第四十七話「王家の母娘」
第四十七話「王家の母娘」
帝都に到着し、ホーリア先輩の家に泊まった翌日。
「お母様!」
「クレメリナ!」
シウーシャ先輩とヤニーアさんに連れられたクレメリナ様が、朝一番に飛び込んできた。
抱き合うお二人を見て、ほっと一息つく。
これで一つ、肩の荷が下りたかな。
数ヶ月ぶりのご対面だものね、しばらくはそっと見守りたいと思う。
「レナちゃん、キリーナ」
「シウーシャ先輩、お疲れさまです!」
「ちょいとお耳を」
「はい?」
「あ、ホーリア先輩とエスタナ先輩もお願いします」
「ええ、どうぞ」
定位置を離れ、そそそっと近づいてきたシウーシャ先輩が、こっそりと私達を集めた。
書類鞄から何か取り出す振りをしつつ、目配せする。
「何かあったんですか、先輩?」
「クレメリナ様のことなんだけど、正規の手続き踏むとご対面が明日になっちゃうから、お忍びってことで通してるのよ。そのあたり、よく含んでおいてね」
「……! 了解です」
もちろんそれは、十分に納得の出来る理由だった。
予定では今日一日掛けて、フェリアリア様が皇宮に訪問する為のご用意を整えることになっている。
クレメリナ様とフェリアリア様が会えるのは、明日のはずだった。
複雑な裏事情を鑑みたとしても、帝国の中枢へと一国の王妃陛下を着の身着のまま同然のお姿でお招きしたとあっては、フェリアリア様とフラゴガルダ王家に恥を掻かせるだけでなく、帝国の度量が疑われる。
もちろん、滞在中のお客様に気持ちよくお過ごしいただく為の柏葉宮であり、私達だ。
一日早く親子が会える演出はその一環、何も難しく考えることはない。
「一応、最強の後ろ盾からお墨付き出てるから大丈夫っていうか、押し切られたっていうか……」
「最強?」
「えーっと?」
「この後、皇妃陛下もお忍びでいらっしゃる予定なの。ちょっと忙しくなるわ」
「……」
流石に顔を見合わせ、ごくりと息を呑む。
……それはちょっとどころじゃない一大事です、シウーシャ先輩。
少し落ち着いた頃合いを見計らい、お二方にそっと近づく。
「レナ、お帰りなさい!」
「ただいま戻りました、クレメリナ様」
クレメリナ様は、フェリアリア様にしたのと同じように、私をぎゅっと抱きしめた。
くすっと笑顔を零されたフェリアリア様に小さく会釈して、私もその小さな背中を抱き返す。
……少しだけ、帰ってきたって気がした。
「それで、あの……」
「はい、万事滞りなく。もちろん無事に、ヴァリホーラ陛下へと『贈り物』を献上して参りましたよ」
「本当にありがとう! レナの旅のお話も聞かせて頂戴! でも、どうしてお母様まで帝都にいらっしゃったの? それから――」
「クレメリナ、落ち着きなさい」
「あ、ごめんなさい、お母様、レナ!」
明らかに長くなりそうなのでサロンへと場所を移し、改めて帰国のご挨拶をして、顛末を報告する。
旅立つ前よりも、クレメリナ様の表情が輝いているような気がした。
「あの、お母様。帝国で療養されるとのことですが、どこかお身体を悪くされたのですか?」
「わたくしは『療養中ということになっている』の。……戦も近いでしょう、察しなさい」
「は、はいっ!」
フェリアリア様からは、毒の霧で体調を崩したことを娘には黙っていて欲しいと、頭を下げられていた。
気丈に振る舞っておられるけれど、多少なら長旅での疲れと言い訳も出来る。
それ以上の見過ごせない体調不良は、私やジェリーサ殿が強権を発動するということでご了承いただいていた。
「え、四色の揃い……?」
「はい。運良く狩れましたので」
「……だ、大丈夫だったの!?」
「はい、いつも通りに狩ることが出来ました」
「あの、お待ちになって。クレメリナの献上品とされた竜皮は、レナーティア殿がご自身で狩られたの!?」
「えっと、はい」
「まあ!」
儀式の間でのトラブルまでは、まだお伝えしなくていいかな。
こちらでのクレメリナ様の動向次第の部分もあるし、今は私とお話するよりも、フェリアリア様とお話していただきたい。
「それで、クレメリナの方はどう過ごしていたのかしら? 国を出てからのことを教えて頂戴」
「はい、お母様」
クレメリナ様の逃避行も、なかなか波乱に富んでいた。
