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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第四十九話「柏葉宮と紫雲の間」

第四十九話「柏葉宮と紫雲の間」


「お説教はお説教として、はあ。……済ませておくべきお話も、少ししておきましょうか」


 イルマリーゼ様が直接動かれたことで、あらゆる状況が大きく変化した。……船の中で書いた質問状はほぼ無意味になったけど、それはまあいい。


 今更ながらになるけれど、皇妃陛下はこの帝国内で皇帝陛下に次ぐ地位にあるお方だ。


 そのとても偉い人が『引き受けた』と仰ったからには、周囲もそのご要望を受けて万全の体勢で動く。


「療養先なのだけど、フラゴガルダに近い西方と、ご実家のオステンに近い東方、どちらがいいかしら?」

「そうねえ……」


 変化そのものは歓迎すべきことで、フェリアリア様の周囲は警備もお世話も手厚くなったし、療養の為の地方離宮もすぐに用意されるらしい。


 私もクレメリナ様のご担当ながら、帝都に滞在されている間はご一緒させていただく予定だった。


「レナーティア。クレメリナ姫を、そしてフェリアリアを救ってくれたこと、本当にありがとう」


 ひとしきり、フェリアリア様と雑談混じりに今後のことをお話しされたイルマリーゼ様は、帰り際、私をぎゅっと抱きしめてから、屋敷を去られた。




「【水球】【倍力】、【水球】【倍力】。……もう一回分かな。【水球】【倍力】」


 訪問着の衣装合わせ前に間に合うよう、フェリアリア様の湯浴みのご準備をしながら、今後の予定を頭の中で整理する。


 まずは、内向きの変化からだ。


 フェリアリア様の正式な担当部署が、双竜宮紫雲の間、つまりはクレメリナ様が現在滞在中のお部屋に移ったことだ。


 もちろん、担当部署が別になったからって、母娘が一緒にいられなくなるわけじゃない。


 元より紫雲の間と柏葉宮は、クレメリナ様を通した協力関係にあった。


 お世話する貴人が増えても、短期間なら負担も大きくないし、本格稼働前の柏葉宮も協力できる。……というか、ゼフィリアの先輩方の奔走と奮闘の結果、宮内府の上の方も巻き込んで、協力という体裁を取りつつ、未熟な柏葉宮側が組織的に紫雲の間から指導を仰げる道筋をつけてしまっていた。


 紫雲の間は、皇帝陛下のお住まいである双竜宮の『間』の中でも規模が小さい方だけど、元より皇宮の中心地に存在する間である。多少の負担で動じるようなことはなかった。


『柏葉宮の侍女達に教育を兼ねた実務を割り振ることで、平常の負担がむしろ減っております。それに、誰かに何某かを教えるという行為は、自分を見つめ直す機会でもあり、紫雲の間にも励みと躍進に繋がると気付かされました。レナーティア殿の御判断と先見に、一同も気持ちを新たに致しましたわ』


 良い侍女達をお集めになられましたねと、にこやかに褒められた。ご迷惑をお掛けしてるのはこちらの方なのに、好意的な反応過ぎて表情の選択に困る。


 私は全く関与してないけれど、この状況を作り出してくれた先輩方には、感謝してもしきれない。


 さて、そのフェリアリア様は、皇宮に数日滞在された後、地方離宮へと向かわれることを決められた。


 クレメリナ様の身辺は、主要因がご本人の決意ではあっても、今後何かと騒がしくなる。


 療養は本当に必要だし、イルマリーゼ様からの説得もあった。やっぱり、お身体が癒えるまでは、静かな環境の方がいいもんね。


 しばらくは、後見というかお目付役というか、フェリアリア様の代わりにクレメリナ様を『見守る』と、イルマリーゼ様が宣言されていた。


『……貴女も見守りの対象よ、レナーティア』

『は、はいっ!』


 思わず背筋を伸ばしたけど、まあ、うん、しょうがない。




 そして、もう一つ。


「セレン、本当に良かったの?」

「はい、大丈夫ですっ!」


 私に引っ張り回され、帝都まで来ちゃったセレン。


 フラゴガルダでは観光どころじゃなかったし、社会勉強を兼ねてうちの実家にしばらく滞在してもらってから、親元に送っていこうと考えていたんだけど、思わぬお話が持ち上がった。


