今の時代に伝わっていない力
「勇者様、これは?」
『これは……この屋敷の観察日記だな。……どこにどういうものを配置すればより住み心地がいいか、快適に暮らせるかが書いてある』
「そ、そんなことまで研究してたんだ……」
ジュードたちがこの屋敷に滞在してから、早三日ほど。
書斎では、今日もウィルとジェントが文字通り山のようにある本の解読に追われていた。
何かと呑み込みの早いウィルのこと、三日もあれば難解な文字に踊らされることもなくなり、少しずつ解読できるようになってきていた。初日にジェントに作ってもらった早見表のお陰だ。とはいえ、まだまだ読めない部分も多いのだが――ライオットやノームも早見表を見て勉強しているお陰で、思っていたよりも解読作業は難航していなかった。
そうなると、少しばかり気持ちに余裕が出てくる。つまり、余計なことにまで意識が向くようになる。
本に視線を落とすジェントの様子を見ていると、決して疚しい気持ちは抱いていないはずなのに異様に胸が高鳴るのを感じていた。
ただでさえ恐ろしいほどに見目が整っているのに、伏目がちに紙面を見遣る様は見る者の劣情を掻き立てる。恐らくそれがヘレティック特有の性質なのだろうが、元が女性だと言われたらさしものウィルでも色々な意味でマズかったかもしれない。この人が元は男性で本当によかったと、言葉には出さなくともウィルは内心で安堵した。
「ウィルさん、どうしたナマァ?」
「な、何でもないよ。ところで、ずっと気になってたんですけど、勇者様はどうしてグラナータ博士のこの文字が読めるんですか?」
「たぶん、ジェントはクセを見抜くのが上手いんだに。戦闘でも、ジェントは相手のちょっとした動きから次の攻撃を予測して動くんだによ」
「クセ? ……そうか、それで」
書き物は注意していても、必ずどこかにその人特有のクセが出るものだ。例えば文字のはらいやハネ部分、間の取り方など。こうして見てみると、確かにグラナータの下手というのもおこがましいレベルの文字にもクセらしいものは数多く見受けられる。
手合わせの際にジェントの身に一撃を叩き込むのが異様に難しいのも、筋肉や四肢、目の動きなどから相手の攻撃パターンのクセを見抜き、事前に備えているからなのだろう。その観察眼は、過酷な戦いの中で自然と染みついたものとしか思えなかった。現に「やってみろ」と言われても、ウィルにはできそうにない。
それは、ジェントがどれほどの環境に身を置いていたかを嫌でも教えてくれる。
何とも形容し難い気持ちでジッとジェントを眺めていると、そこでウィルはどこからか刺すような視線を感じた。
この屋敷に滞在して、三日。その間、魔物や魔族などの襲撃は一切受けていない。しかし、何かが潜んでいないとは断言できないのだ。
「……マスター、そこで何してるに?」
ライオットのその声に反応して書斎の出入口の方を見遣ると、扉の隙間からじっとりとこちらを見つめるジュードがいた。正直、ライオットが先に見つけてくれていなかったら引き攣った悲鳴を上げていたかもしれない。夕暮れ時に近い時間帯であることも手伝って、その光景はちょっとしたホラーだ。十中八九、今し方の刺すような視線はこの弟分のものだろう。
「おまっ……なんだよジュード、そんな恨めしそうな顔で……」
「……いや、ジェントさんと一日中ずっと一緒にいられていいなと思って」
「なんだそりゃ、ったく、脅かしやがって……」
見つかったとあればそれ以上は隠れている気もないらしく、ジュードは静かに扉を開けるとちびと共に書斎に入ってきた。大量にある本の匂いが珍しいのか、ちびはふんふんと匂いでも嗅ぐように頻りに鼻を鳴らしている。
「何か見つかった?」
「いいや、今のところはまだ何も。グラナータ博士は随分と日記をつけてたみたいで、ほとんどがそういうのだよ。俺にしてみればこの上ないお宝だけど、今欲しい情報は記されてないなぁ……勇者様、今読んでるそれは?」
グラナータ・サルサロッサがどのように生きて、どのように過ごしていたのか。彼を崇拝するウィルにとっては日記ひとつ、一ページだって宝のようなものだ。だが、今必要なのはあくまでも情報である。まだ手を付けていない本は数百冊はあるものの、本当にめぼしいものが見つかるかどうか、不安は消えない。
だが、ウィルがジェントに声をかけたものの、当の本人は手元にある本を眺めたまま答えなかった。眉根を寄せながら怪訝そうな面持ちで文字列を辿るその様子は、先ほどとは随分違う。
『これは……死の雨に関係するものではないが、グラナータが遺した魔法書だ』
「えっ!? 魔法書!?」
「ほ、ほんとだに!?」
『ああ、当時使っていたものもあるが、……あの大戦の後に開発した魔法もある。この後半部分は今の時代に伝わっていないものだ』
その言葉に、ジュードやウィルはもちろんのこと、ライオットとノームも跳びはねるようにしてジェントの傍に駆け寄った。紙面には下手を超越した文字と、複雑な紋様が幾重にも重なるように描かれた魔法陣が記されている。今の時代に伝わっていないもの――ということは、今の世界では誰も知らない魔法だ。少なくとも、精霊たちやジェント以外は。
「オ、オレは魔法使えないから知らないんですけど、魔法って自分で開発できるものなんですか……?」
『いや……普通は考えつかないことだが、あいつは昔からそうだ。まだ魔法を使えるようになる前、魔導具にも頼りたくなかったあいつは、独自に魔法に近い力をあみ出したんだ』
「うに、破道法だにね。破道法は、体力を魔力に変換することで防御力や魔法抵抗力を完全に無視して大打撃を与えられるとんでもない力なんだに。いくらジェントでもあれだけは無効化できなかったにね」
「は、どうほう……? じゃあ、マナたちがそれを覚えれば……」
魔法を受け付けないヘレティックの絶対的な守りさえぶち破る力だ、後方支援型のマナやルルーナがその「破道法」というものを習得すれば神器と合わせて大きな戦力になる。そんな力を喰らえば魔族だってタダでは済まないはずだ。
探している情報とは違うものの、その発見もまたお宝と言えるものだった。




