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神杖レーヴァテイン


『――もし、今の時代にアレが出てきたらどうなっちまうんだ?』

『想像もしたくないことだが、既にマスター様たちの元にあの方がいらっしゃる。死霊文字とて浄化できるはずだ』

『なるほど、それはよかった。神器も聖剣も顕現してない今、アレを俺たちがどうにかするには骨が折れるからな』

『ですから、サラマンダー。マスター様たちのことは頼みましたよ。わたくしたちがこの神殿を離れられない今、この場で自由に動けるのはあなただけなのですから』



 穏やかに微笑む命の大精霊フレイヤの言葉に、サラマンダーはしっかりと頷き返した。

 四千年前に起きた魔族と人との全面戦争――魔大戦を知る精霊たちにとって、死霊文字とそれがもたらす災厄は決して忘れることのできない記憶である。


 生き物の血肉を贄として力を増幅させる死霊文字は、贄となった者の怨念を原動力に未来永劫動き続ける。それこそ、破壊されるその時まで。ドス黒い靄を噴出させ、辺りに魔族を生み出しながら。それはまさに、世界を破滅へと導くおぞましきものだった。


 死霊文字を刻んだ様々な道具はかつて世界を覆い尽くさんばかりに増え続けたものだが、聖剣や神器、そして姫巫女(ひめみこ)の力によって全て浄化、破壊され、脅威を祓うことができた。


 フラムベルクとフレイヤは言っていた、あの方が――()()()がいらっしゃるから大丈夫だと。




 地面に刀を突き立てて身を支えながら、サラマンダーはデーモンと交戦するジュードを見据える。加勢しようにも全身が重すぎてまったく自由にならない。こうしている間にも宙に浮遊する剣は次の繭を生み出し、更に周囲にはまたグレムリンの群れが現れた。


 ライオットと交信(アクセス)している今のジュードならグレムリンなど怖くはないだろうが、他の面々は違う。中には非戦闘員もいるのだ、どうにかして彼らを守らなければ。サラマンダーは再びカミラの方へと目を向けた。



「おい、目の前の状況がわからねえのか! あの剣をぶっ壊さない限り無限に……!」

「だめッ、……無理よ、わたしには……」

「――っ! お前、巫女だろうが! こんな時にんなこと言っててどうするんだ!」



 サラマンダーのその怒号は、当然その場に居合わせる全員の耳に届いた。

 闇の領域(ダークネスフィールド)に拘束される者たちの目が、仲間たちの視線が一斉に自分に集まる様子にカミラはびくりと肩を跳ねさせる。「巫女」と言われて、わからないはずがない。彼女の傍にいたメンフィスは、こちらも大剣を支えに辛うじて身を起こしながらカミラを見遣った。



「巫女……!? まさか……」

「カミラ様が、姫巫女……!?」



 その声にカミラは改めて数歩後退すると、そのまま踵を返して来た道を駆けて行ってしまった。その生まれ故にか、彼女も闇の領域(ダークネスフィールド)の影響は受けていないようだ。けれど、サラマンダーはその様子に舌を打つと忌々しそうに浮遊する剣を睨み据える。



「カ、カミラさんが、姫巫女って……! ライオット、本当なのか!?」

『サラマンダーのやつ、最悪のタイミングでバラしたにね……そうだに、だけど今は考えるのはあとだに!』



 カミラが走り去った方に思わず視線を投げたジュードだったが、頭上から振り下ろされる拳を見れば頭で考えるよりも先に身体が動く。強く地面を蹴って後方に跳ぶと、素早く周囲に目を向けた。


 動ける者は誰もいない、グレムリンたちは今まさに仲間たちに襲いかかろうと飛び出した。しかし、ジュードがぐ、と剣を固く握り込むと再び彼の身からは白の輝きが広がる。それはグレムリンの身を的確に打ち、灰色の身に重い火傷のような痕を刻んだ。グレムリンたちの口からは苦しげなうめき声が洩れ、地面の上をのたうち回る。


