王都はまだ遠く
結局、王都シトゥルスまでの道のりは遠く、その日は満足に進むことさえままならなかった。
関所を出て約三時間ほど歩いたところに、急遽設置されたという簡素な休憩小屋がある。今夜はそこで一晩を過ごすことになった。
休憩小屋と言ってもこの大雪だ、満足な仕事もできなかったのだろう。造りは粗雑なもので、隙間風など当然のように吹き込んでくる。立て付けも悪く、やや勢いをつけて扉を閉めなくては完全に閉まらない。
しかし、延々と雪が降り積もる中で野宿をすればほぼ間違いなく凍死してしまう。粗末な造りの休憩小屋であっても、非常に有り難いものなのだ。造りこそ雑だが広さはなかなかのもので、馬車を引く馬二頭を中に入れることもできた。
「えぇッ!? じゃ、じゃあ、ジュードって王子様だったの!? その剣が聖剣で、伝説の勇者様の魂が宿ってて……すごいじゃないか! ジュードが遺志を継いで、新しく勇者様になるんだね!?」
「そ、そんなわけないだろ、この聖剣はヘルメス王子が使うんだから」
簡単に夕食も済ませてあとは寝るだけという状態になってから、エイルにこれまでの事情やこうして再び火の国を訪れた理由を彼に話すことにした。何があったのかはわからないが、今のエイルはかつてのような駄々っ子とは違い、ひと回りもふた回りも成長したようだ。ここまでの経緯を話しても、難しい顔をするどころか目と表情を輝かせてジュードを見つめた。
エイルの言葉に、ジュードは腰に提げていた聖剣を外すとどうしたものかと首を捻る。これは元々、カミラの中にあったものだ。しかし、封印が解けてしまった今、再び彼女の元に戻ろうとする気配さえ見せない。すると、イスキアが困ったように苦笑いを滲ませた。
「あらら、それは困ったわね。聖剣はもうジュードちゃんを所有者として認めちゃってるわよ。だから、それを扱えるのは今はもうあなただけなの」
「えっ……!? な、なんで……!?」
「マスター、自分の言ったこと覚えてないに? 自分の大事な人たちを守りたいだけ、って聖剣を取り返した時に言ってたに。あれで聖剣に願いを懸けたことになっちゃったんだによ」
「うそ……」
あの時はとにかくムシャクシャしたし、頭の中だってゴチャゴチャだった。ジュードとしては、あれは単純にファイゲやネレイナに向けて返した言葉だったのだが、聖剣はそれを願いとして受け取ってしまったのだろう。ジュードが愕然とした様子で聖剣を見つめていると、横からウィルとマナの二人がそれぞれバシバシとその背中を叩いた。
「別にいいじゃない、あたしたちだって神器なんて大変なもの持っちゃったのよ。こうなったらさ、もう難しいこと考えないであたしたちで魔族をぶっ飛ばしてやりましょ」
「そうだよ、お前ってバカのくせにほんとこういう時だけはあれこれ考えるよな」
「……そうだけど、本来使う人がいるのにさ。カミラさん、本当にいいの?」
ジュードがヴェリアの王子だろうと何だろうと、この昔馴染み二人はこれまで通りまったく変わらない。それがジュードにとっては有難かったし、気が楽になるものでもある。ちびも胡坐をかいた相棒の片膝に顎を乗せて「わうっ」とひとつ吠える。
すると、カミラは穏やかに微笑んで何度も頷いた。ルルーナは面倒くさそうにしていたが。
「うん、いいと思う。ヘルメス様だって、使い手がジュードなら認めてくださるわ」
「まあ、選ばれちゃった以上は仕方ないわね。私も国には戻れそうにないし……やれるだけのことはやるわよ」
火の神杖レーヴァテイン、風の神槍ゲイボルグ、地の神杖ガンバンテイン――これで三つの神器が揃い、その全てが顕現したことになる。ようやく半分と捉えるべきか、それとももう半分と解釈すべきか。
シヴァは壁に寄りかかったまま、ジュードの手にある聖剣を見遣る。
「だが、聖剣はまだ本来の力に目覚めてはいない。聖剣に頼りきりになり、過信しないようにな」
「本来の力?」
「聖剣が持つ力はあまりにも強大過ぎるため、普段は六つの神器でその力を抑え込んでいるのだ。神器が全て顕現して初めて、聖剣は本来の真価を発揮できる」
シヴァのその説明を聞いて、仲間たちの視線は一斉にジュードの手元にある聖剣に向けられた。こうして見ている限りは、ただの美しい剣だ。現在は光を纏っておらず、本当にただただ一振りの剣でしかない。真価と言われても、やはり想像できるレベルをとうに超えていた。
しかし、そんなに強大な力がこちら側にあるというのは非常に心強い。誰も口にすることはなかったが、思うことは同じだ。
リンファはいつものように黙ったまま、ちらと視線のみでウィルやマナ、それにルルーナを見遣る。彼女のその胸中は複雑なものだった。
「(私もみなさまのように神器を持てたら、もっとお役に立てるんでしょうか。……いいえ、羨んではいけない。こうして共に戦わせて頂けるだけで満足しなくては……)」
メンフィス邸でも、先日のトレゾール鉱山でも。魔族を前に何もできなかったことを思い返すと、彼女の胸には悔しさばかりが募る。役に立ちたいという気持ちだけが空回りして、実力が追いついていないことが言葉にならないくらいもどかしかった。




