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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第六十一話「皇帝家とレナのケーキ」

第六十一話「皇帝家とレナのケーキ」


 会合の後、女神の杖商会、あるいはそのグループ会社とも言うべき皆さんは、新たに渡されたクレメリナ様の計画書について話し合いを持つということで、私はお手紙や報告書などをお預かりして皇宮へ戻ることにした。


 これで、今日のお仕事は一旦終了したんだけど……。


「船団の方も、ゲラルム艦長……というか、副官のカイテ殿が一切を仕切って下さるんですね。最初は心配しましたけど、あの様子なら大丈夫そうでよかったです」

「帆と舵のように、二人で一組、ってことらしいね」


 ゲラルム艦長の活躍、その大半は、カイテ殿との二人三脚だったと聞かされた。


 若い頃から航海と海戦はゲラルム艦長が、その他のほとんど全てをカイテ殿が引き受けながらも名コンビとして知られ、フラゴガルダ海軍を辞める直前も、それぞれが艦長を任されていたというのに巡航艦二隻で特別に戦隊を組んでいたそうだ。


 よくもまあ、そんな無茶な配置が認められるなあと思えば、ヴァリホーラ陛下のお墨付きもさることながら、その活躍ぶりから誰も文句を言えなかったらしい。


 規則の遵守にはうるさいはずの軍務府や海軍司令部も、次に起きる戦いを見据えていて、それで戦果が上がるならと、むしろ好き勝手させていたという。


 ところが、この厚遇を蹴って『今の海軍はつまらん』と辞めてしまう人もいるわけだ。


 まあ、そういうこともあるだろう、ということにしておきたい。


「ともかく、これで動き出しましたね」

「ええ。……でもね」

「先輩?」

「レナのお陰で早手回しが出来たとは言うものの、商売の見通しも霞の中なら、戦の始まる時期も不確定。気が抜けないのは、ここからかな」

「……でしたね」


 シウーシャ先輩は小さくため息をついて、書類挟みをぱたんと閉じた。




 ▽▽▽




 顔合わせから数日。


「お帰りなさい、エスタナ先輩」

「ただいま。お店、割といい感じだったわよ」


 女神の杖商会はいよいよ実働に入ったけれど、その動向のほとんどは連絡待ちになっていた。


 とても早い竜を使っての移動や連絡は、緊急性と重要度合いが主な分岐点で、その他の安価な手段と使い分けるのが賢いやり方というものだ。



 お手紙だけなら、商人ギルドの郵便馬車便や、魔法使いが個人営業する鳥や魔獣の使い魔便も割と便利かな。

 それなりのお値段になるので、予定通りなら『便りがないのは良い便り』、それこそ連絡なしの方が多いかもね。


 というわけで、帝国各地に連絡を取って荷が港に集まるのに一ヶ月強を見込み、中古の軍艦と荷の運び手になる商船を探すその間を利用して、南風の恵み亭の準備が進んでいる。


「へえ、東商業区アベルル通りの一番賑やかな場所から一街区隣ですかあ」

「門構えもそこそこ立派で、馬車絡みの設備も充実してたよ。建物も旧様式からの改築かな、古びたところはあるけれど、少し手を入れるだけでいいと思うわ」


 帝都市中まで出向いていたエスタナ先輩が、やれやれと書類挟みをテューナ先輩に預けた。


 このお店は帝都に構える予定で、連絡はすぐにつくからね。


「元はルイジアの商人が帝都に構えていた別邸よ。新しい邸宅を貴族街の隅っこに買ったんで、手放したんですって」

「へえ、貴族街に家が買えるってことは……」

「爵位をお金で買って、成り上がったらしいわ」


 ふうん、何とも羽振りのいいお話で。


 貴族の(くらい)をお金で売り買いする売官制度は、こちらの世界じゃポピュラーだった。


 批判もなくはないけれど、どちらかといえばやっかみ(・・・・)の類がほとんどかな。


 努力して貯めた財貨で国庫を潤すという行為は国益と看做され、基本的に歓迎される。


 当然、その基準は厳しく、上手く審査が通っても、得られるのは数ある貴族の位の中でも一番下の一代勲爵士に限られた。


 ついでに、それ以上の努力を重ねなければ、せっかく得た地位も一代で終わる。

 ……代々が一代勲爵士(・・・・・)のお家も、なくはない。


 後は、貴族のお家に庶民が嫁いだり婿入りする場合に、一番最初のステップとして利用されることもあるかな。


「で、このお屋敷が千二百アルム。予定よりもお高い買い物になっちゃったけど、立地で差し引きなしってところね」


 改装は来週からで、ハルベンさんから紹介を受けた建築魔術師が、腕を振るう手はずになっていた。


 サーフィアさんら侍女さん達も、ハルベンさんの紹介で雇い入れた人ともども、調理や給仕の自主練習をはじめたそうで、いよいよだなあと、期待が高まる。


「そうそう、レナちゃん」

「はい、シウーシャ先輩?」

「サーフィアさんからのお願いで、クレメリナ様にお出ししたレナのケーキとお茶のレシピも欲しいの。用意しておいてね」

「……ヴェルサ先輩のお茶はともかく、あのケーキは高級店で出すようなものじゃないと思うんですけど?」


 作り方も簡単なら、材料も……あ、お砂糖は多少高価になるけど、高級品の仲間になるようなケーキじゃない。


 庶民向けの市場でも、お砂糖は普通に量り売りされている。


「そこは売り方次第よ。そうねえ……遠方の海鮮料理が並ぶ中に、帝国生まれの素朴なケーキがぽつんとあれば、気にならない?」

「はあ、まあ……」

「フラゴガルダ料理を振舞うお店に、何故かある帝国のケーキ。その何故を問えば、帝国の皇宮にてフラゴガルダの第一王女殿下を笑顔にしたと囁かれる、幻の品。しかもレシピの出所は作った本人……となれば、一度ぐらいは食べてみたくなるものよ」


