第五十三話「懇親会」
第五十三話「懇親会」
総点検を無事に終えた翌日。
私は柏葉宮各所から上がってくる総点検の報告書の確認と、そのまとめに追われていた。
「レナーティア様、騎士マッセンが、近衛側の報告書を持ってきて下さいました」
「お通しして下さい。ヴェルサ、お茶をお願いします」
「はい、畏まりました」
朝は一番には、騎士団女子寮から柏葉宮の宿舎への引っ越し作業もしている。
旅続きで部屋を散らかす暇もなく、挨拶回りの方に時間が掛かったぐらいだけどね。
今日の午後には宮内府へと出向いて総点検の報告をせねばならず、夕方には懇親会を兼ねた内向きの食事会が予定されている。
……つまり、書類仕事はどうあっても午前中に終わらせる必要があった。
「失礼します、騎士マッセンをご案内いたしました」
「騎士マッセン、入ります!」
受け取った報告書は私が責任者の話を聞くその横で、テューナ先輩が厳しめのチェックを入れていく。
「お疲れさまです、騎士マッセン」
「いえいえ、レナーティア様こそお休みなしでしょうに」
柏葉宮を守るために派遣されている騎士様達は、厳密に言えば外部の人になるけれど、騎士マッセンも騎士シェイラも、旅の間に気安い関係になっていたから幸いだ。……そこも見越しての人選だったのかなと、思ったりもする。
「大きな問題はなかったと思いますが、騎士マッセンから、なにかご意見はありますか?」
「騎士達の練度については、問題ありません。柏葉宮の改装中も、余所の応援に出ていたと聞いています。しいて言えば……そうですな、お決まりと言えばお決まりなんですが、防諜や警護に関する細かな許可は、面倒でも毎回貰うことになります。そこのところは、予めお願いしておきたく思います」
「ええ、それは……こちらこそ、よろしくお願いします」
離宮内に聞き耳の魔導具を仕掛けられたりしていないか、危険物が知らない間に持ち込まれていないかなど、安全に関わる部分については、デリケートな扱いが要求される。
内宮の入り口でもチェックがあるけれど、悪知恵を働かせる相手もいるだろうし、離宮には身元の確かな侍女侍従だけでなく、業者やお客様も出入りするのだ。
……先日の事件で使われた毒物にしても、首謀者カーディナが取り寄せた高価な海魚の中に、継ぎ目のないガラス瓶へと封じられた原材料が仕込まれていた。
高級食材なんて、心理的にも中の中まで検査しにくいはずで、巧妙な手口である。
「それから、私とセレンは、武具の持ち込みを申請したいと思います」
「ああ、そりゃあ……クレメリナ様の『盾』が一枚増えるなら、その方がいいかもしれませんな」
私の剣の腕前は女子隊からお墨付きが出ているし、セレンが竜の皮を輸送する馬車列の指揮を執っていたのは、騎士マッセンもよくご存じだ。
竜狩りの時身につけていた装備などは、ホーリア先輩にお願いして、お屋敷で預かって貰っていた。実家には、家庭教師の件もあって手紙こそすぐに送ったけれど、顔を出せていないからしょうがない。……宮内府の印が押された公用書簡が届けられたお母様は、さぞ驚いたと思う。
テューナ先輩が『報告書に問題なし』のサインを出してくれたので、受け取り了承のサインをする。
騎士マッセンに大丈夫でしたよと伝えれば、あからさまにほっとしていた。
「書類仕事ってやつはね、騎士にとって最大最強の難敵だ、なんて言ったりしますよ」
何せ、剣も魔法も通じやしませんからねと、騎士マッセンは肩をすくめて帰っていった。
その気持ちは、よく分かるかな。
書類を作って記録に残すのは、未来の自分や後に続く誰かを助ける意味で、とても大事なことだった。
でも作ったり管理したりする側は、とても大変なのだ。
「自分の作った書類が後世に残るって楽しみは、何物にも代え難いんだけどなあ……」
私には若干苦手となる書類仕事も、テューナ先輩に言わせれば、命の危険がない上にお給金も高くて、とてもやり甲斐のある仕事、となるらしかった。
▽▽▽
