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ギャラリーに囲まれて


 王城の訓練場はすっかり活気づき、辺りからはひっきりなしに歓声が上がる。エイルが言うようにドゥラークたち三人はかなりの実力派だったのだろう、それを難なく叩き伏せたという事実に城の兵士たちは興奮しているようだ。


 シルヴァは一連の戦い方を見て手が震えるのを感じていた。

 三人の手練れを相手に、ジェントはただの一度も両手を使うことなく勝ってしまった。足だけでいなし、(もてあそ)び、あっさりと終わらせた。ギャラリーが沸くのも当然だ。


 見た目だけならば自分よりもずっと若いのに、自分よりも――恐らくメンフィスよりも上。信じられないという気持ちは強いが、その反面嬉しくもあった。思わず武者震いを起こしてしまうほど。

 イスキアはジュードたちに向き直ると、いつも通りにっこりと笑う。



「さて、次はみんなの番ね。そう固くならずにいつも通りやりなさい」

「そうだな、胸を借りるつもりでやらせて頂くとしよう。……私も本気を出せるのは本当に久しぶりだ」

「た、頼りにしてます、シルヴァさん……」



 シルヴァは腰から剣を引き抜くと、最前列に躍り出た。その姿にウィルやリンファなどの先頭組は触発されたように互いに顔を見合わせ、一度だけしっかりと頷いて彼女の後に続く。マナとルルーナは後方でそれぞれ神器を構えて固唾を呑んだ。魔法を受け付けないという、ジュードとは真逆の体質を前に果たして神器でも効果があるかどうか。



 リーブルや水の国の兵士たちが息を呑んで見守る中、真っ先に動いたのは――やはりシルヴァだった。勢いよく床を蹴り、猛然と飛び出す。ウィルとリンファはその後に続いた。対するジェントは駆け出してくる彼らを見据えるものの、最後方でガンバンテインを掲げるルルーナの姿を目に留めて軽く眉根を寄せた。


 刹那、ジェントの身を黄金色の光膜が包み込む。それは、ガンバンテインによる能力低下の効果だ。いくら伝説の勇者と言われていても、神が創りし神器の効果からは逃れられない。己の能力が急激に弱体化していくのを感じて、ジェントは双眸を半眼に細めた。



「はああぁッ!!」



 正面からシルヴァが、リンファが真横から同時に襲いかかる。ジェントは素早く彼女たちの出方を窺うと、空いている斜め方向へと回避した。直後、振られる剣と短刀は虚空を切ったが、安心するにはまだ早い。一拍ほど遅れて、ウィルがその背後に回るや否や、手に持つゲイボルグを思い切り突き出した。気配でそれを察知したジェントは片足を軸に身を翻すと共に、逆手を手刀の形でウィルの首目がけて振るう。


 だが、その一撃はウィルの身を包む緑色の光によって阻まれ、彼の身に直撃することはなかった。ウィルが突き出した槍はジェントの片腕を浅く抉ったものの、アグレアスの時と同じく相手の攻撃を寄せ付けないこの緑色の光がどうにも不思議だった。



『槍は基本的に素早い切り返しには向かない。攻撃の際にできる一瞬の隙から所有者を守るために、ゲイボルグの使い手は常に風の防壁に守られるんだ。だから、カウンターや負傷を恐れずに打ち込むといい、ある程度はその防壁が守ってくれる』

「なるほど、そういうことだったのか……わかりました、じゃあ遠慮なくやらせてもらいますよ!」



 ウィルの視線と意識が緑色の光に向いたのに目敏く気付いたジェントは淡々とそう説明を向けた後、再び振られた一撃を今度は後方に跳び退ることで避けた。


 そこへシルヴァが再び飛びかかる。目にも留まらぬ速さで繰り出される彼女の剣撃はさしものジェントでも回避は至難の業で、その身にはいくつも剣傷が刻まれていく。しかし、当たるのは腕や足など辛うじて触れる程度、狙いすました箇所に直撃しないことにシルヴァもまた内心で歯噛みした。


 渾身の一撃が最後に空振りしたことにシルヴァは舌を打ったが、その一撃を回避した隙をウィルが見逃さない。着地の際に一瞬だけできる隙を突いて真横から飛びかかると、叩きつけるようにしてゲイボルグを振るった。咄嗟に防御しようとしたジェントが左腕を上げるものの、神器による攻撃を防ぐことは難しかったらしい。軽く吹き飛ばされながら、腕に負った深い裂傷に秀麗な顔が歪む。



「あははは、だらしないわねぇ。紳士ぶってないで、ちょっとは本気出しなさいよ。まさかあの子たちみたいな手練れと神器持ち相手に、そのままの状態で何とかなるなんて思ってないでしょ」

「ほ、本気って……もしかして、さっき言ってた力のことですか……?」



 状況を静観していたイスキアだったが、近くに飛んできたジェントの背中に揶揄するように声をかけた。その隣にいたカミラはイスキアと戦況とを何度か交互に見遣る。光の加護を受ける伝説の勇者に光属性では効果が見込めないため、今回彼女は戦闘に加わらず応援側だ。



「ええ、そう。ガンバンテインで能力が大きく下がってるんだもの、ちょっとは本気見せないとみっともなく負けて終わっちゃうわよ。そんなんで伝説の勇者ってみんな信じてくれるのかしら~?」

『……うるさいな。だが、さすがにこのまま終わらせるわけにもいかないか……』



 自慢の兵士三人よりちょっと強い程度で伝説の勇者の証明になるのなら、このまま適当に終わらせたところで何の問題もない。だが、周りの疑念はまだまったく晴れていないだろう。証明するには、いっそ圧倒的な強さを見せるしかない。再び駆け出してくるシルヴァとリンファを見据えて、ジェントは静かにひとつ息を吐き出した。


 いち早く飛び出したシルヴァが再び流れるような動作で剣を突き出したものの、今度は――その一撃がジェントの身を捕捉することはできなかった。目の前から忽然といなくなってしまったのだ。シルヴァとリンファが瞠目するのと、ギャラリーからひと際大きな歓声が上がるのはほぼ同時のこと。ルルーナの傍で見守っていたマナは咄嗟に声を上げた。



「ジュード、後ろ!」

「え……ッ!?」



 その声に反応して、利き手に持っていた聖剣を身を守るように反射的に振った。間一髪、繰り出された一撃はその聖剣で受け止めることはできたが、いったいどう動いたのかジュードの目を以てしてもまったくわからなかった。前線からここまでとなると、七メートル以上の距離があるはずなのに。


 マナの言葉通り真後ろに現れたのは、確かにジェント本人だ。見間違えるはずもない。聖剣の刃越しに不敵に微笑むジェントとは対照的に、ジュードは奥歯を噛み締めた。完全に油断していたせいで、少しでも力を抜けばうっかり押し切られてしまいそうだ。



『どうしたジュード、きみは見物か? 多勢に無勢と思ってるんだろうが、随分と見くびってくれるじゃないか』

「は、はは……やっぱお見通しですか……」



 思っていることを当たり前のように言い当てられて、ジュードは小さく唸る。たったひとり――それもほんのりと淡い想いを抱く相手に大勢で攻撃を仕掛けるなんて、と思っていたのだが、そんな遠慮が通じる相手ではないのだと、この時になって改めて悟った。



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