 もう一軒、カフェも出店しようかなあと、シウーシャ先輩はにやりと笑みを浮かべた。


 高級店を謳ってるお店だから、確かにメニューの中じゃ浮いて見えるかもしれない。


 けれど、そう上手く行くかなあ……。


「いっそ、卵と砂糖と小麦粉とバターを一組にして、レシピつけて市場で売る方がいいんじゃないですか?」

「へえ、料理の材料を揃えてから売る、ねえ……。買い集める手間や材料不足の失敗を減らすって考えれば、割とありかな。相変わらず発想が面白いわね、レナちゃんは!」

「あ、と、その……鎧を売るお店だと、胸当て、肩当て、手甲、脚甲はばら売りだけじゃなくて、一揃いで売ってるじゃないですか」

「言われてみれば、そういうもの……でいいのかしら?」


 前世じゃスーパーマーケットで売っていた、たまねぎ、人参、じゃがいもが一つのパックに入ったカレーセットを、慌てて頭から追い出す。


 しかし、私の何気ない一言は、とんでもない事態を引き寄せることになった。


 レシピ付き食材をセットで売る話は、お茶の時間の他愛のない世間話としてシウーシャ先輩からクレメリナ様に伝わり、更には……。


「それって、わたくしにも買えるわよね?」

「え、ポーリエ様!?」


 お嫁入りの準備の合間、隙を見て逃げ出し……もとい、国を離れてお寂しいだろうクレメリナ様を慰めにいらしていたポーリエ第一皇女殿下のお耳にも入ってしまったのである。


 皇妃イルマリーゼ陛下もポーリエ殿下も、柏葉宮が対応に慣れてしまっている程度には、ちょくちょくいらっしゃるので、私も油断してたよ。


「わたくしのような素人でもそれなりに美味しく作れると聞いて、気になっていたのよね」


 と、ドライフルーツを散らしてクリームを添えたレナのケーキを楽しそうにつつく、ポーリエ殿下だった。


 リュードさんと叔父と姪の関係になるけれど同い年、お母上イルマリーゼ陛下と良く似たお顔立ちで、髪色と目元は皇帝リュークレス陛下のお血筋かな。


 ……あとたぶん、中身も皇帝陛下だと思う。


「あら、わたくしだってお料理ぐらいはするわよ。女学院の頃は奉仕活動にも参加していたもの。ふふ、そうだわクレメリナ、あなたも一緒に作ってみない?」

「わ、楽しそうです、ポーリエ様! レナ、お願い! わたくしの分も用意して頂戴!」

「えっと、では、すぐに手配を――」

「レナーティア様」

「……シウーシャ?」


 品物を準備する段取りを考え始める間も、なかった。


 すました顔で、シウーシャ先輩と茶事担当のヴェルサ先輩が一礼する。


「レナのケーキは、既に柏葉宮の小さな名物となっておりますので、ケーキ用の食材でございましたら、厨房は常に数回分を取り置いております」

「オーブンの温度を上げますのも、レナーティア様の魔法をお借りできれば、ほんの一瞬かと」


 我らが先輩と柏葉宮は、頼りになりすぎる。


