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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第四話「波乱の柏葉宮」

第四話「波乱の柏葉宮」


 案内役が、ウェーラさんから柏葉宮の侍女に引き継がれる。

 私は門を守る騎士リュードへの未練を残しつつ――右翼一階奥、執務室らしい部屋へと向かった。


 柏葉宮の内装はそれほど華美ではなく、一度だけ訪問した光晶宮に比べれば、地味な雰囲気だ。

 でも、床に敷かれた絨毯の沈み具合から建具の金具の細工まで、お金の掛け方の方向性が全然違うのだと、すぐに気付かされてしまう。


 同じく皇宮内の建物ながら、用途の違いがここまで現れるんだなあと、感心してしまった。


 こちらですと案内された先、扉がぎいと開く音まで、立派に聞こえるほどである。


「本日より柏葉宮付きの女官となりました、レナーティアと申します」

「柏葉宮付きの筆頭女官、カディーナです」


 さて……。


 私を待ち構えていたカディーナ・エレ・ガミロート様は見かけ二十代前半、随分ときつい目つきの美人さんだった。

 品定めされているようだけどそれも当然で、今後は私の上司になる。ハーネリ様と同じく、ロングドレスを許された役持ちの女官だ。


 カディーナ様はガミロート伯爵家の長女だそうで……ガミロート家ってどこかで聞き覚えがあるけど、私がそう思うって事は、たぶん伯爵家の中でも上流に近い家に違いない。


 言い訳しておくと、帝国は巨大で、男爵家以上の家だけに限っても数千家、もちろん、家名も多すぎて覚えきれなかった。


 同じ『エレ』の貴族称号でも、上は公爵家から下はうちのような男爵家まで幅は広く、それだけでは判別がつかないのである。


 出来れば自分と直接関わる人達の家名と特徴ぐらいは頭に入れておきたいけれど、基本的には皆、『女官○○』や『侍女△△』としか名乗らなかった。おまけに出仕初日では、情報収集の(つて)さえハーネリ様ぐらいしか思いつず、手の打ちようがない。


 面倒くさくもあるけれど、皇宮や帝政府、そして軍隊の中では、年功や爵位よりも役職による序列が絶対とされていることを知っていれば、それも仕方がないかと頷けてしまう。


 線引きをきっちりしておかないと、貴族の部下に平民の上司が指示を出せなくなって、組織が混乱するからね。 


「早速ですがレナーティア、柏葉宮には昨日より、フラゴガルダ王国の第一王女殿下が逗留されています。貴女には、殿下の身の回りのお世話を命じます」

「畏まりました、カディーナ様」


 フラゴガルダ王国は、帝国の西に位置する海洋国家だ。中小国の中では活気のある国で、主要な輸出品の海産物は質もいい。


 その王女殿下のお世話係とはいきなりの大役だが、説明はあった。


 規定ならば、柏葉宮の担当女官は三名。柏葉宮は主に女性の貴人を接待するのに用意された離宮で、従僕はいても男性側の女官格に相当する侍従が置かれていない。


 ところが、私が配属されるまでのしばらく、柏葉宮の女官はカディーナ様お一人だった。


 そこにお姫様逗留の通達である。


 筆頭のカディーナ様は総責任者で離宮全体の差配に忙しいし、お客様のお世話を担当する主任の女官はつい先日結婚退職、もう一人はおめでたで休職中と、本来なら他の離宮が王女殿下の滞在先に指名されるのだけど……。


 他の離宮についても、他国のお客様が滞在中だったり、内装が工事中など十分な理由があり、比較的運用状態のましな柏葉宮に白羽の矢が立ったらしい。


 しかし、お姫様の来訪も急遽決まったそうで、カディーナ様が宮内府の人事部署に大至急人手を都合するよう要請を出したところ、私が手配されてきたという。


「新人に回すような仕事ではありませんが、こちらにも余裕はありません」

「はい、カディーナ様」

「今の時間なら、お茶にも良いでしょう。支度をさせますから、殿下の無聊(ぶりょう)を慰めてさしあげなさい」


 ついでに聞き及んだところによれば、カディーナ様のご実家ガミロート伯爵家は、海産物の貿易に絡みフラゴガルダ王国とも懇意な家で、政治的にも都合が良いそうだ。


 ガミロート商会なら、名前だけは私も知っていた。貴族向けの高級食材を手広く商っていたように思う。

 それで覚えがあったのかと、一人頷いた。


「お客様を歓待する心持ちも重要ですが、お客様のご趣味や嗜好を推し量り、的確な対応をすることも求められます。茶会も大切な仕事、真剣に取り組みなさい」

「畏まりました」


 ガミロートの家名に泥を塗ったらただじゃ済ませないと、暗に言われているようだ。


 とにかく一番最初のお仕事は、王女殿下とのお茶会に決まった。


 もちろん、私の下にも侍女が数名つけられるけれど、応対は基本的に私が全て取り仕切ることになる。


 ……これは早まったかなと、内心で頭を抱えた私だった。




 ▽▽▽




 カディーナ様と大急ぎで注意事項の確認や打ち合わせを済ませ、お茶の用意が調うのに合わせて執務室を退出する。


 そう言えば、今日はお昼抜きになっちゃったな……。


 今はそれどころじゃないけれど、明日からもこの調子じゃ、ポケットに堅焼きパンの一つぐらいは入れておいてもいいかもしれない。


 二階の厨房でワゴンと合流し、二人の侍女と共に王女殿下が過ごされているという『春風の間』へと向かう。


「し、失礼いたします、お茶をお持ちいたしましたっ!」


 侍女まで緊張しているけど、彼女達も新人さんなんだろうか?


