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オリヴィアとリンファ


 明かりの落ちた寝室の中で、リンファは寝台で眠るオリヴィアに付き添っていた。


 リンファをやらせまいとガーゴイルたちの前に立ちはだかったオリヴィアだったが、その恐怖は並々ならぬものだったのだろう。核が破壊され、ガーゴイルの群れが消えていくのを確認するや否や、気を失ってバッタリと倒れてしまった。


 水の神器が割って入ってくれたお陰で、オリヴィアの身に怪我らしい怪我はない。だが、もし神器が覚醒しなかったらどうなっていたことか――それを考えるとリンファは冷水でも浴びせられたようにゾッとした。身体が芯から冷えるような。


 (くだん)の水の神器は、今もまだ二つの光の玉がリンファの傍をふわふわと飛んでいる。こっち見て、自分を取って、と言っているようだった。戦闘時は恐ろしいほどの破壊力を見せたが、今はやわらかい光を纏ってただ浮遊しているだけ。



「うう、ん……」

「――! オリヴィア様、気がつかれましたか!?」



 寝台で眠るオリヴィアから唸るような声が洩れたのを聞いて、リンファは腰掛けていた椅子から勢いよく立ち上がって彼女の顔を覗き込んだ。すると、伏せられていた目が静かに開く。まさに「今起きました」とでも言わんばかりの寝ぼけ眼が。


 オリヴィアは暫しぼんやりとした様子で虚空を眺めていたものの、程なくしてがばりと身を起こした。



「あ、あの気持ち悪いのは!? たくさんいた不気味な生き物たちはどうなりましたの!?」

「あ、あれは……イスキア様が核を破壊してくださったお陰で、全て消えました。王都も被害を受けましたが……問題ないと、陛下が……」



 一部の住民に被害は出たが、フォルネウスが氷漬けにしてくれたお陰で今は活動を停止して眠っている。彼らを元に戻す方法など見つかるかどうかは疑問だが、とにかく血眼になってでも探すしかない。


 リンファのその言葉を聞いて、オリヴィアは文字通りホッと安堵したように胸を撫で下ろした。けれど、その視線はすぐにキッと鋭さを帯びてリンファの腹部辺りに向けられる。



「お……お前はっ、怪我は、どうしましたの?」

「オリヴィア様のお陰で何ともありません。ですが、なぜあのような危険な真似を……」

「お、おおおだまり! お姉様は妹を守るものですわ、わたくしは、あ、姉として当然のことをしたまでですの!」



 早口に捲し立てるように告げられた言葉だったが、その返答にリンファは唖然とした。今まで妹のような扱いを受けたことは一度もないし、彼女とはただの姫と護衛でしかなかったはず。水の国を離れてジュードたちに同行してからは、そんな関係でさえなかったのに。


 そこは察しのいいリンファのこと、ウィルたちと交わした話を聞いていたのだなと思いはしたが、口には出さなかった。愛娘を思うリーブルの気持ちが彼女に伝わってくれたのなら、喜ばしいことだ。


 反論もなく黙ったリンファを見て、オリヴィアはコホンとひとつ咳払いをするとリンファの傍をふわふわと飛ぶ光の玉を見つめた。



「……それ、消せませんの? 綺麗ですけど気になりますわね」

「これは水の神器なのだそうです、手にすれば消えるとライオット様が言っていましたが……私に神器を手にする資格があるのか、自分でよくわからないのです」



 先んじて神器を手にしたマナたちのことを「羨ましい」と思ったことは何度もある、自分も神器を手に入れたらもっと役に立てるかもしれないのに、とも。だが、実際にこうして神器に選ばれてみると、自分などで本当にいいのかと惑ってしまう。非戦闘員のオリヴィアに無理をさせてしまうような、そんな情けない自分でいいのかと。


 だが、オリヴィアはムッと表情を顰めると怒号を飛ばした。



「何をくだらないことでうじうじしていますの!? お前が選ばれたのだからさっさと手になさい!」

「で、ですが……」

「ですがも何もありませんわ! その力があればジュード様のお役に立てるのでしょう? わたくしがお前の立場なら迷うことなく堂々と手にしますわよ!」



 反論を許さずいつものように捲し立ててしまうと、オリヴィアは上がった息を落ち着かせるように一度黙り込んだが、ややしばらくの沈黙の後、ふうと小さくため息を洩らしてから言葉を続けた。



「……わたくしには、お前やジュード様たちのような戦う技術はありませんわ。戦えない者からしてみれば、お前のその悩みは贅沢過ぎますのよ。その力はお前がいいと言っているのだから、うじうじしていないでさっさと手になさい」

「オリヴィア様……」



 オリヴィアの言葉に、リンファは一度静かに目を伏せる。

 言われて初めて気がついた。自分のこの悩みは確かに贅沢で、傲慢なものだと。戦いたくとも力のない者は、きっとたくさんいる。ならば、選ばれた自分は彼らの想いを背負って戦うべきなのだ。


 ふわふわと飛び回る光に手を伸ばすと、ふたつの光は一瞬だけ眩い閃光を放ち――次の瞬間には、リンファの二の腕両方に腕輪の形になって落ち着いた。



「リンファ、わたくしはうじうじした女は嫌いですわ。わたくしの妹ならもっと堂々となさい」

「はい、オリヴィア様。私はもう迷いません、この力で必ず……魔族を倒してきます」



 先ほどとは違い、しっかりとした意思の宿るリンファの双眸を見返してオリヴィアは満足そうに腕を組み「よろしい」とだけ呟いた。



 * * *



 一方、その部屋の外で聞き耳を立てていたマナたちは、深々と安堵を洩らす。


 リンファに対する今までのオリヴィアの言動を思えば、またひどいことを言われるのではないかと心配になってついてきたわけだが、まったく問題なかったようだ。


 ウィルとマナは胸を撫で下ろし、ルルーナは期待外れとばかりに自分の髪を軽く掻き乱した。だが、その顔にも安堵の色が滲んでいるところを見れば、純粋に心配していたのだろう。



「……なんだか、あの王女様もちょっと変わったわね」

「そうだな、前はとんでもないお姫様だと思ったけど……この分なら大丈夫そうだ」



 オリヴィアはもちろん、リンファも――迷うことなく神器を手に、今後も戦っていけるはずだ。ウィルの呟きに、マナもルルーナも言葉もなくどこか満足そうに頷いた。



「ところでリンファ、あの場に見慣れない殿方がいらっしゃったけどどなたでしたの? あの金髪の美しい……」

「あの方がヴェリアのヘルメス王子だそうです、今は客間でお休み中です」

「んまぁ! あの方がヘルメス王子!? なんてステキな方なのかしら、明日ご挨拶に行かなくちゃ!」



 続いて聞こえてきたそのやり取りを聞けば、何とも言えない気持ちになったが。

 どうやら、男好きなところは相変わらずのようだ。



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