していきながら答えるジュードの言葉に、グラムはゆるりと頭を横に振るなり、当然とばかりにそう返答した。



「……えっ!? だ、駄目だよ、危ないよ!」

「その危ない戦いを、お前たちはずっとやってきたんだろう? ゆっくり療養できたお陰で怪我もすっかりよくなったからな、もう問題ないさ。神器ほどのものを造ることはできんが、まあ多少なりとも役には立てるだろう。お前たちが世話になっとる以上、アメリア様にもご挨拶せねばならん」

「あ……」



 忘れがちになるが、グラムはかつてメンフィスと共に火の国を救った英雄なのだ。当時は王女だったアメリアとも、当然ながら面識がある。前線基地のことでグラムに助けを求める手紙を出してきたのも、彼女自身なのだから。何かと積もる話もあるかもしれない――それを思うと、絶対に駄目だと言い張ることはできなかった。それに、グラムが火の国に行くことで心許ない装備も充分過ぎるほどに揃えられるだろうから。



 * * *



 同時刻、風の国と水の国とを隔てる関所の近くで、カミラはヴェリアの騎士団に守られながらわなわなとその身を震わせていた。

 現在、彼女の視界には信じられない光景が映り込んでいる。否――恐らく、その場に居合わせる誰もが信じられない、信じたくない光景だろう。



「アッハハハ! いやいや、ニンゲンって本当に見てて飽きない生き物ですネェ、実に興味深いですヨ♡」

「わ、わ、わたくしは悪くありませんぞ! こ、ここここれはッ、ヘルメス様がッ!  ヘルメス様がお悪いのです! このジイめを信用なさらぬから!」



 雪が溶けて草がちらほらと窺えるようになった大地の上には、鮮やかな鮮血が滴り落ちる。傍で倒れる騎士たちを一瞥して、ヘルメスは対峙する大臣と、その後方に見える道化師(ピエロ)のような出で立ちの男を――メルディーヌを忌々しそうに睨み据えた。



 ――リーブルやオリヴィアに見送られて水の王都を発ったヘルメスたちは、ここまで順調に歩を進められた。もうじき風の国に着く、ジュードたちは無事に着いただろうか、母や他の部隊は風の国にいるだろうか。そんなことを考えていた矢先、このメルディーヌの襲撃を受けたのだ。

 応戦しようとしたところで、あろうことか傍にいた大臣が袖の中に隠し持っていたナイフでヘルメスに斬りかかったのである。麻痺の猛毒を塗り込んだ刃はヘルメスの右腕を抉り、今やすっかり全身に回ってしまった。敏いヘルメスのこと、大臣がメルディーヌの傍に駆け寄る様に気づかないはずがない。これが突発的な行動ではないことに。



「……ジイ、いつから魔族と繋がっていた?」

「へ、ヘルメス様がお悪いのです! 昔からお世話をしてきたわたくしではなく、あのような偽物を信じたりなどなさるからッ! わたくしはヴェリアの輝かしい未来のために魔族と“同盟”を結んだだけですッ!」

「馬鹿なことを……」



 魔族が、人間と対等な関係など築くわけがないのだ。この大臣とて、ただ利用されて用が済めば捨てられるだけなのに。

 ヘルメスは吐き捨てるように呟くと、素早く周囲に視線を巡らせる。全身に麻痺の毒が回った今の状態でできることなど――ひとつしかなかった。


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