二つの血
王都グルゼフを空から脱出したジュードたち一行はそのまま西に向かい、地の国と水の国とを隔てる関所の近くで地上に降りた。さすがに空から水の国に入ったのでは、不法入国になってしまう。ただでさえ地の国との同盟が上手くいかなかったのだ、余計な問題は起こさない方が得策である。
「で、伝説の勇者様ぁ!?」
地上に降りた彼らが真っ先に気になったのは、ジュードの傍にふわふわと浮かぶ異様に見目の整った赤毛だった。
しかし、その正体が知れれば当然仲間内からはそんな悲鳴に近い声が洩れる。夢の中でずっと訓練をつけてもらっていたジュードだって未だに信じられないくらいだ。カミラはまじまじとジェントの姿を見つめると、何度か納得したように頷いた。
「や、やっぱり、間違いないわ。わたしがリュートに誘拐された時や、アレナの街で地震が起きる直前に助けてくれた人……で、でも、まさか勇者さまだったなんて……」
「地震が起きる直前って……こ、こんな人いた?」
「うん、でも……わたしにしか見えてないみたいだったの。誘拐された時もそう、周りの人は誰も気づいてなかったわ」
当時は不気味に思ったものである。あれは何だったのだろうかと度々思い出すことはあったが、いつも目にできるものではなかったからこそ、気にはなっていても正体を突き止めるには至らなかった。その方法がわからなかったというのもある。
すると、ジェントはカミラに向き直るとゆるりと軽く小首を捻った。
『俺のこの魂は聖剣に宿ってるんだ。魔族の襲撃以降、聖剣はきみの中に封印されていただろう。その封印が解けたことでこうして誰の目にも触れるようになったが、それまでは……そうだな、カミラにしか見えなかったな』
「そ、そうなんだ……そういえば、聖剣ってなんでカミラさんの中にあったの?」
「あの人たちが言ってたように、聖剣は所有者の願いを叶えるものって言われてるの。そんな聖剣が魔族に奪われてしまわないように、お父さまがわたしの中に封印したのよ。巫女なら強い光の力を持ってるから、聖剣を中に封印してもきっと探知されないだろうって」
聖剣は魔を祓う強力な光の力を秘めた神の剣。つまりは所在を知られないよう、同じく強い光の力を持つカミラをカモフラージュにしてこれまで隠してきたのだろう。シルヴァは納得したように頷くと、これまでの情報を頭の中に纏めていく。正直、謁見から今に至るまで色々なことがありすぎて、さしもの彼女とてやや混乱していた。
ルルーナはそれまで黙って彼らの話に耳を傾けていたが、次にその視線は精霊たちに向けられた。
「……お母様が言ってたことは、本当なの?」
「そ、そうだ、ジュード。お前のことだって……」
思いがけず伝説の勇者と邂逅することになったせいですっかり頭から抜け落ちていたが、喜んでばかりもいられないのだ。ジュードはルルーナやウィルの言葉で意識を引き戻すと、ちらとライオットを見下ろした。
当のライオットやノームはしょんぼりしていて、わざわざ言葉で肯定されずともあれが嘘偽りなどではないことがわかる。何からどう話すか困っているらしい様子を見かねて、代わりにイスキアが口を開いた。
「ネレイナが言ってたことは本当よ。ジュードちゃんは、死んだと言われているヴェリアの第二王子。魔族に喰い殺されたというのも、あなたが昔の記憶を何も持っていないのも、魔族の襲撃の際にサタンに喰われたからよ」
「く、喰われた……? オレが……?」
「ええ。でもサタンの中に完全に取り込まれてしまう前に、あなたのお母さんがサタンの腹を叩いて無理矢理に吐き出させたの。命は助かったけど、その時にあなたは当時持っていた記憶の全てをサタンに喰われたのよ」
イスキアが淡々と語る話を聞いて、ジュードは胸がざわめくのを感じていた。黙って話を聞いていたルルーナは悔しそうに下唇を噛み締めると、脇に下ろした手で固く拳を握り締める。
「お母様は、どうしてジュードのことを知っていたのかしら……まさか、あんなロクでもないことを考えていたなんて……」
「それについてだけど、ちょっと気になるんだに。ルルーナのお母さんは、あのファイゲって男とは別の企みがある気がするんだに」
「別の企みですって?」
過去に魔族と情報共有をしたこともあると、ネレイナは口にしていた。それが原因でヴェリアが大変なことになった、とも。事実なら、ネレイナは全人類の裏切り者とされてもおかしくはない。しかし、続くライオットの言葉にルルーナはそのふざけた顔を見下ろした。母の思惑だけでもショックだったのに、これ以上に何があるのかと思えば眩暈さえ覚える。
「ノームもそう思うナマァ。ルルーナさんのお母さんは、マスターさんの中に流れてる二つの血、って言ってたナマァ。他の国の人たちを従わせるためなら、血のことまでは知らなくてもいいはずナマァ」
「ああ、俺も気になってたんだ。その二つの血って……勇者様の血と、前聞いた精霊族の血ってことで……いいのか?」
ウィルの言葉にライオットは彼を見上げると、相変わらずのふざけた顔ながら肯定の意味合いを含めて何度か頷いてみせた。
「そうだに、あの時は……まだマスターに心の準備ができてなかったから伏せたけど、その二つの血をちょうどいい割合で持つマスターは、精霊だけじゃなくてこの世界を形成する四神柱を使役することもできるんだに。つまり……この世界を自由に創り変えることもできるんだによ。魔族はその力がほしいんだに」
――四神柱がこの世界を形成する存在であるとは、誰もが知っている。
その彼らを使役することで世界を自由に創り変えるなど、言葉で言われてもまったく想像できなかった。あまりにも話のスケールが大きすぎて想像できる範囲をとうに超えている。
魔族は自分たちの世界を創るために、ジュードのその力がほしいのだろう。そのことを知っていたネレイナにも似たような思惑がありそうだった。