厨房から届けられた鴨肉のオープンサンドでお昼を済ませた後、宮内府へ向かい離宮監ザイタール様に報告して、戻れば今度は紫雲の間のスクーニュ殿から引継についての説明を受け……。
「レナ、随分とお疲れのようだけど、無理しないでね」
「ありがとうございます。でも、クレメリナ様の為にも、ここが頑張りどころですから」
一息つけたのは、クレメリナ様の元にご機嫌伺いへと行った時ぐらいで、夕方までは予定の消化に追われた。
ついでに急遽、明日実家に戻ることが決まってしまったけれど、フェリアリア様がうちのお母様とお話ししてみたいと仰ったからには仕方がない。
またもや実家宛ての手紙を慌ててしたため、キリーナ先輩経由で宮内府に検閲と速達を願い出ている。
フェリアリア様は数日中に帝都を去られてしまうので、今を逃すと機会がなくなってしまうからね。
先輩方の手を借りてそれら諸事を終える頃には、もう日が暮れてお月様が出ていた。
「さあ、お楽しみの懇親会、って?」
「あたしはそろそろ、ホーリアのお迎えに行って来るよ。手続きも流石に終わってるだろうし」
「いってらっしゃいませ、エスタナ先輩!」
全員の顔合わせを兼ねた懇親会でもあるけれど、表向きは立食晩餐の予行演習ということになっている。……慣例的に認められているものの、きちんと名目を用意しないと、予算も降りてこないからね。
「はい、レナちゃんはこっち」
「なんですか、シウーシャ先輩?」
「髪型、それじゃあ味気ないでしょ」
女官になって以来、私は頭の上でくるんとお団子を作るアップスタイルにしていた。
宮内府の支度部屋でお世話してくれた侍女さん達を見て、同じでいいかと思ったせいでもあるし、女官服を着ている時はお仕事用と割り切っている。
皇宮内で一番よく見かける髪型だし、その理由はお仕事中邪魔にならないからであり、朝の忙しい時間にも手早くまとめられるからだろうなあと、自分でも納得していた。
「エーテリア先輩、お願いします!」
「りょーかーい!」
メインの客間、春風の間に付属する衣装部屋へと連れて行かれ、大きな鏡の前に座らされる。
服飾を担当するエーテリア先輩は、メイクなども含めたお客様の『装い』を補佐するだけでなく、私達勤務者のそれについても、その職掌の範囲だった。
「シウーシャ、ついでにお湯貰ってきて!」
「それならレナちゃんに頼んだ方が早いです」
「ですです。【水球】【熱源】【誘導】【持続】……【解放】」
「……ねえレナちゃん、筆頭女官辞めて私の専属助手にならない?」
「エーテリア先輩、目が本気だ……」
どんな髪型にしようかなんて、一言も聞かれなかった。
余程奇抜でなければ……とは思いつつも、そこは私が敬愛する先輩方の先輩だ。
髪を洗う手つきすら、前世の美容院が懐かしくなるレベルで洗練されていて、お任せで大丈夫だろうという安心感があった。
「レナちゃん、それ教えて!!」
「うわっぷ!?」
私のドライヤーの呪文は、エーテリア先輩には伝わっていなかったようで、ものすごい勢いで食いつかれた。
その後、近衛騎士団女子隊の朝練に、エーテリア先輩ら数名の柏葉宮侍女が加わることになったけれど、それはともかく。
「ね、どうかしら?」
「すごくいい感じです!」
流石は専門職、鏡の中の自分を一目見て、この方が『私らしい』と思えてしまった。
頭のお団子は位置が下がって左右二つになり、活動的な雰囲気を出しつつも、年相応のかわいらしさを備えている。
もちろん、これならお仕事にも差し障り無く、目立ちすぎることもない。
でも、何より驚いたのが、そのお団子の緻密さだ。
大きさが左右でぴたりと揃っているし、毛艶の輝きまできっちり合わせてある。
私の方こそエーテリア先輩に弟子入りして、自分で結えるようになりたいと思ってしまったよ。
▽▽▽
少々お高いワインの入ったグラスを手に、大食堂を見回す。
「呼びかけに応じて柏葉宮に集って下さったこと、そして、筆頭女官の不在が長く続いた中、見事に立ち上げて下さった皆様に、心より感謝申し上げます」