私は国を脱出して帝都に来た、ぐらいしか聞いていなかったけれど、懇意にしている艦長の軍艦が近距離の哨戒に出る『ついで』に、こっそりと帝国領デルバ島に入港、クレメリナ様とヤニーアさんだけを残して帰ってしまったという。
「その後は、帝国士官の案内を付けていただき、船を幾度か乗り換えながら、帝都に送って貰いました」
「そうだったの」
「今は皇宮のお部屋を一つ、お借りしております。皇妃陛下やポーリエ殿下が時々遊びに来て下さいますので、寂しくはなかったです。それに……」
「それに?」
「柏葉宮の――レナの侍女達が、とてもよくしてくれるのです。筆頭女官のレナに御用をお願いしていたので、柏葉宮は閉じられていますが、移るのが今から楽しみですわ」
「ありがとうございます、クレメリナ様」
毒殺未遂の話題は、クレメリナ様も出されなかった。……もちろん、フェリアリア様は存じておられる。
親子だからなのか、それとも王家の人々故なのか。
ちょっと寂しいような、それでいて、どこかあたたかな気分を引き出される。
もちろん、それだけじゃなかったけれど。
「クレメリナ、貴女が『立つ』ことは聞いたわ。明日、お話ししましょう」
「はい、お母様」
ひとしきりの歓談の後、午前の内にクレメリナ様はお帰りになられた。
一応、お忍びの体裁を逸脱すると、私達だけじゃなくクレメリナ様ご自身も困ったことになってしまう。
……ちなみにこの間、皇妃陛下をお迎えする準備に奔走していたホーリア先輩と柏葉宮一同である。
クレメリナ様がお帰りになられた後、フェリアリア様は少し早い目のお昼寝に入られた。
やはり、気持ちで体調を押し隠していらしたらしい。
「お任せして申し訳ありません、先輩」
「こちらは大丈夫。先触れの護衛も配置に付いたし、ご訪問の時刻も知らされたわ」
私がクレメリナ様母娘の対面に立ち会っている間に、大凡の手配が済まされていた。
「レナちゃんとキリーナは、今のうちにお昼食べておいで」
「あの、先輩方は?」
「セレンから旅のこと聞きながら、交替で食べるつもりよ」
「ふふ、裏方は裏で適当に済ませられるけど、表に出るレナと直接支えるキリーナは、今食べそびれるとお昼抜きになるって」
ほら行っといでと、小さめの客間に追い立てられれば、リュードさん達が先に食事を摂っていた。
「お疲れさまです、レナ様」
「いえ、皆さんこそお疲れさまです」
昨日から護衛についている近衛第三中隊に加えて、皇妃陛下のマグステート伯爵家別邸訪問に伴って直属の女子隊と第一中隊の一部まで動くとあって、私の護衛も交替の騎士が引き受けてくれたので、半休のような感じになるらしい。
「レナ、そちらはどうだった?」
「ご対面は無事に済みました。クレメリナ様もお帰りになられたので、フェリアリア様はお休みになられていますよ」
「そうか……。昼からは義姉上が来るらしいね?」
「はい。クレメリナ様のこと、とても気に掛けていただいていたそうです」
「兄上とヴァリホーラ兄さんに負けないくらい、義姉上とフェリアリア様も仲がいいからね」
短めの休憩を、旅を共にした騎士達と過ごして戻れば、もう皇妃陛下がご到着間近だという。
慌てて先触れ役の女官殿の待つ表口に近い別の応接室へと走り、顔合わせと打ち合わせを行う。
「『お昼寝中ならそのまま寝かせておいてあげて』と、皇妃陛下直々の御言葉をお預かりしております」
「は、はい、畏まりました!」
そんな伝言が実務部隊である私達に届くぐらいには、仲の良い親友でいらっしゃるので、余計な気を回さず素直に従えばいいらしい。
「なお、フェリアリア王妃陛下のご用意が調うまでの間ですが……是非とも、柏葉宮付き筆頭女官であり、クレメリナ王女殿下の覚えもめでたいレナーティア殿との歓談を希望したいと、仰っておられます」
「へ!? 私でございますか!?」
「はい。大変楽しみにされているご様子でした」
皇妃陛下との歓談とか……クレメリナ様とフェリアリア様のことはともかく、その方向からの緊急事態は予想外すぎた。
もちろん、皇帝陛下は既に私の名前とリュードさんのことをご存じなわけで、皇妃陛下がご興味を持たれても不思議じゃないけれど。
リュードさんに防波堤……もとい、『護衛』して貰った方がいいのかと、半ば真剣に考えかけた私である。




