第四十六話「ホーリア先輩との再会」
第四十六話「ホーリア先輩との再会」
「間もなく到着であります!」
帝都の東外郭に隣接する港はとても混み合っていたけれど、そこは特別仕立てのバハ・ルータ号である。まっすぐに、軍や帝政府が使う警備の厳しい一角へと入っていった。
でもまだ、帝都に帰ってきたって気分じゃないかな。
私がこの港を使ったのはお母様の実家へ遊びに行った二回きりで、あんまり馴染みのある場所じゃなかった。
「うわ、城壁の端っこが見えないです……」
「四年振りかしら、前の時は雨が降っていたから、わたくしもこの景色は初めてよ」
フェリアリア様も体調はよろしいご様子で、セレンを相手に、以前帝都へと来た時の話などをされている。
とりあえず、荷物よし、人員よし。
特に大荷物を開けるようなことはしていないので、降りる準備はほぼ調っていた。
入港間近なのか、さらに一段と速度が落とされる。
さて、船を下りたら、まずは馬車を探さないといけない。
騎士マッセン曰く、港には軍の事務所があって、公務に必要な馬や馬車を借りることが出来るけど、数が用意されているわけじゃないので期待薄らしい。
もちろん、昨夜は流石にお風呂の用意が出来なかったので、お身体を浄めて貰うためにも、そこそこの宿を押さえたかった。
生まれ育った帝都なので、超有名な幾つかの高級宿の名前と位置は、ある程度把握している。……泊まったことも、食事に行ったこともないけどね。
その時間を利用して皇宮に連絡を入れ、指示を待つ予定だ。
どうか都合良く事が運びますようにと祈らずにはいられないくらい、綱渡り的なミッションである。
ところが、はやる気持ちを抑えて上陸した桟橋には……。
「お迎えに上がりました、レナーティア様」
「へ!? ……あ、ありがとう、侍女エスタナ」
うちのエスタナ先輩が、近衛騎士数名と共に私を待ってくれていた。
思わずキリーナ先輩の方を振り向くと、先輩も驚いている。
ついでに、リュードさん達も驚いている様子だった。
「中隊長殿!?」
「任務ご苦労だ、マッセン、リュード。それに騎士シェイラも」
リュードさんが所属する近衛騎士団第三中隊の一部がお迎え兼護衛として派遣され、案内された先で待っていた馬車も、略式じゃない双竜の紋章がついた宮内府直轄のそれだった。
「レナーティア様、まずはフェリアリア陛下に、船旅のお疲れを癒して戴かなくてはなりませんわ。詳しいお話は、また後ほどに致しましょう」
「え、ええ……」
お迎えは馬車三輌に騎乗の近衛騎士が二十騎、これでもお忍びの形式は守られていると後で聞かされ、オーグ・ファルム号を降りるまでとの落差に、精一杯のおもてなしをしたつもりでも、失礼の連続だったんじゃないかと、頭を抱えた私である。
車列が向かった先は、貴族街中央の比較的静かな一角にあるマグステート伯爵家の別邸だった。
フェリアリア様の一時滞在先として、持ち主の伯爵家から提供の申し出があり、宮内府が急遽借り上げた、という体になっている。
「どうぞ、我が家のようにごゆるりとお過ごしいただければ、幸いでございます」
「短い間ですが、お世話になりますね、ホーリア殿」
お屋敷で私達を迎えてくれたのは、この出張旅行の直前、柏葉宮の女官候補として名が挙がっていたホーリア先輩――ホーリア・エレ・マグステート伯爵令嬢だった。
お屋敷の名を聞いて、待ち構えているのが誰かすぐに分かったから、今度は慌てなかったけどね。
ホーリア先輩は私がゼフィリアに入学した年の四年生で、元生徒会長だ。卒業後は皇宮中宮で女官をされていたけれど結婚後に退職、その後、旦那様が戦死されてしまい実家に戻られていたところを、先輩侍女の皆さんの推薦でお声を掛けていた。
今夜はリュードさん達も含めて、ここで一泊する。
接待もお任せ……というか、マグステート伯爵家のご厚意をお受けするという意味もあって、あれこれ口を出すのもあまりよくはない。
お陰で私のお仕事は、ホーリア先輩も交えたお茶やお食事時の小さな会話相手などに限定された。
「では、ホーリア殿もレナーティア殿と同じ学院に通われていたの?」
「はい、フェリアリア様。レナは当時学院最年少の生徒で、皆によく可愛がられておりました。……一年風組の名物三人組として、別の意味ですぐ有名になりましたが」
「あら、楽しそうね!」
「ちょ、ホーリア先輩!?」