夕刻、交替で警備にあたっている騎士数名を除いた柏葉宮関係者の全員が、懇親会に集合していた。
「数日中には、現在、双竜宮紫雲の間でお過ごしのフラゴガルダ王国第一王女殿下、クレメリナ様をお迎えすることが決まっています」
私を支える専属侍女、キリーナ先輩。
ここぞという時頼りになりすぎるヴェルサ先輩、テューナ先輩、シウーシャ先輩、エスタナ先輩。
今日から女官に復帰したホーリア先輩。
「クレメリナ様は過日、この柏葉宮で命の危険に遭遇されておいでです。……それにも関わらず、今は移る日を楽しみにしているとの御言葉を戴きました。この御言葉に恥じぬよう、全員で頑張りましょう」
その先輩方の呼びかけに応じて下さったゼフィリアの卒業生や、グートルフ司厨長や園丁頭のゾマールさんら、専門職の中でも一流と呼ばれる皆さん。
クレメリナ様の御学友兼侍女見習いのセレン。
騎士マッセンや騎士シェイラ率いる、柏葉宮を守る騎士様達。
その中にはもちろん、リュードさんもいる。
「では……柏葉宮の新生を祝し、乾杯!」
グラスを大きく掲げた全員の『乾杯』が、大食堂に大きく響き渡った。
皆がワインを口に付け、静かになったその一瞬を狙って、声を張り上げる。
「さあ、後は無礼講です! 飲んでよし食べてよし! 皆さん、立ち上げ準備は本当にお疲れさまでした!」
夜通しってわけにはいかないけれど、大手を振って息抜きが出来る機会は、そう滅多とない。
セレン以外の全員が私よりも長く皇宮にお勤めなわけで、そのあたりはよくご承知のはずだった。
「レナ、お疲れさま」
「リュードさんもお疲れさまです!」
わざわざグラスを合わせに来てくれたリュードさんに嬉しく思いつつ、盛り上がる会場を眺める。
「柏葉宮が新しくなったのに合わせて、髪型も新しくしたの? よく似合ってるよ」
「ありがとうございますっ! せっかくだから可愛くしなさいって、結って貰ったんです」
褒めて貰えると、やっぱり素直に嬉しいもので、シウーシャ先輩とエーテリア先輩には大感謝だ。
「それにしても……ゼフィリア女学院の人脈って聞いたけど、本気で驚いた。あそこでワインを飲んでいるのは、ゾマール元造園監だよね?」
「はい。私も驚きましたが、侍女頭を務めるシウーシャ先輩のお爺様にあたられるそうです」
でも、一流の人材がいるからって、甘えてばかりじゃいられない。
筆頭女官の名が恥ずかしくないように、私も頑張らないとね!
「レーナちゃんっ」
「へ?」
気付けば、リュードさんと二人きりのはずが、いつの間にか、にやにや顔の先輩達に囲まれていた。
「貴方が噂の騎士かあ」
「ふんふん、この若さで近衛騎士とは……流石だね、レナちゃん」
「さて、馴れ初めからお聞かせ願えますでしょうか、騎士リュード?」
「もちろん、レナから話してくれてもいいわよ」
あ、駄目だこれ。
たぶん、どうやっても逃げられないやつだ。
リュードさんをフォローしたり、逃げを打つと、私が自爆するってところまでは読めた。
「せ、先輩! まだレナもお付き合いをはじめたばかりですし、今はそっと見守った方が……」
「まさか! 今つっつくのが一番面白いのに!」
「だよねえ」
キリーナ先輩だけは止めようとしてくれてるけれど、リュードさんがリュード『殿下』だとは知っていても、この場じゃ口には出来ないからね……。
「あー……レナのご両親とうちの両親が正式に話し合うのは、今回の出張旅行の後、近日中の予定なんですよ」
「あらま」
「もうそこまでお話が進んでるの!?」
「ええ、そうなんですよ」
リュードさんは一足飛びに、結論を口にした。
うちは一応男爵家で、結婚話となると多少は配慮も必要だ。
先輩方もリュードさんの口振りから、リュードさんの家がそれなり以上の爵位を有する家だと気付いたらしい。
……それなりのお家どころじゃなくて、皇帝家だけどね。
キリーナ先輩が大きなお胸をなで下ろして、ため息をついていた。




