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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第五十八話「人事」

第五十八話「人事会議」


 小さな御前会議から数日。


 クレメリナ様に舞踏と礼法の進講をする教師の人選は、イルマリーゼ様からの推薦でなんとかなっていた。


 挨拶は翌週に予定されていて、柏葉宮で授業して貰えるように手配済みだ。


 魔法学の教師はもちろん、うちのお母様である。


 クレメリナ様の魔法の進講――授業の第一回目は、予定通り、近衛女子隊の練兵場を借りて行われた。


「どうぞ、殿下」

「いきます! 【待機】、【水矢】【半減】。……【解放】!」


 ぼふん。


 行使されたあらゆる魔法を魔力の霧に変換する霧散の腕輪を身につけていれば、少々魔法が暴走しようと周囲に被害を及ぼさない。


 クレメリナ様は最初こそ緊張しておられたけれど、二度、三度の詠唱でそのことを実感されたらしく、教師となったうちのお母様の指導の元、気楽なご様子で魔法を連発していらっしゃった。


 ……そのお気持ちは、よく分かる。


「良い感じです。先ほどのものよりも、霧の量が揃っておりましたわ。次は【半減】の制御語をもう一つ増やして、五回繰り返しましょうか」

「はい、フィリルメーア先生!」


 それを横目に、セレンと向かい合う。


 彼女も女子隊に混じって朝の鍛錬を始めたけれど、年の割にはなかなかの腕前だった。


 今は魔法の授業中なので、木剣ではなく私は杖を、セレンは木剣と盾に加えて、指輪型の発動体を手にしている。


「じゃあいくよ、セレン」

「はいっ! 【風盾】【半減】! 【身体強化】」

「【待機】、【多重】【四層】【選択】、【小風球】。……【解放】!」


 私が杖を振ると、風の球が次々に飛んでいった。


 セレンが木剣と盾を使い、それらを捌いていく。

 表情を見れば、まだまだ余裕がありそうだ。


 小さな風球の呪文はピンポン球をイメージして作った私のオリジナルで、当たっても大して痛くない。


 訓練の他にも、ちょっとした合図や、罠の発見にも使える。


「……!」

「うわっ!?」


 私もお父様や兄様から、怪我をしないように工夫された小さな水の球で訓練して貰ったけれど、あれはびしょ濡れになるという致命的な欠点がある。


 濡れたくないから真面目に訓練する……かどうかはともかく、怪我をしないし当たったことも分かりやすいので、水の球はどこでも重宝されていた。


 それに比べて、風の球は見えにくい。


 そのお陰で、空気や魔力の流れ(・・)を読んで、見えない『気配』を察知する稽古に丁度良かった。……というか、セレンがもうそのレベルだったのに、本気で驚いたけどね。


「一つ増やすよ!」

「はい!」


 達人になると、感じた気配で敵の位置だけでなく、飛んでくる魔法や剣筋まで分かるという。


 私も最初は、漫画かゲームみたいだなあと笑ってたけど、慣れると本当に分かってきたので驚いていた。


 魔法なのか闘気なのか、自分でもよく分からないながら、『何かがそこにある』という感覚が研ぎ澄まされてくる。


 もちろん、私だけじゃない。

 日々鍛錬して戦場(いくさば)に慣れた人なら、程度の差こそあれ使える技術の一つだった。


 私はせいぜい数メートルが限度だし、必ず反応出来るとは限らないけれど、戦闘モードの騎士の皆さんなら、かなりの距離で気配を察知出来る。

 

「わ、わわっ!?」

「いいよ、その調子!」

「はいっ!」


 せいぜい私は、何か来た気がするって感じる程度だ。でも、うちのお父様や兄様クラスになると、背中に目がついてるのと変わりない。


 そしてセレンも、それに近いレベルで真後ろから来る風の球に反応していた。

 この調子で経験を積めば、一流の傭兵になるんじゃないかな。


 私はどちらかと言えば魔法の行使に偏っているけれど、彼女は魔法剣士の方が向いてるかもね。


「はい、一旦休憩。いい感じだよ、セレン。……正直に言えば、さっきのは私も避けられないぐらいだし」

「ありがとうございます!」


 見ればクレメリナ様も休憩らしく、手招きされる。


 セレンと同じく、僅かに汗を掻いておられたけれど、軽く笑顔を浮かべていらっしゃった。


「お疲れさまです、クレメリナ様。いかがでしたか、授業は?」

「この半刻で、基礎の基礎を飛ばしていたことが、わたくしにもよく分かったわ。それが、どれだけ大事なことかも」

「これまでの授業のお話をお伺いした限りですが……お国許の先生は、クレメリナ様の強い魔力とその行使から、習熟の度合いを誤解されていたのかもしれませんわね。幾度か交代されていたようですし……」


