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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第五話「私の得意な魔法」

第五話「私の得意な魔法」


 しかし、この状況。


 悩んでいても仕方がないけれど、私は冤罪なんてまっぴら御免だし、クレメリナ様も毒殺は嬉しくないということで、意見が一致する。


「今後のことを考えれば、どうしてもここで証拠を押さえないといけないのよ」

「は、はあ……」

「もちろん、生き残った上で、ね」


 しばし小声で相談の後、一芝居打つ事にした。


 穴だらけの打ち合わせだけど、なんとかなるだろうと二人で頷き合う。


 それにしても、このお年でこの落ち着き振り。


 ……恐くないのかとお伺いしてみたら、『ガミロートの名を耳にしてから、ずっと警戒していたのよ』と返され、私は天を仰いだ。


「じゃあお願いね、レナーティア」

「はい、畏まりました」


 私の持ち札は、魔法学の家庭教師をしているお母様でさえ呆れるほど強力な魔法。


 クレメリナ様の持ち札は、冷静な判断力と、王族としての権力だ。


 私がクレメリナ様を守りきれば、こちらの勝ちに持ち込めるだろう。


 万が一に備えて書き付けを作るクレメリナ様を横目に、私は腰の杖を引き抜き、息を整えて魔法行使の準備を始めた。


 とにかく、お姫様の生存が状況打破の絶対条件。


 あとは……敵側に、暗殺専業の手練れや強力な魔術師が混じっていないことを祈ろう。

 

「こちらの準備は出来たわ」

「では、失礼いたします。……【魔法防御】、【物理防御】、【精神防御】」


 あとは毒のお茶をテーブルに零して、準備は完了だ。


「……短縮呪文だと、魔法力が落ちるのではなくて?」

「そこは魔力で補いました。野牛の魔獣(ブルガータ)に突き飛ばされても、痛いだけで済みますよ」

「なら、安心ね」


 二人分の防御魔法を素速く掛け杖を腰に戻し、クレメリナ様を抱きかかえる。


 私は大きく息を吸い込み、クレメリナ様は両手で耳を塞がれた。


「きゃあああああああああ!? 殿下あああああああああ!!」


 さあ、後は『犯人』達を待つだけだ。


 クレメリナ様が目を閉じて手をだらんと落とされたのに合わせ、私も真剣な表情を作った。


「……【身体強化】」


 殿下、殿下と合間に叫びながら、待つことしばし。


 扉が大きく開かれる。


「どうしたのですか、レナーティア!?」

「急に殿下がお倒れになられました!!」

「まあ!?」


 カディーナ様は、驚いた、というには冷静かつ素速い動きで、私達に駆け寄ってきた。


「……【氷槍】」

「ぐはっ!?」


 小声の詠唱と共に、私の胸へと鋭い氷の槍が突き立てられる。


 防御呪文は機能しているけれど、多少は痛い。




 本当は……お姫様の想像力過多であって欲しかったけれど、これは完全に『黒』だね。




 私は胸を押さえて倒れ込んだ。……振りをした。

 もちろん、抱きかかえたクレメリナ様が怪我しないよう、配慮している。


 でも、威力と魔力の流れから判断すると、カディーナ様――いや、首謀者カディーナの魔法は、女学院の魔法の授業で言えば中の上ぐらい、大したことなさそうだ。


 これなら【倍力】の二回掛けでも、防御魔法が破られることはないだろう。


「……女官になったその日に死ぬなんて、運のない子ね」


 まったくだと、私は心の中で頷いた。


 死んではいないけど、不運という点については、大いに同意したい。


「お待たせいたしました、カディーナ様!」


 倒れた振りをして幾らもしないうちに、複数の足音が聞こえてきた。


「手配は済んだかしら?」

「毒薬の瓶はご指示通り、この者の荷に紛れ込ませてあります」

「厨房の始末も終わりました」

「そう、ご苦労様」


 これまた面倒なことを……。


 クレメリナ様に生きて証言して貰わないと、私が犯人にされてしまうのは間違いない。


「では、確認するわ。新任の女官レナーティアは手練れの暗殺者で、王女殿下の毒殺を目論み、実行。私達はそれに気付くも止められず、辛うじて(かたき)を討った。ここまではいいわね?」




「よくありません」




「えっ!?」


 よく通る澄んだ声の主は、クレメリナ様である。……推測がどんぴしゃり過ぎて、笑いそうになったよ。


 もちろん、カディーナと一同は、驚きを隠せずざわついた。


「痛たた……」


 私も胸をさすりつつ、クレメリナ様を支えて立ち上がった。


「ど、どうして、生きて……!?」

「さあ、どうしてでしょうね?」

「なっ……!?」


 とぼけた様子のクレメリナ様に、カディーナが激高する。


 ……まあ、そりゃそうか。


「このっ、……【氷槍】!」

「ほい、っと」

「あ!?」


 私はクレメリナ様の前に進み出て、飛んできた氷の槍をぺしんとはたき落とした。


 強化魔法を掛けていれば、このぐらいは素手で十分だ。


「レナーティア」

「はい、殿下」


 クレメリナ様から、真剣な瞳を向けられる。


「さきほど魔法が得意と聞いたけれど、間違いないのね?」

「この場の全員を火地風水、どの魔法で倒すのか、殿下のお好みに合わせてお選びいただける程度には余裕があります」


 にっこり頷くと、クレメリナ様からも実にいい笑顔が返ってきた。


「あら素敵。じゃあ、レナーティアの得意な魔法を見せて!」

「御意!」


 ふっふっふ、『御意』とか、一度ぐらいは言って見たかった!


