表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/69

第四十二話「出国」

第四十二話「出国」


 大夜会が終わり、鬱屈した思いを表情に出さないよう努力しつつ控えの間に戻れば、背筋をぴんと伸ばしたクロンタイト代表やキリーナ先輩と共に、思いもよらぬお客様が私を待っていた。


「え、フェリアリア、様!?」

「ごめんなさい、レナーティア殿……」


 何故か王宮侍女の衣装を着たフェリアリア王妃陛下がいらしていて、申し訳なさそうに、私へと頭を下げられた。


 隣のリュードさんも、表情が硬い。


 えっと……。


 ヴァリホーラ陛下は献上の儀式の最後、フェリアリア様は療養の準備中だと仰っていた。


 ここにいらっしゃるということは、帝国でお預かりする方向で話がまとまっているんだと思うけど、そのお姿から察するに、お忍びというか、脱出行というか……。


 非常に緊張した様子で、クロンタイト代表が一歩進み出た。


「レナーティア殿、それから……『殿下』にも、状況をご報告申し上げます」


 思わず、隣のリュードさんを振り向く。


 代表団の外交官や護衛の殆どには、リュードさんが皇帝陛下の弟君だとは知らされていなかったようで、場がざわついた。


 完全な秘匿情報ってわけじゃないし、気付く人は気付くけど、それは元のリュード『殿下』ご本人を知っていることが前提だ。


「クロンタイト代表、緊急事態なのだな?」

「はい」


 表情を引き締めたリュードさんは、小さく片手を挙げ、皆を制した。


「手短に頼む」

「はっ。……フェリアリア王妃陛下は現在、暗殺の危機にさらされておいでです」


 あー、うん。


 それは誤解のしようがないほど、緊急だ。


「……! 分かった。我々は何をすればいい?」

「外交団および在フラゴガルダ大使館はヴァリホーラ陛下をご助力、全力を以て工作を行います。殿下とレナーティア殿には、王妃陛下を女官の一員として一行に含み、オーグ・ファルム号へご案内して戴きたく――」


 外交団と大使館員は、武官まで含めて王宮内を忙しく立ち回り、攪乱、欺瞞、遅滞行動……城内各所に手紙を届けたり、不必要にお茶や食事を求めたり、大使館や商館との連絡に走り回る『振りをする』。


 帝国が何か慌てているぞ、一体なんだと思わせて、初動を王城内に集中させるわけだ。


 私達はそれに乗じて、フェリアリア様を秘密裏にオーグ・ファルム号へと迎え入れ、素知らぬ顔で帰国する。


 王妃陛下の地方療養なのだから、堂々と出国するべきなんじゃないのかな、とは思うけれど、数少ない味方だろう侍女のジェリーサ殿さえ、この場にはいなかった。


 ……後で聞いたら、ジェリーサ殿はフェリアリア様の不在を取り繕う為、腹心の数名に偽装の出発準備をさせつつ、身代わりとして王妃陛下のベッドで眠った振りをされているそうだ。


