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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第五十六話「小さな御前会議」

第五十六話「小さな御前会議」


 柏葉宮の正式稼働が宮内府離宮部より認められた日は、地方療養に向かわれるフェリアリア様が皇宮を去られる日になった。


 クレメリナ様を筆頭に、柏葉宮と双竜宮紫雲の間の皆で揃って内宮門へと向かい、並んでお見送りをする。

 イルマリーゼ様とのお別れは、昨日の内に済まされていた。


「クレメリナ、イルマリーゼやレナーティア殿の言葉には、重きを置きなさい。それが貴女を助けるわ」

「はい、お母様。……お母様もお気をつけて」



 フェリアリア様の療養先は、帝国東方にある銀嶺宮(ぎんれいきゅう)と決まった。

 故郷オステンだけでなく、ホーリア先輩のご実家マグステート伯爵領にもほど近く、フォローが入れやすいそうだ。


「レナーティア殿、娘のことを頼むわね」

「お任せ下さいませ、フェリアリア様」

「じゃあ、行って来るわね。……クレメリナ、貴女に海神のご加護を」


 近衛連隊から派遣された護衛が馬車の前後を固め、フェリアリア様は車上の人となられた。


 それを静かに見送ると、秋の風が小さく頬を撫でていった。


「さあレナ、引っ越しを済ませてしまいましょう!」

「はい、クレメリナ様!」


 明るく振る舞おうとするクレメリナ様の笑顔に、少しだけ寂しさを感じつつ、差し出されたその手を握る。


 小さくて、あたたかい手だった。




「スクーニュ殿、本当にお世話になりましたわ」

「もったいないお言葉でございます。柏葉宮に移られても、お元気にお過ごし下さいませ」

「ええ、ありがとう」


 お引っ越しと引継は、あっと言う間に終わってしまった。


 元々クレメリナ様の私物はほとんどない上に、紫雲の間とは連携が取れている。

 ……準備期間も長かったし、予定が予定通りに進んだだけとも言うけれど、何もないならそれに越したことはない。


 前後を騎士シェイラ率いる女子隊に挟まれ双竜宮を辞し、柏葉宮へと向かう。


「じゃあレナ、お願いできるかしら」

「はい、既に用意は調っております」


 引っ越し直後のこの日、クレメリナ様からは小さなご要望が出されていた。


 柏葉宮の業務が止まるかもしれないから、との前置き付きだったので少し緊張したけれど、主要なメンバーと『今後』についてじっくり話し合いたいという事であれば、むしろこちらからお願いしたい。


 もちろん、歓迎式や夜会もいらないし過度な歓待は不要、その力は別の機会に振るって貰いたいと、念押しされている。


 クレメリナ様にとって、借り物ながら柏葉宮は当面の『自宅』であり、出来るなら家では静かに過ごしたいと伺っていた。


 ……それ以外にも、王位獲得の為に時間を使いたいって裏事情もあるけどね。


 夜会なんて、招待されて行くのでも大騒動になる。主催する側になると、準備に取られる時間が半端なかった。


「お帰りなさいませ、クレメリナ様」

「ただいま、シウーシャ。早速だけど……」

「はい、ご案内いたします」


 今日用意されたのは、二階右翼にある大きめのお部屋、『紅葉の間』である。


 少し人数の多いお茶会にも対応出来るサロン形式の部屋で、同じ二階の左翼にあって主客室に使われる『春風の間』と対を為していた。


「全員、揃いましてございます」

「ありがとう、ホーリア」


 出席者は私とキリーナ先輩の他、先輩方の中でも主力となる数人をホーリア先輩に人選して貰っていた。


「さて……」


 クロスが掛けられた長テーブルの上座には、騎士シェイラを従えたクレメリナ様。


 長辺の上座に近い両脇に、私とホーリア先輩。

 他、キリーナ先輩ら、私が良く知る先輩方が並ぶ。


 ヤニーアさんは席を外されていたけれど、帝都内の事務所にクレメリナ様の指示を届けるという大事なお仕事を引き受けられていた。


 一礼の後にクレメリナ様から無礼講が宣言され、ヴェルサ先輩の手により茶杯が配られる。


「シウーシャ達には今更になるけれど、新たにホーリアが加わってくれたし、レナも無事に戻ってきてくれたので、今一度、確認をしておきたいと思います」


 直接は告げられなかったけれど、この会議がクレメリナ様にとってどれだけ大事な場かということは、全員がよく飲み込んでいた。


 いうなれば、小さな御前会議である。


「レナはわたくしの名代として、フラゴガルダ王の生誕祭にて四色の竜皮を献上、見事にこの戦いの口火を切ってくれました。もちろん、わたくしも負けてはいられないわ。柏葉宮も無事に再開しましたし、本格的に動きたいと思います。シウーシャ、例の件は片づいたのよね?」

「はい。既にヤニーア殿へお渡ししてありますが、先日お預かりいたしましたクレメリナ様の私物の売却益は、百二十アルムとなりました。私見ながら、小さな隊商であれば組織可能な金額です」