「いいじゃないの、レナ。級長で学年主席のエフィルマ、妖精王女ミューリイルフラーテス、学院最年少にして魔法の英才レナーティア。ふふ、本当に楽しませて貰ったわよ、色んな意味で」
非公式のお茶会とあって、口調もいつも通りでお仕事も抜き、家格を無視して先輩と後輩の言葉遣いでも失礼にはあたらない。
……学生時代の話をフェリアリア様にお聞かせするのは、少々恥ずかしかったけどね。
夜更け、フェリアリア様がお休みになられた直後、ゼフィリア組で別室に集まる。
ほとんどパジャマパーティーな格好なので、リュードさん達は呼べないけれど、騎士の皆さんも増援の到着で久々に夜番から外れるので、今夜はゆっくりして貰いたい。
「さて……。久しぶりね、レナ」
「はい、ご無沙汰しておりました、ホーリア先輩。今日のこと、ありがとうございます」
「気にしないで。我が家はフェリアリア様のご実家、オステン王家とも少しご縁があるの。お役に立てて、光栄だわ」
後から聞かされたけれど、ホーリア先輩はまだ、女官に復帰しておられなかった。
柏葉宮の女官になることは了承されていたけれど、宮内府や留守居の先輩方とも相談の上、私の不在を逆手にとって、着任を遅らせているという。
その理由は、クレメリナ様への配慮だった。
小さなお姫様は、毎日のように私のことを話題に出されていたそうで、心の支えにもなっているそこに、新たな女官が現れるのは余計な心労を掛けると判断されたらしい。
侍女が増える分にはともかく、何かと鋭いクレメリナ様のことだ、態度には出さずとも、新たな女官の着任は私が担当を外れるのではと深読みされても不思議ではなく、紹介をするのは私からの方がいいだろう、とのことだった。
今お過ごしの双竜宮紫雲の間からのお引っ越し――環境の変化を伴うなら、これも同じく私が戻ってからの方がいいそうだ。
そこまで気を遣うものかなとも思ったけれど、クレメリナ様はどんなにしっかりしているように見えても、同時に十二歳の子供でもあられる。
皇帝陛下や皇妃陛下もご心配されていることだし、気を遣いすぎるぐらいで丁度いいのかもね。
「エスタナ先輩も、お留守番ありがとうございました」
「いいのよ。内宮の立ち上げなんて、滅多にないもの。楽しかったし、やり甲斐もあったわ。ふふ、柏葉宮は、いつでも再開宣言が出来るわよ」
「え、もうですか!?」
「総責任者たる筆頭女官が不在ってことを除けばね」
リフォームはひと月も前に終了していて、侍女だけでなく、料理人や園丁など必要な専門職の引き抜きもほぼ終わり、今は私の帰還を待ちながら最後の仕上げを行っているそうだ。
初夏に帝都を出てほぼ三ヶ月、竜を狩り、船に揺られ、園遊会を乗り切り……私も遊んでいたわけじゃないけれど、これだけ不在が長ければ、離宮の一つが再建されても不思議じゃなかった。
「だから、安心して凱旋なさいな」
「はい、ありがとうございます。でも……どうしてエスタナ先輩は、あんなにぴたりと、私達の戻りが分かったんですか?」
「どうしてって、一昨日にはもう、船の入港予定が届いてたわよ?」
「は!?」
「え、連絡くれたの、レナちゃんじゃないの!? じゃあ、キリーナが気を回したのかしら?」
「私じゃありませんよ!?」
お互いに驚く私達に、ホーリア先輩が苦笑気味に種明かしをしてくれた。
「ハイドレクウス曳きの船を使ったのなら、連絡は宮内府支庁が出しているはずよ。数も多くないから、帝都とラピアリートのどちらかに船が偏ると支障が出るし、あれって……本当に国賓待遇のお客様か、皇族にしか使えないもの」
「へ……?」
「それこそ、船が出航するたびに帝都まで使い魔を飛ばすか、竜で連絡を出すぐらい、特別なものなの」
「は、はあ……」
ただの高速船じゃないとは思ったけど、そこまでとは思わなかった。
もしかすると、レスベル宮務官はリュードさんにも気付いていて、大盤振る舞いしても後で問題になることはないと判断したのかもしれない。
宮内府勤務なら、皇族と顔を合わせる機会も少なくないはずだった。
「普通は馬車か船で十分だし、時間最優先なら帝政府の竜や竜便もあるでしょう? でも、ハイドレクウスは本当に特別。あれだけの数を揃えて、訓練させて、不都合なく運用するなんて、帝国以外じゃ不可能なぐらい、お金が掛かってるはずよ」
貴重な経験が出来てよかったわねと、ホーリエ先輩は面白そうな表情で私を見た。




