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皇宮女官は思ったよりも忙しいけれど、割と楽しくやってます!  作者: 大橋和代


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第四十一話「宣戦布告と伯爵夫人」

第四十一話「宣戦布告と伯爵夫人」


「お迎えの方がいらっしゃいました!」

「いってらっしゃいまし、レナーティア様」

「ありがとう、侍女キリーナ、セレン」


 迎えの侍女が現れ、夜会の開式時間が来たことを知る。


「どうぞ、『レナーティア様』」

「お願いします、『騎士リュード』」


 エスコートはもちろん、リュードさんにお願いした。……というか、皆さんもそのつもりだったようだけど、まあ、うん、そうなるよね。


 私はいつもの女官服、リュードさんも見慣れた近衛騎士の制服だ。


 ときめきという点では少し残念ではあるけれど、献上の儀式に女官服で出たように、制服というものは大概のドレスコードを満たしてくれる。


 強行軍を予定していた私達には、荷物を少なくできる利点もあった。


 もちろん、私物のドレスや夜会服でも構わないし、国内ならそっちの方が多いかな。


「あ……」

「ん!?」


 いつもと違うのは、リュードさんの胸元に勲章が二つもあったことだ。


 護衛の騎士様達は、皆さん、実戦経験があると口にしていたっけ……。


「ごめんなさい。胸元のそれは、勲章ですか?」

「東部の従軍記章と、戦功章だよ」


 貰ったのは騎士になる前だけどねと、リュードさんは小さく肩をすくめた。


 そう言えばと、思い至る。


 数年前、リュードさんと同じ帝都第一騎士団所属だったお父様にも出征の命令が下って、何ヶ月も家を空けられていたことがあった。




 私達が案内された夜会場は、本城の上層階だ。


 他にも幾つか、例えば城内の離宮や、篝火を焚いた庭園などでも行われている。


「お待たせいたしました、閣下。お呼び出しの準備が整いました」

「うむ、ご苦労」


 呼び出し待ちの廊下は、多くの人で溢れていた。


 柱こそ飾り立てられて残っているけれど、献上の儀式に参加する時に登ったはずの階段が、絵画と花瓶で覆い隠され消えている。


「そこの貴女、鏡をお借りできませんこと?」

「はい奥様、どうぞこちらへ」


 招待客の雰囲気を見ると、呼び出し順は任意になっているようだ。


 作法やしきたりは時と場合によるけれど、戴冠式に付随するような夜会だと、呼び出し順がかなり厳密に決められる。


 その順番が、その後の派閥間の力関係に大きく影響するからだ。


 逆に今回のような、会場到着の時間も退席も自由とされる夜会は、格式が低いか、影響力が大きすぎて迂闊な采配が出来ない場合に、方便として先に『無礼講』が宣言され、順番が有耶無耶にされた。


 このあたりは、王族出身のミューリから『本気で面倒くさいのよぉ……』と、愚痴を聞かされたことがある。


 自分が関わることになるなんて、思いもしなかったよ。


「次に呼び出しが掛かりますので、ご準備をお願いします」

「ありがとうございます」


 私は名代の役割が終わっている。

 出席の理由も、王国側が遠来と公務を労い招待して下さった、ってことになっていた。


 ……もちろん、名目上そうなっているだけで、実質は公務の続きだから気を抜いてはいけない。


「ガリアス帝国宮内府所属、柏葉宮付き筆頭女官レナーティア殿! ガリアス帝国近衛騎士団所属、騎士リュード殿!」


 小さく頷き合ってから、私は差し出されたリュードさんの腕に手を添えた。


 身分を隠したリュードさんより先に呼ばれるのは、仕方がなくても多少は気になる。


 すぐに逆転……あ、いつ帝家に戻られるかまでは、聞いていなかったね。


「……少しだけ、懐かしいね」

「……はい」


 それは、一年と少し前の初夏。


 リュードさんは従士で、私は女学院の三年生だった。


 もちろん、一生忘れないと思う。




 さて、夜会出席の目的は、ヴァリホーラ陛下がいらっしゃるその時、この会場にいることだけなので、呼び出しが記録された時点で目的の半分は終わっていた。


 帝国は、王国のご厚意を無駄にはしていませんよと、示すわけだ。


 呼び出しを(ないがし)ろにしないだけの距離を歩いて、壁際に寄る。


 会場を見渡せば、昼の庭園よりも多くの人々が集められていた。


「さて、どうしましょう?」

「そうだね、下手に声を掛けられても厄介だけど……」


 献上の儀式での一件もあり、二人して、あんまり楽しい気分じゃない。

 

