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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第五十七話「計画変更」

第五十七話「計画変更」


 クレメリナ様の王位獲得計画は要再検討とされ、休憩を入れることになった。

 ヴェルサ先輩がお茶を淹れかえる間、私に質問が集中する。


「レナが嘘をつく子じゃないのは知っているけれど、二万アルムって……前もって、用意していたの?」

「ファルトート家って、随分とお金持ちだったのね」

「いえ、うちは普通の田舎男爵ですよ」


 私もここは勝負所だと最大限の金額を口にしたけれど、初期投資としては先輩方にも想定外だったようである。


 目標……じゃないや、標的にした『フラゴの光』商会には、まだまだ全然届かないけどね。


 シウーシャ先輩とホーリア先輩は、なにやらメモ書きしながら密談中だった。


「お父上のご許可は取らなくてよかったのかしら?」

「『女神の杖』商会に投資するのは、私個人のお金なので、大丈夫です」

「個人!?」

「学院に通っていた頃、夏休みは毎年竜を狩ってましたから」

「……そういえば、聞いていたわね」


 竜狩りは、儲かる。


 そりゃあもう、来年も何とか理由を付けて行きたいなあと思うぐらいには、いい稼ぎになってくれた。

 何かと出て行くお金も多いけれど、毎年数千アルムは積みあがるんだから、笑いが止まらない。


 だからって、我も我もと皆が手を出すような話にならないのは、危険度が高すぎて並の傭兵団じゃ割に合わないからだ。

 竜狩りは一攫千金の代名詞でもあるけれど、私はもう、その『一線』を越えてしまっている。


 油断は、絶対にしちゃいけない。でも、不必要に恐れることもなかった。


「レナにはいつも、驚かされてばかりね」

「あはは……」


 クレメリナ様はいい笑顔で微笑まれると休憩のおしまいを宣言され、計画の修正について述べられた。


 皆姿勢を但し、クレメリナ様を注視する。


「基本は資金を各予定に割り振り、前倒しするのがいいと思うのだけれど、何か問題は思いつくかしら?」

「僭越ながら、私から一つ」

「お願いするわ、シウーシャ」

「帝国内への出店および事務所設立は、そのまま前倒しされてよいかと思います。ですがカレントとの戦が終わるまでは、船の確保について、旗艦となる一隻以外は傭船(ようせん)で済ませることを提案いたします」


 シウーシャ先輩が口にした傭船とは、(やと)い船、つまりは借りた船のことだ。


 当初の計画だと、戦争の終わりごろに、一隻でも商船が手に入っていれば上出来と、仰っていたっけ。


「それは、何故?」

「戦後、船の価格が上がるのか下がるのか、読めなかったからです。当初の計画では、船団を組織するのは余程上手くいっても戦後の予定でしたが……レナのお陰で、商会設立と同時に組めるようになりましたから」


 今は戦が近いという空気が世間に流れているので、船を買うにも借りるにも、市場は高値安定となっている。


 借りた船なら船主の手で運用されるけれど、貸船料という名の船主の取り分も結構な金額になった。


 自前の船ならもちろん、利益は総取りになる。代わりに船員の手配や修繕費、船が沈んだ時も自己責任だ。


 私達はフラゴガルダの勝ちに乗る『予定』だけど、余力も残しておく必要がある。


「フラゴガルダの勝ち負けに関わらず、船の沈み具合、あるいは互いに拿捕した数などで、その後の船舶市場は乱高下いたします。船団を組む予定は当初よりありましたので、予め商人の(つて)も当たっていたのですが、戦況までは流石に読めませんでした」