「ありがとう。このお金は商会設立の一番最初の元手、帝都内の事務所は数日中に看板を掛け替え、『女神の杖』商会となる予定です。ここまではよろしい?」


 皆が真剣な顔で頷く。


 百二十アルムなら、数千万円ぐらいにはなるのかな、規模の小さな商会の元手としては、十分だと思う。


「また、商会設立の直後より、出資を募りたいと思っていますが、皆さんから推薦できる出資先はあるかしら? あ、レナも出資に名乗りを上げてくれたのだけど、隠れ蓑も必要よね……」

「クレメリナ様、一つご提案させていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」

「どうぞ、シウーシャ」


 おほんと咳払いしてシウーシャ先輩が立ち上がり、皆を見回した。


 柏葉宮を立ち上げに携わっていたテューナ先輩、ヴェルサ先輩、エスタナ先輩が頷く。


「私どもも、時間を作って幾度も相談を重ねて参りました。クレメリナ様のご計画は、堅実と申し上げて宜しいかと思いますが……」

「ふふ、遠慮はいらないわ」

「ありがとうございます。結論から申し上げますと、お伺いした計画を大きく前倒しして、早期に交易船を用意することは、十分可能と見ました」

「それほど大きな出資先が見つかったの!?」

「いいえ。ですが、私どもはクレメリナ様に『乗る』と決めたのです。ご存知のように、この場の顔ぶれは皆、ゼフィリア女学院の卒業生にして、お互いをよく知っておりますが……ヴェルサ」


 驚くクレメリナ様へと得意げに一礼をしたシウーシャ先輩が、ヴェルサ先輩を指名した。


「我が家は西方にて、茶園を営んでおります。新たにフラゴガルダ王国への販路が開拓できるならば、父も喜ぶと思います」

「これで一つ、積み荷が用意できました。エスタナ先輩、どうぞ」

「実家は美術商にて、フラゴガルダ産の真珠や海絹であれば、お客様の方から声を掛けて戴けるでしょう」

「と、このように、『女神の杖』商会は既に売り先と買い先を持っているも同然なのです」

「あら。そういうことなら、わたくしの実家も是非混ぜていただきたいわね」


 くすくすと笑いながら、ホーリア先輩が挙手された。


「ホーリア先輩のところは、確か鉱山がありましたよね?」

「ええ、お安くしておくわよ」


 フラゴガルダは鉄を輸入に頼っているから、持ち込めば勝手に売れていくらしい。……戦争、近いからね。


 距離はあるけれどそこは品質で勝負よと、ホーリア先輩は微笑まれた。


「テューナ、商会の設立については、問題なかったのよね?」

「ええ、大丈夫。お父様からは、商務府の内諾が取れたと聞いたわ」


 テューナ先輩のお父様は、帝政府の文官だと聞いた覚えがあった。

 商会設立の話を持ち込んで、事務手続きの早手回しをお願いされていたそうだ。


 もっとも、申請書類にはイルマリーゼ様のご署名が入った走り書きが添えられていたので、審査は素通りだったらしい。


「それから、キリーナの実家『ハルベン』商会には、帝国商人との間に入って貰おうかと思っていたのだけれど……」

「はい、商いのお手伝いならば、お役に立てると思います」


 ハルベンさんなら、喜んで計画に加わってくれそうだ。


 クレメリナ様の計画は比較的堅実で、無理がない。


 特に初期は、収益よりも情報収集に重きが置かれていて、一足飛びに無茶な商いをするようなことは自ら戒められていた。


 シウーシャ先輩が提案したスタートダッシュは、それに乗る形となっているけれど、強引な手だてや冒険的な投機を提案したわけじゃない。


 最初から『女神の杖』商会に好意的な商売相手を用意して、結んだだけである。


「これにて、大凡の札は出揃いましたが……レナちゃん」

「はい、シウーシャ先輩?」

「幾らぐらい出資してくれるのかな? 実はちょっと期待してるんだけど……」


 投資額は決めていなかったけれど、これぐらいならいいかなと思い浮かべた金額を口にする。




「とりあえず……二万アルム(・・・・・)までなら、明日にでも」




「……へ?」


 五年掛けて竜狩りで稼いだお金は、それよりもう少し多くて、まだ余裕がある。


 室内が静まり返ってしまったけれど、私は本気だ。


 ついでに言えば、『女神の杖』商会はあくまでも出資を募っているのであって、お金を無心してるわけじゃなかった。

 元本の保証はないものの、出資者には配当という形で利益の分配も行われる。


 これは私だけでなく出資者全てが持つ権利だし、そうでなきゃ誰も商人に出資しようなんて思わないだろう。


「……クレメリナ様、再度の計画変更を、ご提案いたします」

「……ええ、そうね。わたくしも、それがいいと思うわ」


 もちろん、よく知らない誰かから投資話なんて持ち込まれたら、私はほぼ検討することなく断ると思う。


 けれど『女神の杖』商会への投資は、クレメリナ様への一助になるだけでなく、私が信頼する先輩方という強力なバックアップもあるわけで、もしかしなくても、普通に儲かったりするんじゃないかって、思えてしまうわけだ。


 ……それこそが、投資話の恐い落とし穴だったりして。


 なあんて、冗談を思い浮かべるぐらいには、気楽でいられる私だった。


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