 そうじゃなくて、王族への給仕という大役のせいかもしれないけど……。


『お入りなさい』


 室内からは、小鳥のさえずるような、美しいお声が返ってきた。私には間違っても出せない、かわいらしい声音である。


 控えの間に侍女はいないようで、こちら側の侍女の手で扉が開かれた。


 如何に柏葉宮が忙しくても、相手は他国の賓客、しかも小国とは言え王女殿下だ。

 侍女がつけられていないとも考えにくいけど……。


 でも、御用を承ってお使いに出されることもあるから、それが理由かなと、一人納得する。


「あら……。どなたかしら?」


 ソファで本を読んでいらした小さな姫君は、十二、三歳ぐらいに見える。幼いのに、目鼻立ちの調った美しいお姫様だった。


 しっかりと私の方を見て、ちょこんと首を傾げられたお姫様に一礼し、給仕の邪魔にならないよう跪く。


 ……自分で言うのも何だけど、このメイド服、飾りが多いお陰で侍女が横にいると結構目立つようである。


「お初にお目もじ仕ります。新たに柏葉宮付きを任じられました女官、レナーティアと申します。この度、殿下のお世話を担当させていただくことになりました」


 このぐらいの挨拶なら、私にも出来た。

 礼法の授業を頑張った甲斐があったというものだ。


「善き哉。わたくしはフラゴガルダ王が長女、クレメリナ・レール・ティア・フラゴナリアスです。……どうぞお立ちになられて、レナーティア」

「ありがとうございます、殿下」


 クレメリナ殿下に小さく促され、私は向かいのソファに腰掛けた。


 この場の主人たるお姫様がお許しになられたとは言え、緊張が加速する。


 給仕を終えた侍女二人が逃げるように退出し、部屋には茶杯と茶菓子、それに私が残された。


 ため息を飲み込んで、クレメリナ様へと向き直り……。


「……?」


 お茶は薄緑色で香りはミント系、茶菓子はクリームを挟んだ薄焼きの小さなビスケットだ。


 でも、これは……。




 気付いてしまったからには、仕方がない。




 嗅ぎ慣れているってこともないけれど、ミントに隠れた微かな金属臭には、覚えがあった。

 先ほどの侍女達の緊張にも、納得が行く。


「どうかしたの、レナーティア?」

「……」


 たぶん、生命力の強い魔物を狩る為に使う『鈍色(にびいろ)の魔毒』か『朱の楔毒(くさびどく)』、そのどちらかだ。材料に同じ『朱の魔鉱(まこう)』を使うので、臭いも似ていた。


 ……もちろん、人間にもよく効く。


 私はどうしていいか分からなくなり、王女殿下の御前にも関わらず、大きなため息をついてしまった。


 こちらをじっと見てらっしゃるクレメリナ様に、小さく頷く。


 ……こんなに幼いお姫様を毒殺しようとか、納得行かないし、許したくはない。


「殿下、大変不躾なお願いで恐縮ですが、このお茶とお菓子、お気に召さなかったことにしていただけませんでしょうか?」

「毒ですか?」

「っ!! ……仰せの通りにございます」


 大して驚きもしないクレメリナ様の態度に、むしろ驚かされた私である。


 流石は王族、幼くても肝が据わってらっしゃるわ……。


「【毒見】。……朱の楔毒です」

「そう」


 お断りを入れてから、魔法を使い……毒物の存在が確定した。

 私にも解毒なり無毒化なりの魔法が使えればいいんだけど、無理だった。神聖魔法の行使には聖属性が必要で、聖職者の領分である。


「国から連れてきた侍女を使いに出したのは、つい先ほどなのですが……困りましたわね」

「あ、あの……」

「大丈夫、レナーティアのことは疑っていないわよ。ふふ、権力や陰謀の香りがしないもの」


 にっこりと微笑まれて、恐縮する。


 もちろん、毒を入れた犯人は私じゃないけれど……。


「レナーティア、一つ、お伺いするわ」

「はい、何なりと」

「この柏葉宮で、レナーティアが信用を置ける人って、誰と誰かしら?」

「……いません」

「あら……?」


 昨日女官登用の話があって、まだほんの一刻――二時間ほど前、女官になったばかりだと、手短に話す。


 しいて言えば、柏葉宮内で一番信用出来る人は騎士リュードになるけれど、彼の所属は近衛騎士団だ。


 少し考え込まれたクレメリナ様は、苦笑気味でお茶を指さされた。


「そうね……。新任の女官なんて、生け贄には丁度いいかしら」

「はい?」

「たとえば、その女官がわたくしを狙う暗殺者だったとして、陰謀に気付いた筆頭女官は止めようとするも間に合わず、哀れわたくしは異国の地で命を落とす。……という筋書きはどうかしら?」


 想像力のたくましすぎるお姫様に若干胡乱な目を向ければ、くすりと微笑みを返された。


 結構いい性格をしてらっしゃるようで……。


 私は大親友の妖精姫を思い出していた。王族の姫君って、みんなこんな性格なんだろうか?


「筆頭女官のカディーナ様はガミロート家のお方、ガミロート家はフラゴガルダ王国と親密な関係と聞いておりますが……」

「ガミロート伯爵閣下は、権力志向の強い我が国の側室殿のご実家とすごく仲がよろしいの」

「あー……。狙われる理由が、おありなのですね」

「ええ。我が王家は娘ばかり三人、わたくしが王位継承権の第一位を持ちますから」


 すっかり渇いた喉を潤そうと、思わず毒入りのお茶に手を伸ばしかけた私である。



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