「それはそうね。お父様は必ず勝つと、皇帝陛下からもお言葉を頂戴したけれど、当日のことまでは流石に分からないわよね……」


 フラゴガルダ国王ヴァリホーラ陛下は、海戦の天才であると、我らが皇帝陛下から評されていらっしゃった。


 だからって、流石に次の戦でどちらの海軍の船が何隻沈むかなんて、神様でもないと予想できない。


 極端な例になるけれど、戦争が終わった時、仮にフラゴガルダ・カレント両国の船が一隻も沈んでいなければ、船の価格や傭船料は確実に暴落する。


 必要のなくなった船、例えば軍が借り上げていた補給用の船は、船員ともども民間に戻されるし、戦争を見越して新造船も多く作られるからね。


 逆に両者の艦隊が全滅して、船が一隻も残っていなければ、船の数が足りなくて暴騰する。


 折り返し点は、人々の予想と願望が入り混じった数字になるけれど、そう上手くピタリ賞が出るはずもなかった。


「ね、シウーシャ」

「なあに、ヴェルサ?」

「どうして旗艦だけ買っちゃうの?」

「旗艦は商船じゃなくて、護衛の軍船にしてしまうつもりだったの。帝都に来ているのはフラゴガルダ海軍の精鋭、ただの商船乗りにしておくなんて、もったいないわ」

「なるほどねえ」


 当初計画では小さな隊商から始めて商船一隻をとにかく得て、取引量を増やす予定だった。取引が大きくなれば、やがて商会も大きくなる。


 どの段階かに関わらず、基本方針は『フラゴの光』商会を食い破ることにあるわけで、主要な寄港地はフラゴガルダと帝国の都市になった。


 戦争間近な国の港に出入りするわけで、護衛なしでは恐くて船団が組めないし、一番高くつく護衛が自前に出来るなら、それに越したことはないという。


「そうね、シウーシャの案を採用します。出店は前倒しして、西のザルフェンと北のラピアリートには早期に貿易事務所を開設、船団を組む準備はゲラルムに一任するとして……帝都に出すお店は、どうしようかしら?」

「やはり、飲食店がよろしいかと。フラゴガルダ料理を出す店は他にもございますが、フラゴガルダの人々が出入りするのに、一番不自然ではない店かと存じます」

「連絡に便利なだけでなく、相手方から探りを入れられた場合、逆に気付きやすいのもよろしいですね」

「クレメリナ様の一派が集まる店なら、そうそう繋がりは誤魔化せない、というわけです」


 この帝都への出店は、欺瞞(ぎまん)と必要を同時に満たす策らしい。


 急遽用意した現在の事務所があまりにも手狭なことと同時に、頻繁な人の出入りも予想される。


 だったら人の出入りが自然な状況は? ……と、考えた場合に、一番無難な選択肢でもあった。


 ついでに、フラゴガルダ産の食材も手に入るし、料理人も王宮でクレメリナ様の専属だったメイドさんがこちらに来ている。


 ホーリエ先輩が、ちらっと私の方を見た。


「いっそ大きめの店にして、本格的な高級店に変更しては如何でしょうか? 予算の余裕もできましたし、貴族の接待に使えるようにすれば、商談だけでなく密談にも気を遣わず済みますわ」

「立派な店構えなら、出資を引き出しやすくする効果も見込めますね」


 予算的には余裕もあるし、出資者を募る場合の有効な手札にも出来る。


 ……何だか詐欺グループが組織を大きく見せる方法に似ていて、心のどこかに引っかかりを覚えるけれど、当初より悪事は一考する価値もないとされていた。


 貴族社会に於いて、『評判』というものは武器であり盾であり、あるいは財産や権力であり……ほぼあらゆる全ての事象に対して、影響力を持っている。


 当面はクレメリナ様も表には立たれないけれど、巡り巡って即位される場合の足枷になってしまうと、何の為の努力か分からなくなってしまうもんね。


 クレメリナ様は帝国の信用を失うわけにはいかないし、皇帝陛下とのお約束もある。


 その点を気にされているのか、近衛の参謀部と宮内府の官房には非公開ながら報告を出しているぐらいだ。


 でもこの報告書には、別の側面もある。

 王位獲得に影で協力する『私達』を守るという、とても重要な役割を担っていた。


「では、店舗の規模は大きめにしましょう。これはゲラルムとも相談して決めることにするわ。今日のことは指示書にまとめておくから、シウーシャ、ホーリア、後で確認をお願いね」

「はい、クレメリナ様」

「それから、レナ。ゲラルムとは一度、顔合わせをしておいて欲しいのだけど……」

「畏まりました。後で日取りを確認して、お伝えいたします」

「ええ、よろしくね」


 明後日はお母様が授業にいらっしゃる日だし、礼法と舞踏の先生も、人選は済んでいるけれど初回の授業までにご挨拶しておく必要がある。


 この柏葉宮も実働直後だし、幾度かは各責任者と話し合いも持っておきたいところだ。


 離宮の運営は、基本的には侍女頭のシウーシャ先輩と実務担当の女官ホーリア先輩、それから筆頭女官専属侍女のキリーナ先輩が大凡の指針を作ってくれるけれど、お任せってわけにも行かない。


 筆頭女官の私は離宮の『表の顔』として、お客様の要望に細かく対応して離宮に指示を与え、あるいはその前準備として挨拶回りや交渉事に赴くのがお仕事だ。


 でも、それだけで済ませられるはずもなかった。


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