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ノーリアン家のお仕事


 トリスタンとメネット兄妹の温泉旅館は隅々まで手入れがされていて、寝台もしっかりとしたものだった。長々と馬車に揺られてきたジュードたちは、その旅の疲れもあって、朝まで目覚めることなくぐっすりと熟睡できた。その日は夢さえ見ないほど。


 そんな彼らの心地好い眠りを妨げたのは、早朝という時間帯であるにもかかわらずやってきた無粋な連中だった。ぐっすり眠る身が揺さぶられるような感覚を受けて目を覚ましたジュードは、思わず寝室の中を軽く見回す。どこからかゴン、ゴンという、何かを殴打するような音が聞こえてくる。隣の寝台で眠っていたウィルも、その音で目を覚ました。



「なんだ、何の音だ?」

「わからないけど……ちび、何かわかるか?」

「ウウウゥ……」



 ちびは、窓から外を睨むように見つめて低い声で唸っている。この状況で考えられることはそう多くない。ジュードとウィルは手早く身支度を整えると、それぞれ武器を手に大急ぎで部屋を飛び出す。その後にはちびが続き、ライオットは――ジュードの枕元で今もすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。



 一階にあるロビーに降りる最中でも、何かを殴打する音は止まず、ついにはバキッボキッという折れるような音まで響いてきた。二人がようやくロビーまで行き着くと、そこにはいかにもガラの悪い粗暴そうな男たちの姿が見える。そして、そんな男たちの前には小綺麗に着飾った痩せ型の男の姿も。シルクハットに黒いスーツ姿、恐らく彼がルーヴェンス伯爵だろう。


 トリスタンは妹のメネットを自分の後ろに隠しながら、同僚たちと共に伯爵と正面から睨み合った。その近くには、先に起きていただろうマナやカミラ、リンファにシルヴァの姿も見える。



「何をするんだ!」

「アレレ、言いませんでしたっけ? 妹さんを渡したくないなら代わりにこの旅館を頂きマス、って。ですが、この建物はもうオンボロなのでねぇ、綺麗な更地にしてからワタクシに相応しい煌びやかな旅館を新しく建てようかと思いまして」

「見てくださいよ伯爵、あの娘以外にも女がいますよ! 伯爵のお眼鏡に適う女もいるのでは?」



 伯爵のその言葉から察するに、現在響いている殴打音は屋敷を破壊しようとする騒音なのだろう。こうしている今も音がやまないことから、この場に居合わせない他の手下たちが建物を壊そうとしているのだ。


 手下らしき男たちの声に伯爵は眼鏡のブリッジを指で軽く押し上げると、品定めでもするかのように軽く上体を前に倒す。そうして厭らしく鼻の下を伸ばす様は、昨夜ルルーナが言っていたようにまさに“変態伯爵”と呼ぶに相応しかった。



「ひょほほほ、確かに美しい方々ばかりですねぇ……」



 しかし、それを見て駆け出そうとしたジュードたちや、いつ襲いかかってきても撃退できるように身構えるマナたちを止めたのは、ものの見事に伯爵の頭頂部に落ちてきたツボだった。シルクハットが多少なりとも衝撃を緩和してくれたようだが、次の瞬間には伯爵は己の頭を押さえてその場に蹲ってしまった。



「相変わらずロクでもないことばっかり考えてるのねぇ、振り回される民のことも考えてほしいものだわ」

「ぐぎぎぎ……ッ! こ、このワタクシになんと無礼なことを……っ!!」

「無礼? 無礼はいったいどちらなのかしら。ねぇ、ルーヴェンス伯爵?」



 オープン階段の手すりから身を乗り出してロビーを見下ろしてくるのは、他の誰でもないルルーナだった。伯爵の頭頂部にツボを落としたのも、十中八九彼女だろう。


 コツコツとヒールの音を響かせながら優雅に階段を下りてくる彼女を前に、伯爵は忌々しそうに奥歯を噛み締めていたが、憤りに満ちた顔は彼女の姿を確認するや否や、今度は血の気が引いたようにサッと青ざめてしまった。それは、周りにいる彼の手下たちも同じだ。



「伯爵家の者が公爵家の者になんて口の利き方なのかしら。この旅館に対する強引な行動も含めて、お母様に報告と確認をした方がよさそうねぇ」

「ま、ま、まさか……ルルーナ様!? な、なぜこのような場所に!?」



 伯爵を含め、男たちはすっかり縮こまってしまった。そんな様子を目の当たりにして、カミラとマナは目を丸くさせ、シルヴァとリンファは武器に添えていた手を離す。青ざめてぶるぶると震える様からは、つい今し方までの余裕に満ち満ちた姿はまったく想像もできないほどだった。


 トリスタンやメネットは、すっかり大人しくなってしまった伯爵を前に驚いたようにジッとルルーナを見つめる。地の国に住まう者なら貴族制度や階級のことなど知っていて当然だ。



「こ、公爵家って……もしや、ノーリアン家の……!? た、大変失礼致しました!」

「別にいいわよ、私の立場上、こいつらのやってることは見過ごせないことなんだし」

「な、なんだかよくわからないけど、ルルーナさんのおうちってすごいのね……この旅館、ルルーナさんの家が関係してるの?」



 取り敢えず流血沙汰の戦闘になることは避けられたらしい様子に、カミラはそっと安堵を洩らすとルルーナの背中に声をかけた。立場上見過ごせない、という言葉から察するに、彼女や彼女の家はこの旅館と何かしらの関係があるのだろう。



「私たちノーリアン家は、土地とかに結構口を挟んでるの。どこにどんな建物を造るか、今現在どこの土地が空いているのか。そういったことを王族の方々に細かく報告しなきゃいけないから」

「へぇ……貴族って遊んでるだけじゃないのね」

「貴族って言っても、お役人みたいなモンさ。そういう仕事を任されてるって聞いたことある」

「そう、ウィルの言う通りよ。貴族が全員遊んでるわけじゃないんですからね。……さて、ジュード、ウィル。外で暴れてる連中の首根っこ掴んで連れてきてちょうだい、奥でじっくり話を聞かせてもらうから」



 そう言って不敵に微笑むルルーナは、綺麗なはずなのに異様に恐ろしかった。ルーヴェンス伯爵が青ざめてしまう気持ちもよくわかるくらいには。


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