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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第六十話「女神の杖と南風の恵み」

第六十話「女神の杖と南風の恵み」


「帝国宮内府所属、皇宮内宮柏葉宮筆頭女官レナーティアと申します。兼任で、クレメリナ殿下付きを拝命いたしております」


 ハルベンさん、サーフィアさん、ミクンシェット艦長。


 三者三様に、じっと見つめられる。


「まずは、こちらを」


 帝国商人ギルドの預金証書を示し、中身を確認しても貰う。

 本物であることをハルベンさんが確かめ、二人が頷いて終了である。


 前置きは、なしだ。


 シウーシャ先輩はクレメリナ様から御用を賜った折、ヤニーアさんを介してサーフィアさん、ミクンシェット艦長とも既に面識があったし、ハルベンさんと二人の顔合わせも済んでいる。


 私についても、ハルベンさんが既知の間柄として挨拶を交わし、シウーシャ先輩が控えていることから、新たに顔を合わせたお二人も特に口を差し挟んでこなかった。


「では、実務に入りましょうか。シウーシャ、頼みます」

「畏まりました、レナーティア様。では、まず――」

「なあ、女官さんよ」

「はい?」


 案の定なのか、そうでないのか。


 ミクンシェット艦長が、面倒くさそうに口を開いた。


「艦長、失礼ですよ! こちらのレナーティア様は内宮の筆頭女官殿、ご機嫌一つで、クレメリナ様の暮らしぶりが変わるかもしれませんのに!!」

「なに、今更だ」

「艦長!!」

「……」


 激昂するサーフィアさんを他所に、ミクンシェット艦長は先ほどと変わらない表情である。

 但し、目だけは私の方をじっと見据えたままで、油断ならないなあという気分を引き出された。


 まあね、国王陛下に向かって『今の海軍はつまらん』って直接言っちゃうような人だし、そういうこともあるかなあとは、思ってた。


「俺は(おか)のことなんぞ分からん。難しい命令は、なしにしてくれ」

「……じゃあ、ちょっと相談しますから、しばらくお待ちください」

「おう?」


 思ったのと反応が違ったのか、ミクンシェット艦長は黙り込んだ。


 ……でもねえ、命令(・・)って言われても、そんな権限、私にはない。


 隣に控えたシウーシャ先輩へと振り向けば、やれやれ顔で私に肩をすくめている。


「……流石はレナ」

「いえいえ」

「『このぐらい』までね」

「はーい」


 シウーシャ先輩が皆に見えないよう、こっそりと指を立てた。


 頷き返して、ミクンシェット艦長に向き直る。


 前もってクレメリナ様やリュードさんから、難しい性格だから気をつけるよう、色々と聞かされていたのだ。


「お待たせしました」

「……はいよ」


 不審そうなミクンシェット艦長に、にこっと微笑んでみせる。


 笑顔は『武器』にもなるのです、なんてね。


「女神の杖商会の設立後になりますが、当初、艦長に回せる予算は五千アルムです」

「おう?」


 ミクンシェット艦長の表情が、おやっという顔に変わった。


 こういう人にはフリーハンドを与えた方が、動きがよくなるもんね。

 人となりをクレメリナ様やリュードさんに聞かされてから、皆で練った対策会議の成果である。


 ちなみにこの五千アルム、結構な大金ではあるものの、先日乗ったオーグ・ファルム号よりも小さな軍艦が、どうにか買えるぎりぎりの金額だった。


 軍艦というものは、どうしても戦働きに対する備え、たとえば普通の船よりも分厚い板材を使ったり、敵の攻撃に耐えらるよう船体に魔法処理を施したり、杖門に据えつける大型魔法杖がこれまた結構な金額になったり、交易船よりも帆が上等のものだったりと、どうしてもお高くなってしまうのだ。


 中古の小型商船なら一千アルム程度から買えることを考えれば、当初は傭兵に頼ってでも船団の充実を優先するべきか、ちょっと微妙ではあったんだけどね。

 クレメリナ様や先輩達も、先に護衛の船を用意すると決めた後でさえ、柏葉宮に届く最新情報を見ながら幾度も再検討しておられた。


「これでクレメリナ様(・・・・・・)の船団(・・・)を守っていただきたく思いますが……」

「……む?」

「船団が確実に守れるのなら、ミクンシェット艦長ご自身は自由にしていただいても構いませんよ」


 シウーシャ先輩がタイミングよく差し出した書状を、無詠唱魔法で艦長の手元に滑らせる。


 一応、万が一話が(こじ)れた時の切り札だったんだけど、まあいいや。


「おいおい、お見通しかよ……」

「ミクンシェット艦長が噂通りのお方なら、上手くお使いになられると思いますので」


 流石に驚いた様子で、それでも『私掠(しりゃく)免状』――帝国が正式に認めた帝国領海内での海賊退治、あるいは交戦国艦船(・・・・・)への襲撃や略取を認めるお墨付き――を、しっかりと懐にしまいこんだ艦長である。


 ちなみにこの免状がないと、帝国の領海内で襲ってきた海賊を返り討ちにした場合、手に入れた海賊船もそこに積まれていたお宝も、全てその領海の持ち主である国が持って行ってしまうのだ。


 ……私掠免状を持っていても、幾らかは私掠税として納めることになるけれど、全部持って行かれるよりはまだましだった。


 ずるい、ってわけじゃない。


 領海とはすなわち海の領地、皇帝陛下や国王陛下の持ち物なのである。


 この私掠免状、実は結構な無茶をして手に入れた、ってわけじゃないのが面白い。


 基本的に、帝国人か外国人かに関わらず、正規の手続きを踏めば誰でも取得できるのだ。


 なぜかと言えば、海賊が退治されて、または諦めてどこかに行ってくれれば、航路が安全安定の方向に収束し、結果的に帝国の商業活動が活発になって総合的な税収が増えるからね。


