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本当の家族


「精霊にも、兄弟とかあるんだね……」



 戦闘が落ち着いたのを確認して、カミラは住民たちの傍を離れて船着き場へと戻った。そこで簡単に経緯を聞いてから、まじまじとフォルネウスを見上げる。


 顔立ちはもちろんのこと、スラリと伸びた長身もシヴァにそっくりだ。当のフォルネウス本人は未だ納得とは程遠いような表情をしているものの、再び武器を手にしないところを見ると、多少は落ち着いたらしい。



「……けど、兄弟なら尚更だよ。ちゃんとシヴァさんと話をしなきゃ」



 このままでは世界が大変なことになる、という以前に、シヴァは純粋に弟を心配して旅をしていたのだろう。もしジュードがシヴァと同じ立場だったとしても、同じことをする。



「兄上にはもう伝えてある。……だが、賛同はして頂けなかった」

「それは当然だに、シヴァがもしお前に賛同してたら大変なことになってたに」

「私はまだ納得したわけではないぞ、今の時代の人間たちは好かん。あの大戦が終わった後の人間は互いに助け合いながら生きてきたが、世が平和になるとすぐに人間同士で憎み、自分たちで争う理由を捻り出しては互いに傷つけ合う。……そんな自分勝手な人間たちにこの世界が汚染されていくのは冗談ではない」



 もしもシヴァが弟と共に人間に愛想を尽かしていたら、この世界はもっと早くに水の神柱(しんちゅう)が失われ、生き物が絶滅する危機に直面していたことだろう。だが、上手くいけばその問題も、現在この国を困らせる異常気象も解決できそうだ。


 しかし、ジュードにはフォルネウスの言葉がわかるような気がした。

 魔族という“共通の敵”が現れたことによって、水の国の兵士たちも火の国に対しての怨恨を乗り越え、もしくは今だけは目をつぶったものの――もし共通の敵が現れなければ、最悪の場合は戦争にだって発展していたかもしれない。


 世界規模で大変な時は協力できるのに、国だけの問題となると途端に判断の目が厳しくなる。やはり、自分に火の粉がかからなければ結局は他人事なのだろうと、言葉には出さずとも虚しい気持ちになった。



「(……オレも同じか、魔族が現れたって聞いた時も他人事だったもんな。フォルネウスさんに認めてもらうにはどうすればいいんだろう)」



 考え込むジュードを見遣りながら、ジェントは小さく頭を横に振った。フォルネウスの言葉は当然ジェントにもよくわかる。



『人間は平和が続くと暇を持て余してしまうのかもしれないな。それでいて、惨事に見舞われている時は平和を欲しがるのだから、困ったものだ』

「そう、ですね……そういう時はどうしたらいいのかな……」

『さあ、俺にもわからない。フォルネウスが言う問題を解決するには、確かに個人の認識ひとつでどうにかなるものじゃない。……一番に正すべき国は聞く耳を持たないしな』



 一番に正すべき国――ハッキリと言葉にされずともわかる、地の国だ。あの国は完全な格差社会で、助け合いや協力なんてもってのほかだ。アレナの街の惨状だって伝えるだけは伝えたが、果たして支援はしてもらえるのか。


 悶々とするジュードの思考を止めたのは、真横から飛んできた風弾だった。ものの見事にフォルネウスの真横から直撃したそれは、彼の身を軽々と吹き飛ばしてしまった。



「――ッ! この、イスキア!」

「ジュードちゃんを傷つけたらボッコボコにしてやるつもりだったけど、それ一発で勘弁してあげるわ。あんたが家出したせいでコッチはあのクッソ暑い南にまで行かなきゃいけなかったんだからね!」

「け、喧嘩はやめるに!」



 風弾が飛んできた方には当然のようにイスキアがいる。海上の空には黒い影はひとつもなく、グレムリンたちの脅威は既に去った後のようだ。それを見て安堵したのも束の間、今度は目の前で大精霊二人が子供のような取っ組み合いを始めてしまったものだから、ジュードもカミラも唖然とするしかなかった。



「……お兄様! ジュードお兄様!」

「……え?」



 そんな時、不意に耳慣れない声が聞こえてきた。

 反射的にそちらを振り返ってみれば、船着き場に入ってきた船の上から一人の少女が慌てたように飛び降りてくる。金――というよりは、山吹色の艶やかな髪の少女だった。カミラは彼女の姿を視界に捉えるや否や、傍らのジュードの手を取って急かすように引っ張る。



「エクレール様! ジュード、あの人がエクレール王女だよ! 何か思い出さない?」

「そ、そう言われても……」



 パッと見た限りでは、特に思い出すようなことは何もない。単純な感想を言うなら「可愛い」ということだけ。肩につかない程度の長さで切りそろえられた髪は綺麗だし、顔立ちはまだ幼さが残るものの、間違いなく美少女と言える。もう少し成長すれば驚くほどの美人になりそうな。


 ライオットはちびの頭の上に乗ったまま、心配そうにジュードの様子を眺める。「ほら、ほら」とジュードの手を引くカミラを見て、おずおずと声をかけた。



「カ、カミラ、マスターが困ってるに。あまり急かさない方がいいによ……」

「ライオットは黙ってて、本当の家族を見ればきっと何か思い出すはずなんだから……!」



 カミラは何としても昔のことを思い出してほしいようだが、ジュードは普通の記憶喪失とは違う。これまでのことを“忘れている”のではなくて記憶がジュードの中に“存在しない”のだ。だからこそ、こうしてエクレールと――実の妹と面と向かってみても、思い出せることは何もなかった。


 次々に入港する船から、色素の薄い金色の髪を持つ青年も降りてくる。冷風に揺らされる金糸は白一色の雪国では特に際立って美しい。エクレールが「お兄様」と振り返るところを見ると、彼がヘルメス王子だ。


 ヘルメスはエクレールの隣に並び立つとカミラとの再会を喜ぶよりも先に、ジュードと真正面から向き合う。それを見て、カミラは思わず視界がぼやけた。あふれてくる涙を止められずに片手で口元を押さえる。



「ヘルメス様、ジュードが……ジュードが、生きてたんです……!」

「ああ……船の上で聞いた。昔の面影が……確かに、残っている。この十年、今日ほど嬉しい日は……ッ」



 カミラをはじめ、エクレールもヘルメスも感極まったように顔を伏せて涙してしまった。まったく覚えていないジュードにしてみれば、完全に置いてけぼりだ。だが、小さい頃の自分は家族に愛されていたのだということだけは、ヘルメスとエクレールの反応でよくわかる。


 ひと際大きな船の傍で、大臣が忌々しそうな顔をしていたことには誰も気づかなかった。


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