第五十九話「顔合わせ」
第五十九話「顔合わせ」
会式直後に名を読み上げられた数人は、奪い合いになった。
「女官候補ハウミーナの配属を望む者は挙手を。……ふむ、近衛騎士団参謀部、近衛兵団主計局、宮内府庶務部、宮内府ザルフェン支庁か。では、各々の主張を」
熱弁、というには短いけれど、指名された偉い人がその胸中を述べていく。
……ハウミーナさん、特記事項に検索魔法が使えると書いてあったからね。
曰く、退職者の穴埋めだの、昨今仕事量が増えて部署が回らないだの、私にも理解のしやすい内容だ。
縁故人事については、先に手が回されているので名簿上も別扱いになっているし、ここで話題になることはなかった。
セレンも広い意味では縁故人事で配属されてきた侍女見習いになるけれど、そこはフェリアリア王妃陛下の推薦であり、イルマリーゼ皇妃陛下が頷かれてそれでおしまいである。
書類上は私が後見人になってるけれど、ほぼ手続きに必要な名前ってだけだった。
高官方のやり取りを眺めること、一刻と半分――約三時間。
「侍女候補エフィルマ・ファル・ハイデガルクトは、皇宮内宮柏葉宮配属とする」
「ありがとうございます!」
司会進行役兼この会議の責任者、人事監のペタン様が宣言される。
心配したような丁々発止のやりとりもなく、配属希望の挙手をしたのは私一人で、エフィは無事、柏葉宮に引き抜けることになった。
会議後、ハーネリ様がくすくすと笑いながら教えて下さったところによれば、どうやら、原因はうちの先輩方のようである。
「嬉しいですけど、他の方は何故、一歩下がって下さったんでしょう? エフィはゼフィリア主席卒業の才媛、どこでも使えると思うんですが……」
「ふふふ、あれだけ根回ししてれば、皆気付くわよ」
「はい?」
方々に配属されていた諸先輩方を集める際も、特にゼフィリアの名を伏せず、止まり木の話もしていたらしい。
特別に隠すようなことでもないし、新派閥です、よろしくお願いしますと、挨拶に回っているようなもの……だったのかなあ?
「しかも派閥筆頭は、過日滞在中の客人の危機を救い、皇帝陛下や皇妃陛下からもお声が掛かるほどの女官でしょ。気を遣って当然ね」
家門や地縁よりは一歩下がるけれど、学閥もないわけじゃない。
でも、考えてみれば、どちらかと言えば学閥は、組織というよりはその潤滑剤として機能してると思う。
派閥同士で揉めそうな時に、同じ学院を出た同級生がいれば、声を掛けるとかね。
「そうそう、侍女頭候補の子が用度室にも来たわよ。引き抜き予定の子を連れて、『下働きでも何でも致しますので、しばらくお名前と仕事をお借りできませんか』って」
「え!?」
「まだ柏葉宮の改装前の話だから、丁度レナが旅立った頃かしら。離宮は閉鎖中で仕事は与えようがないけれど、せめて内宮の空気に慣れさせたいと口にしていたわ」
「は、はあ……」
「彼女、相当なやり手ね。きちんと前上役の推薦状やら人事監殿の紹介状を用意して、レナの名前を『出さずに』交渉を仕掛けてきたんだもの」
シウーシャ先輩、ほんとに何やってんですか……。
「あんまり面白かったものだから、紫雲の間のスクーニュを正式に紹介してあげたわ。もちろん、彼女へのご褒美よ。レナの為でもあるけれど」
あ。
シウーシャ先輩、ハーネリ様も上手く巻き込んでたのか……。
用度室の雑用でも、皇宮の雰囲気に慣れることは出来るだろう。でも双竜宮紫雲の間なら、貴人の歓待というそのものずばりのお仕事が待っている。
シウーシャ先輩も、そのあたりは理解してたとは思うけれど、直接の知り合いでもない双竜宮の間付き筆頭女官に、離宮の侍女が女官を飛び越えて話を通すわけにはいかなかった。
もちろん、ハーネリ様は女官推薦者として私の後見人に近い立ち位置であり、一応、私を通した顔見知りであるハーネリ様に侍女頭候補のシウーシャ先輩が挨拶をして話を持っていくのは、まだ許容範囲だ。……話が拗れた場合、私が責任を持つって前提だけどね。
そして、ハーネリ様は用度室長という宮内府の物品調達全般を管理する立場で、お仕事柄、ほぼ全ての部署に顔が利く。
スクーニュ殿にも突然のお話だったと思うけれど、持ちかけられた内容が双方の顔を潰さず益になる真面目な話なら、さほど角は立たないかな。
この場合は、クレメリナ様の現滞在先が紫雲の間、引継ぎ先が閉鎖中だった柏葉宮だったからこその離れ業でもあるけどね。
私は毛の先ほども関わっていないけれど、紫雲の間との関係は良好なままだし、結果オーライ、ってことにしておこう。
「えーっと、その、ご迷惑をお掛けしました」
「いいのよ。用度室は柏葉宮の味方だもの」
「ありがとうございます!」
いつになるか分からないけれど、ハーネリ様がお困りの際は、柏葉宮もご恩返しが出来るようになりたいと思う。
もちろん、当面はそんな余裕があるはずもないけどね。
さて、無事に侍女エフィを確保できたとは言っても、すぐに配属されてくるわけじゃない。