 フラゴガルダに到着する前は、公務は公務としてこなさなければいけなくても、観光の余裕ぐらいはあるかなと高を括っていた。


 海産物でも有名な国だけあって、食事は確かに満足してる。その点は涼風宮が迎賓離宮として優れていることと、クレメリナ様の名代という立場のお陰かな。


 でも……身の危険こそ感じないけれど、やっぱりここは、『敵地』なんだなあと、納得もしていた。


「隠れ蓑になってくれそうな知り合いはいないけど、まあ、大丈夫かな」

「そう願っています」


 クロンタイト代表とは、先ほど会うには会えたものの、無事にやり過ごしてくれるとありがたい、とだけしか言われなかった。


 私達にも態度を繕わなかったぐらい、とてもお忙しいようだったけれど、突発自体が起きていたとしても、手伝えることは何もない。


 お手を(わずら)わさないよう、気を付けるだけ……って、いつもと同じか。


「……それにしても、見事に分かれてますね」


 会場は、私にも一目でわかるほど、あからさまに割れていた。


 上座と出入り口を結ぶ線上、舞踏会場となるスペースを大きな緩衝地帯にして、二つの大きな集団――派閥に分かれている。

 その隙間や壁際に、私達のような両派に属さないだろう人々が、ごく少数いる感じだ。


 この場にはいない王女様達とその生母たる側室殿しか顔を知らないので、どちらが第二王女派か第三王女派かまでは区別できないけれど、あんまり近づきたくないかな。


 中には我関せずと、お酒を楽しんでいる人もいるけれど、無派閥っぽい招待客は、どことなく居心地の悪さを感じているような表情の人が多い。


「うん。想像以上に酷いなあ」


 リュードさんも、僅かに眉根を寄せていた。


 夜会は社交の場であり、公務で訪問している私も、普通なら帝国の印象や評判を上げるべく、あるいは人脈を広げる為に、多くの人と話すべきだった。


 しかしながら、『第一王女殿下の名代』という大看板は、そんな普通を蹴り飛ばしてしまう意味を持っている。


 四色の竜皮を運んできて二大派閥に宣戦布告した王女の代理人で、ただの使者だろうがそうでなかろうが、関わりたくない人物の筆頭だろうなと、自分のことながら思ってしまった。




 でも。


 そんな私に、声を掛けてきた人がいた。




 ヴァリホーラ国王の側室にして第二王女の生母、リゼーラ・エレ・マシャーム・ベスティアーテ伯爵夫人。


 そして、『フラゴの光』商会のダータルク会頭。


 旗色が明白すぎて、派閥内の立ち位置や力関係に、気を遣う必要がない人達である。




「失礼いたします、女官殿」

「は、はいっ!」

御方様(おかたさま)……失礼、ベスティアーテ伯爵夫人が、一言ご挨拶を申し上げたいと」


 先触れだと告げた青年が右手の集団を示すと、リュードさんと顔を見合わせる間もなく、人並みがすっと割れた。


 勝ち気そうな貴婦人と恰幅のいい中年男性が、お付きの数人を引き連れ、ゆっくりとやってくる。


 ……これじゃあ流石に、逃げようもない。


 ため息を飲み込み、作法通り、胸に手を当てて腰を折る。


 幸いにして相手は伯爵夫人。跪くまではしなくてよかった。


「初めまして、帝国の女官殿」


 大きな羽根扇子を手にした側室殿が、私を上から下までじっくり眺め、口元を隠してほほほと笑う。


 品定めなんだろうなあと思うけど、完全に上から目線で、とても嫌な感じがした。


 ……美人なんだから、もっと柔らかく微笑んだ方がいいのにと、どうでもいい事を思いついてしまい、慌てて頭から追い出す。


「ふふ、随分とかわいらしいお方でしたのね」

「いやはや、驚きですなあ!」


 ふむふむと、ダータルク総帥は豪快に笑い……すぐ、真顔になった。


 じろりと、力のある視線を投げかけられる。


「園遊会は、楽しまれましたかな?」

「は、はい! ……とても、素晴らしく思いました」

「おお、それはようございました。帝国へお帰りになられた際は、旅の思い出を是非とも皆々様にお伝えいただけますと、我が国と帝国の友好がますます深まりましょう」


 含みのある笑いが、私だけでなくリュードさんにまで向けられた。


 竜皮の横領阻止はともかく、もしかすると……私の行動やリュードさんの正体まで、ばれてるのかもしれない。


「ふふふ……。そろそろ陛下がお出ましになられるわね。最後まで、楽しんでらしてね」

「ありがとうございます、『いと貴きお方』」

「あら、古風な言い回しをご存じなのね。流石は世界に名だたる帝国の女官殿ですこと」


 いえいえ、伯爵夫人。


 礼法のフリュセル先生が、流行ではないが誰に使ってもいい言葉だと、笑い話半分に教えてくれただけなんですよ。


 ……ついでに言えば、側室ながらその影に見え隠れする権力臭が、単に伯爵夫人と返答して機嫌を損ねる可能性にも思い至ったからだけどね。


 波が引くように去っていく二人と取り巻きを見送りつつ、一部の隙も見せたくない気持ちで、丁寧に立礼する。


「お疲れさま、レナ。上出来だよ」

「ありがとうございます、リュードさん」


 護衛として一歩下がっていたリュードさんが隣に来て、手の甲をちょこんと合わせてくれた。


「でも、これでほぼ決まりかな」

「はい?」

「横領犯は、第二王女派だろうね」


 ……ああ、そんな感じかも。


 決めつけてしまうのもよくないとは思いつつも、そうだろうなあと納得してしまった。


「クレメリナ姫の宣戦布告を受け取ったついでに、横領を阻止した相手の顔を見てみよう程度のことだと思う。でも、少し気を付けた方がいいかもしれない」

「……はい」


 幸いにして、対抗するように第三王女派の誰かがやって来ることもなく。


 しばらくして、ヴァリホーラ陛下の御出座があったけれど、お声を掛ける立場にない私達は、壁際でそっと、夜会を見守った。


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