8:悪を根絶する公爵令嬢
公爵令嬢エリアーデと身体を入れ替えたエリコだったが、実はエリアーデは公爵令嬢じゃなかったでござるの巻を乗り越え、彼女は街の総合組合――ギルドの前に仁王立ちしていた。
「ここから貴族としての第一歩を踏み出すわ! これは人類にとっては小さな一歩かもしれないけど、私にとっては大きな一歩よ!」
『わけわからんこと言ってないで、とっとと入ろうぜ』
モッフィーに促され、エリアーデとモッフィーはギルド内に足を踏み入れた。日本で持ってたら速攻で銃刀法違反で捕まりそうな剣や槍を持った輩がいたりするが、軽食をかじりながら雑談したり、カードゲームのようなものをやって時間を潰している者もいたりで、意外と穏やかな雰囲気だ。
「案外普通ね。もっと冒険者たちが殴ったり蹴ったりしあってるかと思ったのに」
エリアーデは正直な感想を述べた。ここは冒険者達も寄るには寄るが、どちらかというと街役場のような場所らしい。荒くれがたむろしている冒険者専門のギルドはまた別の場所にある。
「どうされました?」
突っ立っていると、席に座っていた女性の一人が話しかけてきた。どうやら役人の一人らしく、カウンター越しの向こうの人と同じ、統一感のある制服を着ている。
「私たち、困っている人を助けるために依頼を受けに来たの」
「それは助かります。ボランティアは少ないですが報酬金も出ますから。今募集中なのは、街のゴミ掃除と害獣駆除と……」
「ちょっと待って! そういうのじゃないのよ! 私たちは人間のゴミ掃除専門だから」
「え、ええと……つまり討伐依頼を探していると?」
「そうそう。でも、ドラゴンとかそういうヤバすぎる奴じゃなくて、人を困らせる盗賊とかそれくらいの奴がいいの」
エリアーデが細かい注文を付けると、役員の女性は困ったように苦笑する。
「申し訳ありませんが、そういう依頼は冒険者の方が受ける事が多いので。ここにもあるにはありますが、冒険者ギルドの方が支度金や仲間集めもしやすいし、おすすめですよ」
「下手に冒険者として有名になっちゃったら、そっちの方向に引きずられるじゃない。あくまで世のため人のために働く程度でいいのよ。餅は餅屋って言うでしょ」
「はぁ……」
モチってなんやねんと思いつつ、結局、役員はギルドに来ている盗賊被害の詳細が書かれた用紙をエリアーデに見せた。
「たった3件!? 本当にこれだけしかないの?」
「ここ最近、盗賊……特に山賊たちの被害が極端に少ないんです。その代わり、冒険者ギルドの方で別の厄介事があるんですけど」
「厄介事?」
「はい。なんでも人語を喋る金色の巨大な怪物が現れたらしく、手には人を串刺しにする巨大な槍を持っていて、人間を襲うそうです。今の所、被害は険しい山に住む山賊や盗賊たちのみらしいんですけど、近々討伐隊を組んで謎の魔獣狩りを行うとか」
「なんて恐ろしい……そんな化け物と戦うなんて絶対ごめんだわ。気を付けないと」
『……? どっかで聞いたような話だな』
モッフィーはそう思ったが、特徴がごちゃまぜになっているので、世の中には似たような奴がいるんだなぁという事で済ませたようだ。
「山賊も命が惜しいのか数を減らしてるんです。だから謎の魔獣対策として、冒険者ギルドの方で腕の立つ人を今集めているんです。あなたが来る直前に、すごい魔力を持った方が冒険者ギルドに登録されたんですよ。とても珍しい黒髪に焦げ茶色の瞳の方で、名前は……」
「あー、そういうのはパスで。何度も言うけど冒険者なんて存在になる気は無いの。私って主人公体質だから、七つの竜の玉を集めたり、ひとつなぎの秘宝を求めて海賊狩りまでするフラグが立っちゃうかもしれないでしょ」
役員としては、未知の怪物討伐のために冒険者ギルドの方に回って欲しいと遠まわしに伝えたかったようだ。エリアーデはまったく気に留めず、3件の山賊討伐依頼をそのまま引き受けた。
「急ぐわよモッフィー! ライバル業者の謎の怪物に山賊が絶滅させられる前に、私たちが山賊を狩り尽くさなきゃ!」
『お前、正義なのか邪悪なのかよく分かんないよな』
山賊が根絶されるに越した事は無いが、思いっきり金品目的という微妙なラインだ。とにかく、もはや一刻の猶予も無い。山賊が魔獣に襲われる前に自分達が襲い、少しでも金を巻き上げねば。
エリアーデはこれまでに溜めこんでいた貯金を多少切り崩し、保存食や薬草など、一応の山籠りセットを一通り揃えた。荷物持ちは当然全部モッフィーだが。
こうして、本来なら忌避すべき山賊を求め、エリアーデとモッフィーは険しい山へと再び突っ込んでいく。大まかな目撃情報はギルドから得ているし、モッフィーの鼻と耳を持ってすれば発見はたやすかった。
小規模の2件を瞬く間に叩きつぶし、残るはあと1件のみだ。
「都市に近いくせにしょぼくれてるわね……最後で大物を釣り上げられるといいんだけど」
『お前、山賊狩りのほうが貴族より合ってると思うぞ』
最初の方はモッフィーでビビらせて道具を強奪したり、場合によってはモッフィーが蹴散らしたりしていたが、何十件も繰り返すうちにエリアーデは盗賊達の行動パターンをなんとなく読めるようになってきていた。思考回路が盗賊めいてきている。
その裏を突き、エリアーデも息を殺して物陰から奇襲を仕掛け、山賊達の出鼻をくじくくらいは出来るようになっていた、そこにモッフィーをけしかけると、さらに容易に狩る事が出来る。
もちろん戦闘能力は低いが、愛らしい外見に油断した奴に手痛い一撃を喰らわせる奇襲戦法だ。
「ここが最後の一件ね。オッ、いいわね。今回のは洞窟を根城にしてるわ。こういう拠点を持ってる奴は、貴重な財宝を溜めこんでいる事が多いのよね」
ラストオブ山賊は、これまでの廃屋を利用した拠点などとは違い、ある程度統制が取れているようだった。入口には見張り番らしき強面の男が、けだるげに立っている。
「先手必勝! 行くわよモッフィー!」
『ったく、慣れたくもねえのに慣れちまったよ』
いつの間にか、エリアーデとモッフィーの連携の練度が上がってきていた。エリアーデが飛び出すタイミングと、モッフィーが実際に飛びかかるタイミングが重要だ。
早すぎると宝を持ったまま逃げてしまうし、遅すぎるとエリアーデが襲われてしまう。そのタイミングの見極めが重要だ。
エリアーデは木の棒を両手で持ち、猛獣が獲物にぎりぎりまで近付くように息を潜め、相手が別の方向を向いた一瞬の隙を突いて襲い掛かる!