 明日から彼女は、クレメリナ様の御学友兼侍女見習いとして、柏葉宮預かりという立場ながら、正式に出仕する。


 私が身元を引き受けるのはともかく、推薦者はなんとフェリアリア様だ。 


『セレンは、とてもいい子だわ。それにクレメリナは……はあ。王位を目指すにかこつけて、お勉強が疎かになっていそうで、重石をつけておきたいのよ』


 クレメリナ様は、おさぼりとかするような性格じゃないとは思うものの、母親としての心配もあるだろう。

 それにセレンを皇宮に入れる理由として、これ以上のものはない。


「さっき、一緒に並んでお迎えしましたけど、すごく綺麗な人でびっくりしました!」


 道中では、私だけでなくフェリアリア様からもクレメリナ様のことを聞いていたお陰もあり、一度ぐらいは会ってみたいと、本人がやる気になっていた。


 仲良くなってくれたら嬉しいけど、ほんと、物怖じしない子だなあ……。




 さて。


 イルマリーゼ様がお帰りになられてから、マグステート伯爵家別邸は『戦場』になった。


 もちろん、フェリアリア様が皇宮を訪問するご準備である。


 フェリアリア様の体調を気遣いつつも、明日必要なことで後回しにもできないこの状況、なかなかに厳しかった。


 しかしながら、そこは貴人の接待に手慣れた紫雲の間の精鋭、フェリアリア様の負担を減らしつつも、手際よく解決に導いていく。


「『青の貴石』商会殿には、急な仕事をお願いいたしまして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございます」

「お気遣い、誠にありがたく。ですが、帝国の中枢たる皇宮の、しかも内宮より急ぎの仕事をお任せいただけますことは、それ即ち、我が『青の貴石』商会への信頼の証であり、これは全くの名誉でございます」


 ほぼ意味を為さない『非公式』という枕詞は一旦横に置いて、私も紫雲の間側の担当女官スクーニュ殿の指揮下に入った。


 私は未だ、素人女官同然だ。

 先輩方の勧めもあり、スクーニュ殿には正直に現状を話していた。


 旅の最中に経験したことは、迎賓離宮の運営に欠かせないものも多かったけれど、仕切るにはまだ経験が足りていないと自覚している。


 割り振られたお仕事は、様々だった。


 次々とやってくる一流どころの宝石商や服飾工房から挨拶を受け、あるいは魔法の補助が必要な時は呼び出される。合間にセレンの為の書類を書き、柏葉宮侍女より差し出される書類にサインを入れ……文字通り、くたくたになるまで走り回ったよ。


「レナ、最後の職人が帰るわ。挨拶お願い!」

「はい、先輩!」


 次々に訪れる状況の変化に流されつつも、必要十分な準備は着々と整えられていった。


 表の顔は私、実務は先輩方。


 以前、『実務は私達に任せなさい』とキリーナ先輩は言ってくれたけど、甘えとか抜きにして、そうしなきゃ回らないんじゃないかなと、思えてきた私だった。




 ▽▽▽




 皇宮訪問の日。


 朝から来たお迎えは、先日よりも増えて馬車五輌に騎士三十。


 ほんとに『非公式のお忍び』って何なんだろうなあと、くだらないことを考えつつ、馬車に乗せられる。


「あの、わたしまでこんな上等の馬車で良かったんですか?」

「大丈夫よ、セレン。……スクーニュ殿から渡された馬車の席次には、間違いなくセレンの名前も書いてあったし」


 私は露払い役として、先頭の馬車にキリーナ先輩と騎士シェイラ、そしてセレンと共に同乗、リュ-ドさん達は騎乗で同僚に混じっていた。


 主担当にして介添え役は、既にスクーニュ殿に移っているけれど、この大名行列での移動は今回の旅程の最後の山場、その一歩手前だ。


 今日はこの後、フェリアリア様のご案内も兼ねて内宮の紫雲の間にクレメリナ様を訪ね、無事に任務を終えた報告をして、ようやく出張旅行が終わる。


 当然、それ以外にも、細々とした報告書の提出や、離宮監様や女官長様への挨拶に常勤への切り替え、そして柏葉宮の現状把握など、お仕事は山積みだ。


 もちろんのこと、平行してクレメリナ様の担当女官のお仕事も行わなきゃならない。


 ……そう言えば、王位を狙う第一歩として、『フラゴの光』商会を潰すと仰っていたけれど、そっちの方はどうなってるんだろう?


 先輩達が、帝都内に手紙を届けたりしてたそうだし、動き出してるとは思うんだけど……ああ、フェリアリア様がお話しすると仰ってたっけ。


 私もお話には立ち会いの必要があるっていうか、呼ばれないはずがない。


「レナ、先ほどエスタナ先輩から、走り書きを渡されたの。紫雲の間にも関係するから、目を通して置いて頂戴」

「はい先輩、ありがとうございます」


 クレメリナ様にフェリアリア様、もちろんイルマリーゼ様のこと。


 それから、肝心の柏葉宮。


 帰ってきたら帰ってきたで、忙しさも悩み事もどんどん増えていくけれど。


 ドラゴンを狩るように、大型魔法杖を放てば全て解決ってわけにもいかなくて。  


 まだ全部の旅程が終わってさえいないのに、旅の日々が懐かしいと口から出かけた私だった。 


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