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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第六十四話「有言実行」

第六十四話「有言実行」


「全く、どうしていつも父上は……」

「お疲れ様でした、リュードさん」


 額に汗の光るリュードさんと宮内府を辞した頃には、日が傾きかけていた。


 一応、真面目なお話も少しだけ行われ、リューダイス陛下とメイアレーテ様には無事、リュードさんの嫁とお認めいただいている。


 口に出しては何も言われなかったけど、流石に私の身上ぐらいは調べられているはずだ。


 最初に気になったのは家の格の差で、皇帝家と男爵家では、明らかに差がありすぎると、私でさえ思う。


 でも、その点も含めて、皇弟の嫁として不都合があったなら最初の時点でさりげなく排除されているとも思うので、今更気にしても仕方がないかな。


 一応我が家は十数代続く領地持ちの男爵家で、身元そのものはかなり確かな部類に入る。


 私個人にしても、竜を狩りに行くのは危険ではあっても帝国に仇なす悪事じゃないし、クレメリナ様へのサポートだって、皇帝陛下の黙認を得ていた。……というか、定期報告もきちんと提出しているし、あれだけ派手に動いていてご存じないはずがなかった。


 だからここは、私の身上に問題はないと胸を張りたい。


 お二方は帝都からの帰り際、うちの両親にも会っていかれるとのことで、もうその予定も立ててあるそうだ。


「騎士ゴトラールが、父上に振り回されなきゃいいんだけど……」

「あはは……」


 お父様はずっと以前から『従士』リュードの主人として事情をご存知だったし、お母様も最近は週一で皇宮に出入りされてる。


 まあ、大丈夫なんじゃないかなあ……?


 当面は家同士のお話になるので、私とリュードさんに出番はなかった。変に(こじ)れないことを祈りたい。


「じゃあ、僕は任務に戻るよ」

「私も執務室に戻ります。……騎士マッセンもお疲れ様でした」

「はっ! ありがとうございます!」


 キリーナ先輩と二人、やれやれと執務室に戻れば、すぐ、にやにや顔の先輩方に囲まれる。


 どうやら待ち構えていたようだけど、質問攻めの雰囲気をひしひしと感じ取ったので、私は指を一本立てて制した。




「驚いたことに、リュードさんのご両親(・・・)もいらしてたんですよ。あ、このことは、口外無用ですからね」




「……はーい、解散」

「今日もいいお天気ね!」

「さあ、お仕事お仕事!」


 あっはっは、帝家の御威光はすごいなー。


 いやまあ、いつまで通じるかは微妙だけどね。

 



 ▽▽▽




 冗談で済ませられる範囲では非常に波乱と混迷を含みながらも、比較的無難にお話が進む私とリュードさんのことは一旦横に於いて、クレメリナ様の計画も、いよいよ実働に入り始めていた。


