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本音と本音


 橙色に染まる王都の街中を、ジュードとルルーナはカミラの姿を探して早足に歩いていた。

 辺りに目を向けても、なかなか彼女は見つからない。先ほどメンフィス邸で争いがあったにもかかわらず、幸いにも街の中には被害はなく、魔族の存在に気付いた者もいないようだった。


 商店街や大通り、ちょっとした裏道などあちこちを探してみたが、その姿は一向に見つからなかった。



「まいったな、どこ行ったんだろうカミラさん……」

「はずれの方にも行ってみるに、人混みを避けてるのかもしれないに」



 ライオットはいつものようにジュードの肩に乗ったまま、街はずれの方を指し示した。その声色にわずかにも焦りのような色が滲んでいることから、純粋にカミラのことを心配しているのだろう。その一方で、ルルーナは複雑な表情を浮かべていたが。



「……あの死霊文字とかいうやつ、あれはカミラさんなら普通に浄化できるのか?」

「そうだに、巫女は強い光の力を持ってるんだに。聖剣、神器、それか姫巫女の力のいずれかで浄化できるんだによ。ライオットたちがやってもいいけど、あれはなかなか大変なんだに……」

「あのヒーリッヒって男は大丈夫かしら、その文字の知識を得たってことでしょう? 投獄されたとは言え、また死霊文字で悪さをするなんてことは……」

「あとでメンフィスさんにしっかり話しておこう、大丈夫だとは思うけど……またさっきみたいな状況になったら困るしな」



 サラマンダーに死霊文字のことを聞いた時も、先ほどの戦闘の場にもメンフィスはいたのだ。彼とて深く心得ていることだろう。大丈夫だとは思うが、念には念を入れておいた方がいい。王城には女王がいるのだから、何かがあってからでは遅すぎる。



 商店街の賑わいを背に街はずれの方に歩いていくと、はずれに行き着く頃には既に辺りは夕闇に包まれ始めていた。この街はずれには子供たちのための遊び場が設けられているのだが、この時間になるとさすがに子供の姿は見えない。誰かの忘れものだろうボールが遊び場の隅に寂しげに転がっている。


 その遊び場の奥、木製のベンチの上でカミラは膝を抱えるようにして座り込んでいた。立てた両膝に顔を埋めて丸くなる様は、まるでこの世の全てから隠れたがっているようにも見える。ジュードは暫し彼女のその様子を遠巻きに眺めた後、ルルーナと共にそちらに歩み寄った。



「……カミラさん」

「――!」



 極力驚かせないようにとは思ったのだが、無駄だったらしい。ジュードの声にカミラは大袈裟なほどにびくりと身を跳ねさせると、弾かれたようにその顔を上げる。そうして慌ててベンチから立ち上がり、更に奥へと逃げようとした。


 ジュードは咄嗟に彼女の背に声をかけようとしたものの、それはずいと一歩前に踏み出たルルーナによって片手で制される。



「また逃げるの?」



 静かな、それでいてハッキリとした口調で紡がれた言葉に一度こそ逃げようとしたカミラだったが、ややあってから静かにルルーナを振り返った。その顔には怪訝そうな色が滲む。それを見てルルーナは紅の双眸を半眼に細めると、ひとつ鼻で笑った。



「なによ、その顔。もっと優しい言葉でもかけてもらえると思ってたの? 平気で仲間を見捨てるようなやつに、そんな優しくする必要ある?」

「見捨ててなんか――!」

「アンタはジュードのこと見捨てたじゃない、あの状況でまさか逃げるなんて思わなかったわ」



 そこで、ジュードもライオットも悟った。ルルーナがどうして珍しく「一緒に行く」なんて言い出したのかを。彼女は腹の内に鬱憤が溜まり放題でどうしようもなかったのだ、カミラに言いたいことが山のように積もっているのだろう。ジュードはそんな彼女に慌てて声をかけた。



「ル、ルルーナ、あの……」

「ジュードは黙ってて。あなたはいちいち優しすぎるのよ」



 しかし、間髪入れずにそうピシャリと言われてしまえば、それ以上は何も言えなかった。う、と口を噤むジュードの様子を確認するなり、ルルーナはカミラの真正面まで悠々と歩み寄っていく。この二人がこうして睨み合う姿は初対面の時にも見たが、あの時と今とでは状況がまったく違う。張り詰めた空気が非常に痛い。



「……あなたにはわたしの気持ちなんてわからないわ」

「ええ、わからないわ。でもアンタだって私の気持ちはわからないでしょう? 一人でこの世の不幸を背負ったような顔してさ、いい加減腹立つのよ」

「な……っ!」

「自分のことは追及しないでほしい、でも魔族のことはみんなにちゃんと考えてほしい、それでいざ魔族が暴れたらさっさと逃げ出すのはさすがに自己中が過ぎるんじゃないの?」



 捲し立てるように告げられるルルーナの言葉の数々に、カミラは咄嗟に反論しようとはしたものの、言葉が出てこなかった。彼女の指摘はまさにその通りだ。だが、自分のことを何も知らないくせに、そうまで言われる筋合いはない。それを考えるとカミラは猛烈に腹が立った。言葉の代わりに、思い切りルルーナの横っ面に一発ビンタを叩き込んでしまうくらいには。


 辺りに乾いた音が響き渡り、ライオットはびくりと身体を跳ねさせ、ジュードはもどかしそうに下唇を噛み締めた。



「……口で勝てないからって暴力に訴えるのはやめてほしいわね」

「何も知らないくせに、偉そうなこと言わないで!」

「悲劇のヒロインぶるのも大概にしなさいよ。何も話そうとしない、すぐ逃げるやつのいったい何を知れって言うのよ」



 次々にぶつけられるルルーナの言葉は、ぐさりぐさりとカミラの胸の深い部分に突き刺さった。彼女の言葉はどれもこれもまさしく正論なのだ。図星だからこそ、尚のこと感情が大きく揺さぶられるのだが。


 しかし――言葉は厳しくとも、ルルーナは恐らくカミラのことを心配している。彼女と正面切って向き合おうとしているのだ。カミラ自身もそれに多少は気づけたらしく、一度は昂った感情も落ち着いてきたらしい。風船から空気が抜けるかのように勢いを失い、やがて自らの行いを悔いるように俯いた。


 それを確認して、ルルーナはひとつ息を洩らすと早々に踵を返す。



「あとは任せたわよ、ジュード」

「えっ、……え?」

「これでまだうじうじ言うならあとは好きにさせなさい、私はもう知らないわ」



 ルルーナはそれだけをジュードとライオットに告げると、立ち止まることも振り返ることもしないまま、来た道をさっさと戻っていってしまった。カミラを見てみれば、彼女は何を思うのか今もまだ俯いたままだ。


 暫しの逡巡の末、ジュードはカミラの傍へと足先を向けた。



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