火と命、ふたりの大精霊
翌日、ライオットの案内で火の神殿に足を踏み入れたジュードたちだったが、昨夜の話通り神殿内部は静まり返っていて、魔物の気配ひとつ感じられない。
神殿の出入口には石で造られた大きな両扉がどっしりと鎮座していて、とてもではないが人の手で開けられるようなものではなかった。両扉の中央部分に填め込まれていた真紅の宝玉がジュードやライオットの存在を感知するなり、ゴゴゴ……という如何にも重厚そうな物音を立ててゆっくりと開かれた。恐らく、精霊族の血を持つ者、もしくは精霊をあの宝玉が見分けているのだろう。
扉の先は広々とした空間が広がっていて、迷うような心配はなさそうだ。全体的に明るい雰囲気が漂う石造りの神殿だった。辺りには太く大きな柱が並び、その中央部分には大きな鳥が彫り込まれている。普段は人が訪れることはないだろうに、柱の側面や壁には絶えず炎が灯りとして揺らめいていた。
「ここが、火の神殿……?」
「そうだに、すぐそこが最深部だによ」
メンフィスと共に先頭を歩くジュードは、物珍しそうに辺りを見回した。そんな彼の肩にはライオットが腹這いの形で伏せている。
広い空間は左右に道が分かれているが、ライオットはそちらを示すことなく、まっすぐ突き当たりに見える道を指す。扉も何も設けられていないその先は、確かにそれほど奥に続いてはいないようだった。ジュードはメンフィスと一度だけ顔を見合わせると、幾分か緊張した面持ちで最深部へと足先を向かわせる。カミラは後続部隊と共に固唾を呑んで、ゆっくりとその後に続いた。
広々とした石造りの空間には、大勢の靴音だけが響き渡る。この先に何が待ち構えているのか、誰もが皆、緊張していた。その張り詰めた糸のような緊張を解きほぐしたのは――
「まあまあ、遠いところをよくぞいらっしゃいました、お疲れになりましたでしょう?」
神殿の最深部にいた、一人の女性だった。
緩くウェーブのかかった長い金髪は臀部の下辺りまで伸び、肌は透き通るほどに白い。片側の肩部分が大きく空いたワンショルダー型の白いドレスを身に纏う様は、まさに女神か何かのようだった。最深部に足を踏み入れたジュードたちを振り返り、にっこりと微笑む姿からは敵意など微塵も感じられない。それを見て、メンフィスとジュードの後ろに控えていた騎士団は軽く身を乗り出した。
「お、おいっ、だ、誰なんだこのとんでもない美女は!?」
「お、お構いなくっ、ボクたち全然元気ですからっ!」
「人間は本当に欲望に正直だにね……」
次々に向けられる声にライオットはジュードの肩の上でため息をひとつ。ちらりと振り返ってみると、騎士団の男たちは後続部隊を含めてすっかり元気を取り戻したようだった。その顔は輝いていて、顔を赤らめている者もいる。続いてジュードを見てみると、彼もほんのりと頬を朱に染めて俯いていたが、こちらは美女を前にしてというよりは彼女のざっくりと空いた肩部分が原因だろう。目のやり場に困っているのだ。けれど、カミラは刺すような視線を彼の背中に向けていた。
「うふふ、随分と賑やかな方々ですね。フラムベルク、お客様ですよ」
騎士団の騒ぎを後目に件の彼女が宙に向けて声をかけると、刹那――何もない空間に紅蓮の炎が渦を巻くように集束した。迸る炎が瞬く間に人の姿を形成すると、程なくして宙にもう一人女性が現れ、ふわりとその場に降り立つ。褐色の肌と鮮やかな赤の髪を持つ女性だった。
「おお……! これは面妖な……」
「驚かせてしまい、申し訳ございません。お初にお目にかかります、私は火の大精霊フラムベルク。こちらは命を司る大精霊フレイヤです、以後お見知りおきを」
「大精霊って、もしかしてイスキアさんやシヴァさんと同じ……?」
「あなたがマスター様ですね。そうです、イスキアとシヴァは……みなさまの言葉で言うところの同僚のようなものですね」
褐色肌の女性が火の大精霊フラムベルク、金髪のおっとりとした方が命の大精霊フレイヤと言うようだ。美しい人間の女性のようにしか見えないが、彼女たちも立派な精霊なのだろう。ライオットはジュードの肩からぴょんと飛び降りると、短い手を軽く挙げてみせた。
「久しぶりだに! 神器を取りにきたによ!」
「ああ、承知している。これはマスター様にお渡ししましょう」
フラムベルクはライオットの姿を確認してから、宙に指先を滑らせる。すると次の瞬間、ジュードの目の前に強い赤の閃光が集束したかと思いきや、ひとつの小ぶりな鳥のガラス細工が出現した。羽ばたく鳥を模したそれはひどく美しいが、片手の平に収まるほどのサイズしかない。それに、ただの置物のようでとてもではないが武器には見えなかった。
「こ、これが神器?」
「はい。その力を振るうに相応しい者がいれば、その身を自ずと武器に変えることでしょう」
「ああ、誰にでも使えるわけじゃないってそういう……」
このままではただの綺麗な置物だ。言われなければ、これが神器などと誰も思わないだろう。この神器に選ばれるほどの者が現れた時、初めて武器の姿となるようだ。メンフィスはジュードの手の上に収まった神器らしき鳥の置物を見て、複雑そうに眉根を寄せた。
「(短期間であれほどの成長を見せたジュードならばもしやと思ったが、それでも……適合者として選ばれぬのか。神器に選ばれる基準や条件とはいったい……)」
神器などという大層なものに選ばれてしまえば、魔族との戦いからはきっと離れられなくなる。それを思えば選ばれない方がいいのだろうが、彼ならばもしかしたら、と期待していた部分も決してないとは言えない。言葉にはならなかったが、メンフィスはもどかしそうに歯噛みした。