 遊んでばかりいるわけではないのだよワトソン君、なあんてね。


 先輩任せの日常業務はともかく、こちらも順調に進んでいる。


「ただいま戻りました、レナーティア様」

「お帰りなさい、テューナ」


 市中に出ていたテューナ先輩には、宮内府を通さない消耗品を買い付けるついでに、『南風の恵み』亭との連絡をお願いしていた。


「おっかえりー」

「何か新しい報せは届いていた?」

「ラピアリートの貿易事務所から、船団が来月の頭には出発する予定、ですって。『女神の杖』商会も、積荷の用意は今のところ順調で、特に問題はなし」

「『南風の恵み』亭は?」

「こちらもそろそろね。ハルベンさんに本格的な仕入れをお願いして実働に入るようよ。それから、ザルフェンに到着したゲラルム艦長が、早速船を買ったんですって」


 一応、軍艦の購入費としては少ないながらも、ゲラルム艦長には五千アルムという大金を渡してある。


 これでしっかりと、クレメリナ様の船団を守って貰いつつ……まあ、余裕があれば好きにしていいとは伝えてあった。


 しかし、ヴェルサ先輩から茶杯を受け取ったテューナ先輩は、報告書はまた後で目を通してねと、投げ遣りな様子である。


「……但し、ボロボロの小さな商船を、値切りに値切って八百アルム(・・・・・)で」

「は!?」

「なんで……?」

「意図はあるらしいけど、ちょっとねえ……。サーフィアさんが、物凄く怒ってたわ」

「あらら」

「お金はきちんと渡していたのに……あ!」

「レナちゃん、どうしたの?」


 ああ、その狙いがすぐに分かる自分が、少し恨めしい。


 傭兵団とのつきあいが長くなると、考え方も似てくるのかもしれない。


「えっと、その船、たぶんおっきい釣り針付きの活餌(いきえ)です。なるべく海賊に襲われやすそうな船を、わざわざ選んで買ったんじゃないかなあって……」

「あー、なるほど」

「完全にその気じゃないの……」


 竜狩りで言うなら、大型魔法杖プラス私がゲラルム艦長、その部下が『黒の槍』傭兵団で、買った船は竜を寄せるのに使う()だ。


 そりゃあ、手慣れてるんだろうけど……まあ、私も似たようなことをしているので、とやかくは言えない。


 口に出したら最後、大きなブーメランが帰ってくること請け合いである。


 ただ、大丈夫だろうとは思いつつも、出来れば安心材料が欲しいかなあ。


「じゃあ、クレメリナ様にご報告してくるわね」

「はーい」




 その場では、やれやれと顔を見合わせたけれど、その半月後。




「ゲラルム艦長はザルフェン近海で襲ってきた海賊船を、返り討ちにしたそうよ」

「ふうん、流石ねえ」


 海賊を捕まえると、海賊船はもちろん、積荷も手に入る。


 おまけに乗っていた海賊達も、犯罪奴隷として売られるか、大人しく言うことを聞くようなら、更生も兼ねてそのまま雇い入れることもあった。


 結構な額の私掠税も払わなきゃいけないものの、運が良ければ海賊には賞金が掛かっている。


 大儲けは確約できないけれど、ゲラルム艦長は上手くやってくれたらしい。


「それも、立て続けに二隻」

「は!?」


 ゲラルム艦長は、積荷と一緒に海賊(・・)も売り払って余らせていた資金と合算、お金を持たせた部下を竜便でラピアリートに送り出したそうだ。


 船で回り込むなら軍艦でもひと月近くかかるけれど、竜なら丸一日ってところかなあ。

 ラピアリートで船を買って乗組員を集める方が、ずっと早い。


 流石ねと、クレメリナ様は手を叩いて喜んでらっしゃるけれど……。


 副官かつ相棒であるカイテ氏は、ゲラルム艦長のお守で忙しく、ザルフェンから動けなかった。


 でも、連れてきた部下の半分は艦長経験者だそうで、船団の護衛ぐらいは誰に任せても大丈夫らしい。


 これで約束は果たした、ってことなのかな。

 船団がきちんと守られるなら、それでいいけどね。 


「開戦前に、出来れば艦長の人数分は船を揃えたい、ですって」

「……自前で?」

「ええ、自前で」


 既にゲラルム艦長の手元には三隻の船があり、船団を護衛する軍艦もラピアリートで購入予定だ。


 一隻は確実にボロ船だし、海賊船もあんまり綺麗で上等な船のイメージはないけれど、有言実行は否定できない。


 呆れる私達に対して、うふふふとクレメリナ様が得意げな笑顔で、皆を見回された。


「自分で稼いでくるんだから、文句は言えないわよね」

「は、はあ……」


 まあね、最低限、護衛さえまともにやってくれればいいって方向で、こっちも予算組んで私掠免状まで用意してたけどさ。


 上手く行けば戦争そのものに影響できそうねと、クレメリナ様はいい笑顔である。


「一隻なら商船を襲うのがせいぜいでも、数隻で艦隊を組めば、地方の港ぐらいは押さえられるわ。ましてや、ゲラルムだもの。お父様の意図を汲んで、好き勝手(・・・・)に動くなら……うふふ」


 言うなれば、『私掠海賊ゲラルム一家』の大親分は正しくクレメリナ様なのだなあと、私達は一礼した。


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