 シウーシャ先輩から伝言を貰った服飾担当のエーテリア先輩が、こんなこともあろうかと予め居用意してあったエプロンを持ってくる間に――この間、約二分――厨房の準備が整っているぐらいには万全すぎて、私の方が驚いたぐらいだ。


「どうぞ、こちらをお使いください」

「ありがとう、グートルフ司厨長」


 うちのグートルフ司厨長は元光晶宮大厨房の主菜担当料理長、つまりは招待客も多い大きな式典に付き物の会食で、帝国の国力の誇示さえ担うメインディッシュを担当していたような料理人である。


 もちろんレナのケーキのレシピは伝えていたから、私と同じく、さりげなく料理初心者お二人のフォローを入れて貰う。 


 ……っていうか、既に幾度も改良されていて、先日の午前のお茶に出てきたものなど、中に入った秋の果物が色合いも見事に円を描いていた。

  

「次は混ぜる工程にて、失礼致します。……【身体強化】、【身体強化】。どうぞ、お二方」

「ありがとう、レナ」

「へえ、いい魔法ね、レナーティア」

「ありがとうございます、殿下」

「ふふ、ポーリエでいいわ。お母様やおじさま(・・・・)が褒めていたのも頷けるわね」


 ちらっと私を見たポーリエ皇女殿下が、意味ありげな笑顔を浮かべられた。


 ……その不意打ちはご勘弁くださいませ、ポーリエ皇女殿下(未来の姪っ子様)


「おじさま?」

「ええ、そうよ。今度、クレメリナにも紹介してあげるわ。とっても面白い方なの」

「はい、是非!」


 そういえばクレメリナ様は、リュードさんのこと、知らないんだよね。


 帝国に来られたのは今回の逃避行が始めてのご様子だったし、リュードさんも先日の出張旅行が初のフラゴガルダ訪問で、すれ違いってほどもないけれど、機会がなかったみたいだ。


 クレメリナ様にばれたら、たぶん、顔を真っ赤にして怒られそうだけど、ポーリエ殿下はすまし顔でいらっしゃるし、『その時』が来るまでは、黙っているほうがよさそうだった。




 ……ちなみに、そんな事があった数日後。


「さあどうぞ、召し上がれ」

「うむ」


 皇帝陛下までもが柏葉宮に行幸され、皇妃陛下にレナのケーキをご進講(指導)するという名誉を頂戴した私だった。


「お父様は一見無表情に見えるけど、相当ご機嫌がよろしいわね」

「正に理想のご夫婦、素敵ですわ……」


 名目は、クレメリナ様が健やかに過ごされているか心配した皇帝陛下が様子を見にいらっしゃった、ってことになってたけれど、単にデートの場所に使われただけなんじゃないかなあと、ポーリエ様は肩をすくめていらっしゃる。


「ふふ、貴方にお菓子を振舞うなんて、いつ以来かしら?」

「君はまだアンヘルナの女学生で、余も……いや、()も、新米騎士だったな」

「覚えていらっしゃったのね、嬉しいわ!」


 クレメリナ様とポーリエ様、それに私は、同じ客間の隅っこで、皇妃陛下が手づからお作りになられたケーキをつっつきながら、静かに雑談しているしかなかった。


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