品行方正とは程遠い
ジュードたちがアレナの街に帰り着いて約二日。ウィルとシルヴァの体調も随分と回復したため、彼らは街を後にして再び王都グルゼフに向かう旅へと戻ることになった。街のことは不安が尽きないが、地震の原因となったノームが落ち着いたこともあり、今後は揺れに見舞われることはそうそうないだろう。
街のことを思うのなら、今は一刻も早く王都に辿り着き、アレナの街の惨状を王や貴族たちに報告する方がいい。
現在、馬車の手綱はリンファが握っている。シルヴァは時折、御者台に通じる小窓から心配そうに、それでいて申し訳なさそうに彼女の背中を見つめていた。
「あのさ、イスキアさん。ちょっと……許可をもらいたいんだけど」
「あら、ウィルちゃんどうしたの? 許可って、何の許可?」
そんな中、馬車の中で不意にウィルが口を開いた。現在は合流を果たしたイスキアとシヴァの二人も馬車に乗っている。この二人がいれば、例え魔族が襲ってきたとしてもそれほど不安はないはずだ。
イスキアは不意に向けられた言葉に、不思議そうにぱちぱちと瞬きを打った。すると、ウィルは己の左手中指に我が物顔で鎮座する指輪――神器に視線を落とす。ごく普通の指輪にしか見えないが、これこそが風の神器ゲイボルグだ。
「俺たちの技術を神器に使ってみてもいいかな、って」
「えっ、魔法武具の技術を……神さまが造った武器にも使うの!?」
「ああ、そうしたらどうなるのかなと思ってさ」
「常々思ってきたけど、ウィルってたまにぶっ飛んだこと言うわよね……」
その言葉に真っ先に声を上げたのはマナだ、彼女の髪には今も鳥を模した髪飾り――火の神器レーヴァテインが鎮座している。
神器はそれひとつで恐ろしいほどの破壊力を持つが、それで満足しないところが何ともウィルらしい。探求心と好奇心の塊みたいな彼の性格は、ジュードとマナならよく知っている。余計な口を挟むことなく、ジュードは思わずその顔に苦笑いを滲ませた。彼の隣ではすっかり傷も癒えたちびが腹這いになって伏せている。
その思いもよらない言葉に、ルルーナはやや呆れたように呟きをひとつ。だが、止めることはしなかった。
「うふふ、面白いこと考えるわねぇ。アタシはもちろんいいわよ、神器はあなたを使い手として選んだんだもの、やりたいようにやってみなさい。どうなるのかアタシも興味あるし♡」
「じゃあ、今のうちにオレたちの武器にも光属性をつけておこうか。……またいつ魔族が襲ってくるかわからないし」
「そうだね、光魔法ならわたしに任せて」
イスキアから許可が返ると、ウィルは安堵したようにやや表情を和らげて馬車の隅に置いてあったカバンを引っ張り寄せた。移動中の馬車の中でできることなど、そうそう多くない。
ジュードはそのカバンの中から、鉱石の力を引き出す文字を刻んだ台座をいくつか取り出した。そして、次にカミラにパールを渡していく。光属性と相性がいい石だ、これに光の魔法を込めてもらえば魔族に効果的な武器を造ることができる。
「……俺、イスキアさんが来てくれたお陰で助かったけど、悔しくてさ」
「あら、何が悔しいの?」
「神器に選ばれたのは光栄なことだけど、実力ではアグレアスに全然勝てなかった。これからも、神器があるってことに甘えてたら駄目だなと思って」
ジュードが取り出した台座をひとつ手に取り、何とはなしに眺めながらウィルは悔しげに呟く。そこはやはりジュードの兄貴分、性格に違いこそあれど、こうした負けん気が強い部分は何かと似ている。ウィルのその呟きにジュードは横目に彼を見遣ると、納得したように頷いた。
「オレも神器があったらなぁ……こう言うと不謹慎かもしれないけど、ウィルとマナが羨ましいよ」
「ジュードには交信があるじゃない、あれが一番の反則技よ。あたしだって神器を持つ前はジュードに任せっきりで何もできないの悔しかったんだからね」
「そ、そうかな……」
そんな仲間のやり取りを黙ったまま見守っていたシヴァは、馬車の壁に背中を預けて座り込んだまま暫しジッとジュードを眺めた。
「マスター、お前は伝説の勇者を敬愛しているそうだな」
「え? ……シヴァさんにマスターって呼ばれるのメチャクチャ違和感あるんだけど……うん、それがどうかしたの?」
「お前にその気があるなら、あいつが使っていた技をひとつ教えてやろう。お前はいざという時に一撃が軽いことがある、あれを覚えればそれを補えるはずだ」
「ゆ、勇者様の技を!? ほ、本当ですか!?」
そのシヴァの提案にジュードは目を輝かせ、ライオットやイスキアは対照的に「げっ」と嫌そうな声を洩らす。その真逆すぎる反応に、ウィルやマナは互いに顔を見合わせた。
「ちょっと、まさかアレを教える気? やーよ、ジュードちゃんがあちこち破壊するようなとんでもない子になったら……」
「は、破壊? 勇者様ってどんな人だったの?」
「道を塞ぐものはとにかく殴って破壊するようなやつだったに、マスターにはそうならないでほしいにね……」
か細く呟かれたライオットの言葉に、ジュードを除く面々の脳裏には何とも言い難い光景が勝手に浮かび始めた。勇者と崇められるほどの人物ならばさぞかし清廉潔白、品行方正な人だったのだろうと誰もが思っていたが、その印象がたった今、派手に音を立てて崩れていったような気がした。
「……あたし、勝手に抱いてた勇者様像が綺麗に崩れた気がする」
「……俺も」
「勇者様は……少しばかり破天荒なお方だったのかもしれないな」
不意にシンと静まり返ってしまった馬車の中に気付いたリンファは、背後にある窓から中を窺って頻りに疑問を浮かべていた。




