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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第五十二話「柏葉宮総点検」

第五十二話「柏葉宮総点検」


 総点検の日は、朝食抜きで始まった。


 女官服に乱れがないか確かめ、近衛騎士団本部二階の柏葉宮事務室で、その時を待つ。


「レナーティア様、柏葉宮より使いが参りました。総点検に備えた全ての準備が整ったそうです」

「ありがとう、キリーナ」


 離宮の各部署総点検は、新築時や改装後、筆頭女官の交代などの節目に行われる。


 お客様を迎える準備が整っているか、不足が把握できていて補いがつけてあるか、丸一日掛けて確かめるのだ。


 周囲に準備完了と知らしめる意味もあるけれど、お客様をお迎えする予行演習も兼ねていた。


「では、参りましょう」

「ええ」


 シウーシャ先輩は、順番に各部署を回って挨拶を受けるだけと、簡単に言ってたけれど。


 割と真面目にやっておかないと、後で苦労するのは柏葉宮であり、私だということぐらいは、しっかりと感じ取れた。




 事務室を出て、まだ暗い中、ランプを提げたキリーナ先輩の先導で、ゆっくりと柏葉宮の表口に向かう。


「レナ抜きで一度、総点検の真似事はしてあるそうだし、気楽になさいな」

「先輩方が大丈夫だって言えば、大丈夫なんだろうなあとは思ってます。けれど、私が今ひとつ中身を理解してないので、そこが心配なんですよ」


 今日は流石に、クレメリナ様にもお伺いできませんと断りを入れてある。


 小声で予定を確認しつつ、心配や問題を話しながら向かった柏葉宮の門前には、近衛騎士達が整列していた。


「近衛騎士団第三中隊所属、騎士マッセン以下十名、柏葉宮総点検への参加を命ぜられました!」

「近衛騎士団女子隊第二十一小隊、騎士シェイラ以下十名、同じく、柏葉宮総点検への参加を命ぜられました!」

「ご苦労様です、騎士の皆様方。本日はよろしくお願いします」


 二十人もの騎士が一斉に敬礼すると、流石に大迫力だ。


 普段は関係する騎士全員が集まることはないけれど、警備は昼夜なく行われるので、交替を含めるとこの人数になってしまう。


「騎士リュード、門衛任務につきます!」

「騎士ソリーシャ、警護配置につきます!」


 ちなみに、騎士シェイラの小隊は第二十一という名になっているけれど、女子隊に二十いくつも部隊があるわけじゃない。


 皇族外の警護を専任で行う小隊が臨時に編成される場合、二十番台が割り当てられていて、元からある部隊と区別が付くようにされていた。


 ちらりと『騎士』リュードとも目を見交わし、柏葉宮の開門を見守る。


「開閉装置、異常なし!」

「通用門、問題なし!」

「よろしい、開門始め!」


 軋む音さえなく、両開きの鉄扉が開いていく。


 そこそこ以上のお屋敷だと、門の開閉にも魔法装置や魔導具、あるいはゴーレムが用意されていた。


 動力源には、私の大型魔法杖と同じく魔結晶が使われる。

 もちろん、柏葉宮の正門は幅が五メートルぐらいだから、流石にあそこまで大きくて高価な魔結晶は必要ないし、使い切りでもない。


 但し、魔法装置付きの門のお値段は……まあ、うん、門本体の装飾も一級品だし、民家の一軒や二軒は建つだろう。


「開門完了!」

「各部点検!」


 目視と魔導具による点検の後、再び門が閉じていく。……総点検だからね、きちんと閉じるかどうか確かめるのも、お仕事の内だ。


 今日は一日こんな感じで、柏葉宮の裏表、全部を見て回るのがお仕事だった。




 門の点検後、騎士達は配置の交替を幾度か行ってから数人を門前に残し、柏葉宮内へと散っていった。


 先日起きてしまったクレメリナ様毒殺未遂事件の影響もあるけれど、騎士達も緊急事態に備えた訓練を同時に行うのだ。


 それを横目に、出迎えに来てくれたエスタナ先輩の案内でホールに向かうと、柏葉宮に勤務する全員が、奥扉を挟んで翼を広げるように並んでいた。


 柏葉宮は主に女性の賓客をもてなす為に用意された離宮なので、二十代中盤の女性が多いけれど、お父様と同年輩の男性や若者も数人含まれている。


「一同、礼!」


 声を張り上げたのは、シウーシャ先輩だ。


 お客様をお迎えする時と同じように、角度の揃った一糸乱れぬ礼が、『私』に向けられる。


「柏葉宮付き筆頭女官、レナーティアです。……よろしくお願いします」


 おおー、セレンも遅れず礼が出来てる!