この後、書類が一度宮内府人事部に戻され、奉職の意思を改めて確認し、被服の支給を経て研修をこなし……正式な配属に至るのは早くても来月になる。
同期として、全員一度は顔合わせを済ませておく意味もあり、研修は一週間あまりにも及ぶらしい。
ちなみに学ぶのは、教科書的な礼儀作法や侍女の職掌について『ではない』。
現在の皇宮と帝国の状況、たとえば、ポーリエ皇女殿下のお輿入れが近いとか、東方の魔物戦役は落ち着きつつあるけれど予断を許さないとか、フラゴガルダとカレントが揉めてるので客人が接触しないよう注意すべきだとか……国の中枢に勤めるなら知っておかなきゃいけない最新情報が、これでもかと詰め込まれる。
知らないと粗相に繋がりそうな事も多いし、市井に流れる前の情報もあるよと、エスタナ先輩は肩をすくめていた。
もちろん、本格的にお仕事そのものについて学ぶのは、配属後、正式に配置が決まってからになった。
それはそれとして。
柏葉宮に戻って先輩方を捕まえてみれば、エフィの件は本決まりじゃなかったから、口に出来なかったのよと、言い訳された。
「そりゃさ、レナがいるから皇宮においでって焚きつけたのは、確かにあたしらだけどね」
「でも彼女、受ける試験を侍女にするか女官にするか、試験日の直前まで迷っていたらしいし……」
「それに、合格かどうかだって、今日の会議までは宮内府人事部と近衛の参謀部ぐらいしか知りようがないもの」
「ま、彼女が試験に落ちるなんて、ありえないでしょうけどね」
騙されたような、そうでないような……。
でも、彼女が柏葉宮に来てくれるなら、まあいいかという気分でもある。
ほんとにエフィとミューリがいなければ、私の学院生活は成り立たなかったに違いない。
ミューリも来てくれると嬉しいけれど、彼女は王族で、流石に引抜がどうのと言う立場じゃないからね……。
同級生が来ることになりましたとクレメリナ様にご報告すれば、両手を叩いて喜んでくださった。
▽▽▽
エフィの配属まではしばらくあるけれど、待つ間にこなさなきゃならないお仕事は、山ほどあった。
クレメリナ様の計画はもう、動き出してるものね。
「では行って参ります」
「ええ、お願いね、レナ、シウーシャ」
私はご本人に代わり諸事を代行するという『御用』を受けて、久々に皇宮を下がり、市街へと出た。
本日承った御用は、色々とあるけれど……まず、実家の金庫から預金証書を持ち出す。
「こっちに何か連絡が来る場合もあるから、その時はよろしくね、チェリ」
「畏まりました、お嬢様!」
証書四枚の合算で二万アルムと少し、少しの部分は個人的な支出に充てる予定だ。
鳴り物入りってほどではないものの、柏葉宮の活動費を充実させておくと、先輩方の動きが良くなるし、惜しんではいられない。
……いっそ増やしてあげようかってからかわれたけど、クレメリナ様の息がかかった商会に便乗して本気で儲けてしまいそうなのが、我が愛すべき先輩方であった。
「次は帝国ギルドの本部ね」
「はい、シウーシャ先輩」
騎士ソリーシャ達に前後を固められた宮内府の紋付馬車に行程をお任せしつつ、書類挟みを開いて今日の予定を思い出し、ため息を一つ。
いや、動く金額が大きいだけで、そんなに重苦しい内容でもないんだけどね。
「皆様、既にご到着されています」
「ありがとうございます」
次に向かったのは帝国ギルドの本部で、早速、予約していた商談室に案内して貰う。
それほど大きくない……とはいいつつも、学校の教室ぐらいの大きさはあるかな、中には三人の男女が私を待っていた。
笑顔、一礼、敬礼とばらばらだけど、これはお招きした皆さんの立場の違いでもあった。
「お久しぶりです、レナーティア様!」
「先日はありがとうございました、ハルベンさん!」
キリーナ先輩を連れて来てあげられれば、久々の親子の再会になるのは分かってた。
でも今回は『交渉』だ。
その場である程度の判断を下せるシウーシャ先輩の方が、今日は適任だった。
お手紙一つの橋渡しだけで申し訳ないけれど、またの機会として貰おう。
「わたくしはサーフィア・エレ・ゼウルスと申します。王宮にて、ヤニーア侍女長の補佐を務めておりました。……もちろん、今もそのつもりでございますが」
サーフィアさんは十代後半、私より少し年上かな、きりっとした優等生タイプの美人さんである。
やはりクレメリナ様を慕って、帝国に来たそうだ。
侍女衆のまとめ役であり、今後は頻繁にお話しすることになるだろう。
そして、最後にもう一人。
「元フラゴガルダ王国海軍海佐艦長、ミクンシェット・ファル・ゲラルムだ」
これまたいかにも海の男ですと言った感じの大男が、私を見下ろして敬礼する。
ただ……先日お世話になったオーグ・ファルム号のフラート艦長が、海軍の艦長さん以外に間違いようのない風体と態度だったとすれば。
荒く梳かれた赤髪に、赤銅色の肌。
腕には大きな傷まである。
ゲラルム艦長の見かけは、ほぼ確実に海賊のお頭だった。