「キエエエエエエエエエエエ!」
エリアーデは奇妙なおたけびを上げながら、全力で木の棒を槍のように構えて突撃していく。完全に意表を突かれた門番役の盗賊は、転げまわるようにしてエリアーデの槍を回避する。
エリアーデも勢いのまま突っ込んだので、そのまま転んで地面に倒れる。
「な、なんだてめぇは!?」
「正義の公爵令嬢希望者よ! 悪党ども! 今日が貴様らの命日よ!」
「このイカレ女! 舐めやがって!」
一瞬、勢いに虚を突かれたが、エリアーデの槍捌きは素人丸出しだ。見張りの山賊は腰にぶら下げていた剣を引き抜き、エリアーデに切りかかろうとする。
だが、それがエリアーデの狙いだった。エリアーデの役割は敵の始末ではなくあくまで囮だ。
『ウオォォォォン!』
「げぇっ!? 魔狼!? まさかお前ら……『公爵令嬢!?』」
「素晴らしいわ! 私を公爵令嬢扱いするなんて。ご褒美に痛みを感じないうちに一瞬で気絶させてあげる!」
エリアーデのオーダー通り、モッフィーは前足で強烈なパンチをぶちかます。悲鳴すら上げることなく、見張り番は気を失って地面にぶっ倒れた。
「蹴散らした山賊達に、私が公爵令嬢だと宣伝しろと言って回った甲斐があったわ。徐々に効果が表れているようね」
『いや、なんか反応違くね?』
公爵令嬢と出会ったはずなのに、ぶちのめした見張り番は恐怖に目を見開いていた。モッフィーはその辺がいまいち理解出来なかったが。人間とはそういうものなのだろうか。
さて、見張り番をぶちのめした後、何事かと思ったのか奥から残りの盗賊達が出てきて、その光景に仰天した。これもエリアーデの策だった。あえて大声を出して暴れまわる事で、巣の中にいる連中共を引きずり出すのだ。
こうなってしまえば魔狼モッフィーの独壇場であり、哀れな山賊達の最後の生き残りは見事崩壊した。いちおう犯罪者連中なので縛って街に連れて行けば報酬金が上乗せされる。
「でも、そういう公的な報酬より、こいつらの溜めこんでる手数料のほうが儲かるのよね」
うふふ、と笑みを浮かべながら、ルンルン気分でエリアーデは洞窟の奥に入り込んでいく。念のためモッフィーも付いてきているが、洞窟の中は狭いので獣人形態になっている。
「……何にもないわね。こんな仰々しいアジトを持ってるのに」
洞窟は意外と細長く、奥に進んでも一向に金銀財宝の気配が無い。がっかりして引き返そうとしたところで、モッフィーがピンと耳を立てた。
『まだ何かいるぜ。一番奥だ』
「まだ残党がいたのね。仕方ないわ。そいつもひっとらえて懸賞金を貰うわよ」
『いや、なんか違うみたいだが……』
3件も潰したのに大して手数料が手に入らなかったエリアーデは、不満げに最奥部へ足を踏み入れた。奥はぽっかりとした空間になっていて、意外と広い。そして、その奥には、まだ年若い……おそらく十代半ばであろう女性が鎖に繋がれていた。
「ど、どなたです? 山賊では無さそうですが」
「今さっき山賊を蹴散らしてきたところよ。通りすがりの麗しのご令嬢よ」
「あ、ああ……! ありがとうございます! 助けに来て下さったんですね! もう駄目かと思っていました!」
「そ、そうよ! 私は困っている人間を見捨てたりしないから!」
本当は山賊の残党を捕まえに来ましたとはさすがに言えず、エリアーデは囚われの少女を安心させるように優しく抱きしめた。それはそれとして、金目のものが無かった事に内心で舌打ちした。