 国内外の貴顕も集う儀式の中、竜皮の横領が行われかけたし、それほどに切羽詰まった状態なんだと、理解せざるを得なかった。


「現在までのところ、王妃陛下のご不在、並びに我々とのご同道は、悟られていないものと思われます」

「ご苦労だった。……フェリアリア様、ご安心下さい。必ず無事、帝都にお連れいたします」

「ありがとう、リュードくん」

「レナ」

「はい、殿下」


 私も気持ちを切り替えて小さく頷き、リュード『殿下』に一礼した。


「先に、フェリアリア様の出立準備を整えて欲しい」

「畏まりました!」

「騎士マッセンは代表団と脱出および出国の打ち合わせを。騎士シェイラ、君は護衛対象をフェリアリア様に切り替えるように」

「了解!」

「畏まりました!」


 まずは……よし、フェリアリア様にお着替えをしていただこう。


 王宮侍女の格好じゃ、ばれた時に拘束の口実を与えてしまうからね。


「えっと……キリーナ、予備の衣装は何が揃っていますか?」

「レナーティア様の訪問着と、予備の女官服のみです」

「そう……」


 幸い、私とフェリアリア様に、それほど大きな体格の差はない。


 きっちりと寸を詰めた訪問着は無理だけど、宮内府被服部で貸与された女官服は出来合いの物で、多少は融通が利く。


「騎士シェイラ、結界魔法を使いますから、少し下がって下さい」

「はい!」

「……【結界】【定置】【無力】【無属性】【漆黒】【領域・小】」


 部屋の隅っこに椅子を置き、単に結界部分の色が黒くて視界が遮られる魔法結界を張る。


 お手軽更衣室として学院時代にも使っていたので、竜狩りに同行したセレンや騎士シェイラだけでなく、キリーナ先輩もよくご存じだ。


「【光明】【持続】、っと」


 そのままでは中も真っ暗なので、手を突っ込んで魔法の灯りを追加して完成である。


「キリーナ、セレン、王妃陛下のお着替えを」

「はいっ、レナーティア様!」

「失礼いたします、王妃陛下」

「ええ、よろしくね」


 二人に付き添われたフェリアリア様が、結界の内側に消えた。

 それまで掛けておられた椅子の傍ら、残された杖に、ふと目をやる。


 一人しかいなかったはずの帝国皇宮女官が二人もいて、その内の一人が杖をついていれば、目立つことこの上ない。


 特に王城の入り口は人も多いだろうし、車寄せまでは歩く距離も長かった。

 魔法での補助は出来るけど、手を繋いで歩くのも不自然だろうし……。


 杖をそっと手に取り、ため息をつく。


「……!?」


 魔法杖じゃないはずなのに、何かの魔力が『流れて』る。


 よく見れば、持ち手の所に術式動作部分があり、巧妙に隠されていた。


 つい癖で魔力流を確かめ、力を抑え気味にした浮遊魔法を見つけて、ああ、歩行の補助なのかと、納得しかけたその時――。


 杖の魔力流が何かに反応し、小さな波動を返した。 


「……はぁ」


 離れていても居場所が分かる発信器って感じなのかな、狩りの時、迷わないよう目印に使う術式と似ている。


 もう本当に、うんざりだ。


 いつぞやの私とクレメリナ様じゃないけど、いっそ窓から飛んで逃げたい。


「……あ」


 それ、採用。




 控え室付属の応接室に出向いて、窓がはめ殺しではなく、ばたんと開くことを確認し、リュード殿下とクロンタイト代表のところに向かう。


「失礼いたします」

「レナーティア殿?」

「殿下と閣下に申し上げます。王妃陛下の王宮脱出について……魔法での飛行により、この部屋の窓から直接、オーグ・ファルム号へと向かうことをご提案させていただきます」


 しばらく顔を見合わせたお二人が、僅かに頷き合う。


「レナーティア殿、オーグ・ファルム号が停泊する軍港部までの距離は、凡そ二リーグにもなるが……」

「問題ありません、閣下」

「レナ、出来るんだね?」

「はい、殿下」


 ついでながら、王妃陛下の杖に位置を報せる魔法を掛けられていることを報告すると、大きなため息を向けられる。


「……ですがその杖、使えますな」

「ふむ、いいだろう。手順に変更を加え、レナの案を採用する」

「ありがとうございます」


 僅かな逡巡(しゅんじゅん)もなく、リュード殿下は決断を下した。




 ▽▽▽




 早速、武官の一人がオーグ・ファルム号へと連絡に向かい、お着替えが終わったフェリアリア様と女官組にも手順の変更が伝えられる。


「女官組の指揮は、騎士マッセンを通す形でリュード殿下が執られます。私の身代わりはセレン、貴女ね」

「え!?」

「大丈夫よ。もう公務はないし、問いただされたら、『私は女官レナーティアの侍女セレンで、お茶をこぼしてしまったので服を借りた』って答えればいいわ」

「は、はい!」


 セレンの髪色は燃えるような赤で、誤魔化しようがない。


「細かなことは、侍女キリーナに任せます。……お願いします、先輩」