「早速ですが、私、侍女頭シウーシャより、主要担当者を紹介させていただきます!」


 シウーシャ先輩の合図で、まずはエスタナ先輩が進み出た。


「客室の管理を担当致します、侍女エスタナです」


 エスタナ先輩は美術商の娘で、その扱いにも慣れている。


 もちろん、他の先輩方も同様に、適材適所で配置されているはずだった。


「主計および事務を担当致します、侍女テューナです」

「茶事を担当致します、侍女ヴェルサです」


 生徒会の庶務だったテューナ先輩に、聞き茶の女王だったヴェルサ先輩。

 ここまでは、私もよく知る先輩方で、顔も名前もそのお人柄や特技もよく覚えているから問題ない。


「司厨長を任されましたグートルフです」

「グートルフ司厨長は、元光晶宮大厨房の主菜担当料理長として経験も豊富でありながら、菓子にも造詣が深く、柏葉宮に最適な料理人かと存じます」


 私にも分かりやすいよう、紹介を入れてくれるシウーシャ先輩に頷きつつ、なんでそんな大物がと、若干引き気味に、コック姿のにこやかなおじさん――グートルフ司厨長に目を向ける。


 キリーナ先輩の引き抜き時にお世話になった皇城光晶宮内装部のアランゼナ様が、私とほぼ同格の女官であったことを思い出すまでもなく、皇宮の表の顔である光晶宮と、内宮離宮とは言え比較的規模の小さな柏葉宮を比較すれば、下手すると降格人事になるのではという心配もあった。


 ……後から聞かされた話、実際に降格となってしまう異動ではあったんだけど、ご本人が望んでこちらにいらしたらしい。


 グートルフ司厨長の娘さんがゼフィリアの先輩で柏葉宮に引き抜かれたことや、上司だった光晶宮総司厨長バンダーク様から私のケーキについて聞かされていたこともあり、異動を楽しみにされていたそうだ。


「園丁頭のゾマールと申します」


 ゾマールさんは、見た目からして職人っぽいお爺ちゃんだった。


「元は宮内府造園監(ぞうえんかん)の職にありましたので、離宮内の庭園については万全と申してよろしいかと存じます」

「……」


 造園監ってことは、宮内府が管理する皇宮および離宮にある全ての庭の総元締めだった人ってことになる。


 だ、か、ら。


 そんな大物をぽんぽんと引っ張ってきて、柏葉宮をどうする気なんですか先輩!?


 ゾマールさんご本人は、私やキリーナ先輩の驚き顔にも楽しそうだったけど、そういうことじゃないんです。


 お孫さん――シウーシャ先輩と一緒の職場で働けるのが嬉しくて、現役復帰されたそうだけど、身内人事にしても、もうちょっと手心を加えて欲しい。


 その他、衣装担当で私の六期上のエーテリア先輩、渉外担当のサシェリア先輩、そのサシェリア先輩の兄で従僕頭のベフダールさん、それぞれの補佐をする侍女従僕の皆さんを順に紹介される。


 そして、最後に。


 随分と大柄な従僕さんが、びしっと敬礼……敬礼?


「近衛騎士団参謀部所属、園丁見習いのズノーデンであります!」

「……はい?」


 その名乗りの意味が、本気で分からない。


「騎士ズノーデンは、クレメリナ様の身を(おもんばか)って近衛より派遣された裏の護衛です。表向きは園丁として扱いますが、その任務の性格上、柏葉宮にありながら所在不明となる場合も多いので、ご記憶下さいませ」


 そういうことなら、しょうがない。……って、本物の『お庭番』だよ!


 その秘密をこの場で言っちゃっていいのかと思ったけれど、ある程度周知することが抑止効果になるそうで……もちろん私には、護衛が増える分にはまあいいかと流すしか、選択肢はなかった。


「それでは、柏葉宮の各部署総点検を始めて下さい」

「一同、礼。……各員、配置について下さい」


 私とキリーナ先輩だけをホールに残して散っていく皆さんを見送り、小さくため息をつく。


 今はとにかく、宮内総点検の一番最初に行われる朝餉(あさげ)の点検が待ち遠しかった。……つまりは、朝食が食べたい。


「執務室に向かいましょう、レナーティア様」

「……ええ」 


 人材も一流どころが集まっているようだし、ここにホーリア先輩が女官として来てくれるんだから、柏葉宮は絶対無敵の内宮離宮になると思う。


 でも代わりに、心配事も浮かんできている。


 先輩方に準備を丸投げした弊害で、私自身が今ひとつ、柏葉宮の内情を把握していないことにも気付かされていた。


 出張旅行という十分な理由があったにせよ、このままでは、実務は完璧に回せるのにトップの私が仕事を止めるという、情けない事態に陥ってしまいかねない。


 その為の各部署総点検とも言い換えられるし、『私』も点検しなきゃいけない部署の内の一つだけど……。


『グライツ、回り込め!』

『容疑者制圧!』

『よろしい! 次、第二班! 襲撃想定三の二、準備にかかれ!』


 表から聞こえてくる近衛騎士達の声に、訓練風景を思い浮かべながら、右翼一階の奥にある執務室に向かう。


 各点検の合間、呼び出されるまでの時間を使って、執務室のこともよく把握しておかなきゃね。




 その日一日、総点検に奔走したけれど。


 業務日誌の一ページ目には、私以外はほぼ完璧だったと記すことになった。


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