 クレメリナ様はふうとため息をつかれているけれど、結構な魔力をお持ちなので、魔力不足による疲労は心配していない。


 けれど、これまで苦手にされていた魔法の鍛錬、その最初の授業である。

 気疲れは、仕方がないだろう。


 でも、達成感とその疲れなら心地よくもあるわけで、僭越ながら、私は『ご褒美』を用意していた。


「それにしても、魔法に剣に料理に……レナは本当に引き出しが多いわね」

「どっちつかずなところもありますけど、便利は便利かと自賛しております」


 進講の終了後、お風呂上がりにベリーミルクと甘さ控えめにしたレナのケーキを振る舞い、お褒めのお言葉を頂戴した私だった。




 ▽▽▽




 それら、柏葉宮での行事は無難にやり過ごしていたけれど、時には上からお呼びがかかることもある。


「書類は大事だからね、キリーナと一緒に、よく確認するのよ」

「そうよ。テューナじゃないけど、こういう場合は特にね」

「はい。……って、何かあるんですか?」

「さあねえ」

「どちらにしても、うちに取り込めそうな子は逃しちゃ駄目よ」


 先輩方から妙な注意を受けつつ、宮内府の会議に向かう。


 今日の議題は人事で、今年の試験で受かった女官や侍女を、各部署で『奪い合う』日だった。


 縁故人事で手を出せない人はともかく、成績優秀者はもちろん、特技の持ち主などは本当に奪い合いになるらしい。


 指名が被った場合、生きてくるのは宮廷内での力や血筋で、私にはほぼ縁がない政治権力が働いて決まる。


 男爵令嬢でしかない私の代わりに、伯爵令嬢であるホーリア先輩に出て貰った方が幾らかましな気もするけれど、地方の伯爵家程度じゃあんまり変わらないと背を押されていた。


「緊張しますね……」

「あら。ある意味、気楽なんじゃなくて?」

「先輩?」

「だって、柏葉宮は立ち上げたばかり、人の不足はないでしょう? いい人が見つかって呼びたいと思うことはあるかもしれないけれど、運用に支障があるわけじゃないもの」

「あー、なるほど……」


 キリーナ先輩の言うように、人材という意味では今も万全な柏葉宮だった。




 宮内府の担当侍女から案内された会議室は、半分ぐらい埋まっていた。


 指定された時間にはまだ早いけれど、人事監のペタン様や離宮監のザイタール様、それに近衛騎士団のケーメリス団長らもお見えになっている。


 近衛騎士団も、全てが騎士だけで運営されているわけじゃない。寮の下働きや事務仕事には侍女侍従が不可欠だった。


 基本は皇宮内部でのお仕事になるから、特に身元の確認は重視される。女官や侍女の試験にはそれらも含まれているし、人事も管理も宮内府が握っていた。


「レナ、こっちにいらっしゃい」

「ハーネリ様」


 段々になった室内の中段、キリーナ先輩を連れた私と同じく、専属侍女のヘリオラさんを従えたハーネリ様が、私を手招きしてくれた。


「失礼いたします、こちらが資料になります」


 軽く会釈して着席すると、係の侍女から人事の資料が渡される。


 今回の合格者について、名前と出身、特技のみが記されているけれど、出席者は宮内府の偉いさんや離宮の責任者ら約五十組、これだけの数を書写するのは魔法があっても大変そうだ。


 名簿に印がついているのは、既に配属先の決まっている候補者だった。


 全体の三割ぐらいかな、結構な数だ。


 雑談を交わす雰囲気でもないようで、紙のすれる音だけが響く中、私も資料をぱらぱらとめくり――。


「あ!」

「レナ?」

「……っと、失礼いたしました、大丈夫です」


 資料の中に知った名前を発見し、キリーナ先輩と目を見交わして頷き合う。


 何がどうあっても、彼女(・・)は柏葉宮に呼ばねばならない。




 ……というか先輩方、知ってましたよね?




 ▽▽▽




 皇宮侍女候補エフィルマ・ファル・ハイデガルクト。


 魔人族、三十二歳。

 帝国中部ハイデクレスラーテ侯爵領ハイデガルクト家出身。

 帝立ゼフィリア女学院卒業。


 特技、礼法・計数・魔法。




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