 その代わり、身元の保証とその審査については、かなり面倒くさかった。


 自国の領海内を武装船が行き来することになるわけで、どこかの海賊や敵対国の軍艦に潜り込まれては困るどころの話じゃない。


 但し、ミクンシェット艦長にと用意されたこの一枚は、結果的に特別製となってしまった。


 裏書の保証人欄には、クレメリナ様とともに、帝国貴族としての私やホーリア先輩だけでなく、たまたま……本当に偶然、話を聞いておられたイルマリーゼ皇妃陛下の御名が記されていて、審査官もさぞ慌てられたに違いない。


 ただ、ミクンシェット艦長の素行については、私達もあんまり心配していなかった。


 態度は悪いし見掛けは海賊だけど、王国海軍時代、海賊どころかカレントの軍艦にさえ一歩も引かなかったというし、他国の商船も気にせず助けていたという実績もある。


 クレメリナ様だけでなく、リュードさんも、彼なら信用してもいいと頷いていた。


「分かった、期待を裏切るわけには行かねえ。……任された」

「今、帰ろうとしました?」

「む!?」


 そのまま席を立ってしまったミクンシェット艦長に、私は大きなため息を向けた。


「せめて、初回の交易品が集まる時期とか、船団の航海予定ぐらいは聞いて行ってください」

「……すまん、副官を呼んでもいいか?」


 海のこと以外には興味がなくちょっと不器用な男、それがミクンシェット艦長だった。


 なんだろう、良く似た人を知ってる気が……ああ、『黒の槍』傭兵団のハイネンだ。

 あそこまで馬鹿じゃないとは思うけど、周りは苦労してるだろうなあ……。


 別室で待たせているという副官殿を呼ぶついでに、シウーシャ先輩がお茶を頼みに行き、少しだけ、皆で肩の力を抜く。


「艦長、あまり心配させないでください! レナーティア様が寛大なお方でなかったら、本当にクレメリナ様への支援が打ち切られたり、帝国から追い出される可能性だってあったんですから!」

「お、おう、すまん……」


 サーフィアさんはまだぷりぷりと怒っていたけれど、十代の少女に怒られて居心地悪そうにしているミクンシェット艦長は、ちょっと面白かった。




 しばらくして、やはり元フラゴガルダ王国海軍の艦長だったという副官のカイテ氏ともう一人、帝国人の若者が、シウーシャ先輩に連れられて入室してきた。


「ハルベンの息子、ハルネイクです。この度、『女神の杖』商会を任せていただくことになりました」

「レナーティアです。お名前だけは幾度もお伺いしていましたよ、ハルネイクさん!」


 人選については、私も疑問を抱かなかった。なんと言っても、キリーナ先輩のお兄さんでハルベン家の跡取り息子だからね。


 ただ、最近まで地方の商会へと修業に出ていらしたそうで、私はお会いする機会がなかった。 


 見習いの小僧さんから始めて十五年、隊商の隊長を経て支店の支配人にまでなったそうなので、基本的には全ての実務をお任せしていいだろう。


 カイテ氏にも幾らか追加の説明をして、納得して貰ったところで、ようやく今日の本題へと入る。


「さて……女神の杖商会の設立を、済ませましょう」

「はい」


 会頭にハルネイクさんを持ってきたのは、欺瞞の為でもある。


 そりゃあ、詳しく調べればすぐにクレメリナ様の事まで分かっちゃうだろうけど、帝国商人の血筋なら、目立つ前の時間稼ぎぐらいにはなると、ハルベンさんやシウーシャ先輩は頷いていた。


 ちなみに『南風の恵み』亭と名前が決まった高級レストランの方は、サーフィアさんが仕切り、女神の杖商会との直接取引は、一切しない(・・・)


 当面は間にハルベン商会が入り、無関係を装うことになっている。


「おめでとうございます」

「いよいよ、ですね!」


 開業に必要な書類が各人の間を回され、女神の杖商会と南風の恵み亭は、無事に設立を認められた。


 今はまだ、形も何もないけれど、クレメリナ様の反撃、その大事な一手が指された瞬間でもあった。


「では、預金証書はこちらの一覧の配分でお願いします」

「畏まりました。直ちに手続きを致します」


 私が出した二万アルムは、帝国商人ギルドを介して女神の杖商会が一旦全額を受け取り、投資の覚書が交わされた。


 宛がわれた予算は、ミクンシェット艦長に預ける五千アルムの他、女神の杖商会に一万二千アルム、南風の恵み亭に三千アルム、残りが柏葉宮の予備費に回される。


 ……三千アルムって、レストランの開業予算にしては大きすぎるけれど、高級路線を謳う手前、建物の内装外装や調度品に回すお金は、どうしてもお高くついてしまうのだ。


「クレメリナ様よりお預かりいたしました指示書について、何か質問はありますか?」

「シウーシャ殿」

「はい、カイテ殿?」

「貿易事務所は二ヶ所あるが、我らの母港はどちらが良いだろうか?」

「そうですね。……名目上の母港はラピアリート、活動の拠点はザルフェンが良いかと思います。船団を組織する準備はラピアリートで行いますが、しばらく時間が掛かります。勝手働き(・・・・)には、その方がお宜しいですよね?」

「了解いたした。お気遣い、ありがたく」


 勝手働き、つまりは海賊退治なり何なりして稼いでもいいよと、シウーシャ先輩は水を向けたわけだけど。


 やり取りに飽きたのか、はたまた副官カイテ氏への信頼か。


 ミクンシェット艦長は、居眠りを決め込んでいた。 


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