「畏まりました、レナーティア様」


 動き出せば、早かった。


 女官レナーティアの代理として、外交官の一人が王妃陛下のお見舞いの為に使者として立てられ、素速く走り去る。


 時間も遅いし断られることが前提だけど、礼儀としては問題ない。これで私には、僅かな時間ながら、王宮滞在の理由が出来上がった。


 リュードさん達は、その断りの返事を貰ってしばらくの後に王宮を出て、涼風宮に戻る。翌日早朝、オーグ・ファルム号で合流する予定だ。


 外交団は、様々だった。王宮に泊まる人もいれば、女官組に同行する人もいる。


「フェリアリア様」

「はい、レナーティア殿」


 私とフェリアリア様は、特に荷物もないし、早々の出立を求められた。


 応接室の窓が、ばたんと大きく開かれる。


「『うわあ、夜景がとても綺麗ですよ!』」

「『そうね、とても綺麗ね』」


 無駄になるといいなと思いつつも、キリーナ先輩とセレンに小芝居に頼み、もしもピンポイントで見張られていた場合に備える。


「失礼いたします。……【浮遊】、【魔法防御】、【物理防御】、【精神防御】。【浮遊】、【魔法防御】、【物理防御】、【精神防御】。【待機】【飛翔】」


 フェリアリア様に浮遊の魔法と一緒に防御魔法を掛け、自分には飛翔の魔法を追加で掛けた。


 浮遊の代わりに身体強化の呪文でもいいんだけど、二リーグ、約八キロメートルともなれば、流石に距離が長いので、魔法はともかく私の腕が保たない。


「……【結界】【追従】【魔法遮断】【漆黒】【領域・小】」


 最後に一瞬だけ、リュード『さん』と目を見交わせば、小さく頷いてくれた。


 これで元気百倍超絶無敵と、自分に言い聞かせる。


「『あの辺りが、涼風宮ですか?』」

「『そうねえ、もう少し、南かしら』」


 キリーナ先輩とセレンが、近くに見張りはいないという合図に、手をくるんと回した。


 フェリアリア様と『杖』を抱きかかえ、顔だけを結界の外に出して位置を確認、窓の天辺付近に移動する。


「……【開放】」


 飛翔魔法を開放してすーっとゆるく加速、そのまま窓の外へ出て、フェリアリア様を気遣いつつ上昇した。


 漆黒の結界で夜に紛れているけれど、もちろん油断は出来ない。今夜はお祭りで市街地も明るいし、いいお天気で星空も綺麗だった。


「フェリアリア様、もう大丈夫です」

「え、ええ……」

「少しなら、結界から顔を出していただいても平気ですよ」

「ありがとう。……ふふ、とても素敵ね、星が近いわ」


 案外度胸が据わってらっしゃるのか、フェリアリア様は高い場所も平気なようで、夜景を楽しまれていた。


 お喋りをしながらしばらく飛んで王城を抜け、市街の上空へ。


 ゆっくりと飛ぶのは、フェリアリア様を気遣っているのと同時に、先行の武官にオーグ・ファルム号へと先に到着して貰う必要があるからだ。


「少しだけ、寄り道いたしますね」

「ええ、どうぞ」


 寄り道の場所は商業港で、フェリアリア様も私の横で聞いておられた。


 先ほどは多少複雑な表情をなさっていたけれど、今は憂いも迷いも消されていて、楽しげですらいらっしゃる。


「えっと、『フラゴの光』商会の旗は、青地に真珠貝……」

「『フラゴの光』商会が借り上げている桟橋は、港の西側に集中しています」

「助かります」


 ナビゲート、ありがとうございます。


 今夜は港もお祭りだった。

 多くの船が篝火を焚き、あるいは魔法の燭光をきらめかせ、船乗り達にもお酒が振る舞われている。


 さあて、フェリアリア様の杖の出番だ。


「どれがいいかな……」


 第二王女派筆頭である『フラゴの光』商会の船なら、どれでもいいんだけどね。


 よし、一番大きい船にしよう。


「【浮遊】、っと」


 上空から静かに杖を下ろし、マストの頂上、誰もいない見張り台にそっと放り込む。


 このぐらいじゃ溜飲が下がるわけないけど、出来るだけ混乱を誘って貰いたい。


 とても小さな、反撃開始の合図でもあった。


「お待たせいたしました」

「お気になさらず、レナーティア殿」


 再び静かに上昇して、今度こそ軍港のオーグ・ファルム号に向かう。


 ……ちなみに杖の隠し場所の発案者は私ではなく、クロンタイト代表である。




 ▽▽▽




「便乗者の乗船、確認!」

「宜しい! 即時出航、もやい解け!」


 フェリアリア様とともに、船中で一泊した翌日。


 リュードさんらも無事合流、オーグ・ファルム号は予定通り王都フラゴリアの港を出航し、帝国のある東へと、舳先を向けた。




 それにしても。


 ……商業港の方で問題が起きたらしく、衛兵や魔術師を引き連れた王宮騎士が港の西の方を走り回っていたそうですが、一体どうしたんでしょうねえ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