 思わぬところで夢が叶ったよ。


「おのれ、馬鹿にしてっ!!」


 お許しが出たからには、さっさとやってしまおう。


「【炎――」

「【雷撃波】!」

「きゃあああ!?」

「うっ!」

「ぎゃ!?」


 全員まとめて、雷撃魔法をたたき込む。


 雷撃波は私の得意呪文というか、万が一、群れた魔獣に至近距離へと迫られた場合の切り札にしようと、幾度も幾度も練習を重ねた呪文の一つだ。


 威力と術は短縮呪文にまとめ、効果範囲は無詠唱でコントロールするという、結構高度な複合攻撃呪文である。


 ついでに言えば、咄嗟に使う呪文なので、いつもの魔法杖ではなく右手中指の指輪を使うようにしていた。


 続けて腰の杖を引き抜き、風の矢を――。


「……あれ?」


 全員が倒れていて、ぴくりとも動かない。


 一人二人は耐えきるかと思って、雷撃波に続けて風矢の連射、更にとどめの氷結の蔦で拘束するところまで思い描いていたのに、せっかくの見せ場が三分の一になってしまった。


 ピンチになるよりはいいけれど、今ひとつな気分だ。


「……」


 クレメリナ様に小さく頷き、杖を構えて倒れた五人へとゆっくり近づく。


 最後にカディーナ一人を残して、事件の顛末を語らせよう、なあんて甘いことはしない。手負いに限らず、魔獣は息の根を止めるまで安心できないのだ。


「これで大丈夫です。……うわっと!?」


 油断は禁物と、全員の気絶を確かめてクレメリナ様に向き直れば、ぎゅっと抱きつかれた。


「ありがとうレナーティア! あなた、最高よ!」

「いえ、殿下がご無事で何よりです」


 恐かった、というわけではなさそうだ。

 クレメリナ様は満面の笑顔である。


「名を許すわ。わたくしのことは、クレメリナと呼んで頂戴」

「ありがとうございます、クレメリナ様。では、私のことも、レナと」

「ええ、レナ!」


 おお、共闘が身分を超えた友情を育んだ!

 って、遊んでる場合じゃないか。


 とりあえず、他に仲間がいないとも限らないので、クレメリナ様を抱えて窓から逃げることにした。


「【飛翔】!」


 目指すは柏葉宮正門、騎士の詰め所だ。


「騎士リュード!」

「レナさん!? えええっ!?」


 驚く騎士リュードの前に降り立ち、有無を言わさず詰め寄る。


 ……スカートがぶわっとめくれ上がってしまったけれど、流石に気にしてる場合じゃない。


「緊急事態です! 柏葉宮付き女官レナーティアは、クレメリナ王女殿下の保護と、柏葉宮の封鎖……いえ、制圧を、近衛騎士団に要請します!」

「りょ、了解!」


 先輩騎士さんと頷き合った騎士リュードは、懐から警笛(ホイッスル)を取り出した。


 耳障りな音が、大きく鳴り響く。


「レナさん、詳しいことを聞かせて下さい!」

「はいっ!」


 クレメリナ様と互いの記憶を補いつつ、事態の概要を話す。


 その間にも、続々と近衛騎士が駆けつけてきて、あっと言う間に十重二十重、百人近くの騎士が柏葉宮を取り囲んでしまった。


 途中から、隊長さんらしい人も話に加わる。


「春風の間に倒れている五人以外の者にも、犯人が混じっている可能性がございます。ただ、柏葉宮の侍女侍従の全員が犯人とも思えませんので……」

「市中へと使いにやっている我が国許よりの侍女ヤニーア、彼女は除外して良いかと」

「了解であります。どちらにせよ全員保護、その後の取り調べで白黒をつけねばなりませんな。ふむ……第三中隊集合! 点呼!」


 後は近衛騎士団の皆さんにお任せしよう。


 伝えるべき事は伝えたし、彼らは本物の専門家だ。


「第二小隊、柏葉宮の包囲完了!」

「第三小隊、配置につきました! 担当各宮の警護は、第二中隊に引き継いでおります!」

「宜しい。くれぐれも保護優先であることを忘れるな。……突入せよ!!」


 靴音も高らかに、数人づつに分かれた騎士が次々と駆けていく。


 クレメリナ様と私には護衛が付けられ、一旦、騎士団の本部で保護されることになった。


「どうぞ、ご案内いたします」

「ありがとうございます、騎士リュード」


 中隊長さんは指揮の合間にこちらをちらりと見て、騎士リュードを世話役に指名してくださった。


 背後の怒声と喧噪も気になるけれど、今はクレメリナ様の安全が優先だ。


「レナ、貴女の荷物に入れられた毒のこと、先に伝えておいた方が良くはないかしら?」

「忘れておりました。ありがとうございます。騎士リュード、あの……」


 毒薬の瓶について騎士リュードに説明をしながら、今日の一日を振り返る。


 ……女官になって、騎士リュードと再会して、クレメリナ様と出会って、毒殺騒ぎに巻き込まれて、職場には近衛騎士団が突撃、と。


 たった一日の出来事なのに、内容が濃すぎる。


「了解です。他ならぬクレメリナ殿下のお言葉ですから、レナさんの調書を取らせていただく前に、報告を上げておきますよ」

「よろしくお願いします」


 騎士リュードの笑顔に安心したら、お腹が空いてきた。


 調書も取られるなら、夕食は期待できないな……って、そんなこと考えてる場合じゃないんだけどね。


 クレメリナ様と手を繋いで歩きながら、今日はお昼も抜きだったし、せめて夜食ぐらいは騎士団で食べさせて欲しいかなと考えていた私だった。


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