 だが、いくら光の力と言えどグレーターデーモンにはそこまでの効果はないようで、火に油を注ぐだけだった。



「小賢しい真似を! 忌々しいその光もろとも消してくれるわ!」

「くそッ、こんなのいくらなんでも……!」



 ただでさえ初めて戦うような魔族が相手なのに、次々にあふれてくるグレムリンから仲間を守りながらでは思うように戦えたものではなかった。


 マナはウィルやルルーナと共に地面に座り込んでしまいながらも、その目はずっとデーモンを追い続ける。目の前でジュードが恐ろしい魔族と戦っているのに、何もできないというのが歯痒くてどうしようもなかった。何かしたい、役に立てなくてもいいから、せめて敵の注意を惹くだけでもできれば――そうは思うものの、彼女の想いに反して身体はまったく動いてくれない。



「ぐわははは! 無駄だ無駄だ! 人間のガキが、我々魔族に敵うと思うなぁッ!!」

「――くッ!」

「トドメだぁ!!」



 デーモンの殴りつける一撃を剣で防いだジュードだったが、そのあまりの威力に腕の骨が悲鳴を上げるようだった。砕けてしまったのではと思うほどの激痛が走り、顔が勝手に歪む。軽くバランスを崩した隙を見逃さず、デーモンは逆手の五指を開き、その手を突き出してきた。腹を抉ってやろうというのだ。


 しかし、その攻撃が身に触れる直前――不意にジュードの胸の辺りで何かが力強い光を放ち、辺りを照らした。それはまるで意思を持っているかのように衣服の中から飛び出し、デーモンの周囲をグルグルと旋回した後、歯噛みするマナたちの元へと勢いよく飛翔する。



「な、なんだアレは!? おのれ、ふざけおって!!」

「あれは……神器!?」



 すぐ傍まで飛んできたそれは、真っ赤な力強い輝きを放っていた。目の前で煌々と輝くそれに誘われるようにマナが片手を差し伸べると、その輝きは瞬く間に細長い何かへと変貌していく。程なくして、それは先端部分に鳥の飾りがついた大層美しい杖の姿になった。それと共にマナの身を拘束していた黒い靄が弾け飛ぶように飛散していく。



「な、なに、これ……」

「それが……火の神器、神杖レーヴァテインだ! 何でもいい、使え!」

「じ、神器!? だってこれ……あ、あたしでいいの!?」



 サラマンダーの声に、マナは彼と杖とを何度も交互に見遣る。


 神器は、自ら使い手を選ぶ――そう聞いたのはつい最近のことだ、忘れるはずがない。その使い手が自分でいいのかとマナはパニックを起こしかけたが、忌まわしい輝きを消そうというのか、こちらに猛然と駆けてくるグレーターデーモンを見れば早々に思考が切り替わる。


 傍にはウィルとルルーナがいる、彼らは未だ動けないのだ。それなら、自分がどうにかするしかない。



「もう! どうなっても知らないわよ!」



 マナが杖を固く握り締めると、先端の鳥の装飾が――鳳凰が更に力強く光り輝く。その輝きは再び飛翔しデーモンの身を取り囲むように展開すると、四方八方から巨大な炎の弾丸を叩き放った。



「な、なんだとぉ!? こ、こんなもの――!」



 神器は、伝承に残る聖剣と同じく魔族に対抗するために神が造り出したもの。当然、その武器には魔族が毛嫌いする光の魔力が込められている。次々に休みなく叩きつける紅蓮の炎は光の力でデーモンの身に確かな傷を与え、業火でその身を内部から焼き尽くす。


 時間にしてわずか数十秒――業火による容赦のない攻撃は、身の丈三メートル前後はあったはずのグレーターデーモンの身を跡形もなく焼き尽くしてしまった。


 まるで、最初から何もいなかったかのように。



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