第四十話「静かなる変事」
第四十話「静かなる変事」
鬱々とした気分のまま園遊会は終了し、僅かな休憩の後、王を祝う主会場は王城の『海神の間』――幾つもある玉座の間の中でも最上の一つへと移った。
開け放たれたバルコニーから、秋空が見えている。
風は魔法で遮断してあるのかな、居並ぶ貴顕の髪や、掲げられた国旗が揺れたりはしない。
「前商務担当国務卿、王国海軍予備役少将伯爵、ジャムレル・エレ・エクレネス殿!」
「陛下、お久しゅうございます。このめでたき日に某のような老いぼれまでご招待いただけるとは、まっこと、ありがたき幸せ!」
「目録。交易船『フェーダ・エクレネス』号を献ず」
「ジャムレルも元気そうで何よりだ。ありがたく頂戴するぞ」
「ははっ」
無論、集められているのは上客とされる招待客の一部のみだ。一人一人が祝いの品を、あるいはその目録を献じて、侍女侍従が取り次ぐ。
名を呼ばれ進み出て、祝いの品を献上するのに一人二分としても、この場の人数を考えれば約一刻、二時間程度は掛かる計算だ。
感嘆のざわめきや小声の独り言ぐらいは許されているようだけど、だからと騒ぎ立てるわけにもいかない。
商船に軍船、名馬、宝飾品……。
国王陛下の御入来に合わせて跪いた他は、移動することも拍手をすることもなく、ただただ献上品を眺める時間が続く。
いかにも海洋交易国家らしく、他国の港にある倉庫の使用権三年分なんていうのもあった。
「目録。帝国東方クレンシェート産反物、五十疋を献ず」
この場ではほぼ見かけなかったけれど、一番多い献上品は、真珠だと聞いた。
王城の入り口で、王都の街角で、あるいは漁村の村長さん宅の前に置かれた箱へ。
国王陛下の誕生日を祝い、皆が持ち寄るそうだ。
真珠のお値段は、上下の差がとても大きい。等級外なら、それこそ子供のお駄賃で買える。
でも、価値を後から付けるのが面白い。
歪だったり色合いの揃っていないものも、細工物の材料として工房に送られ、職人が手を掛けると高価な土産物になった。慶事の献上品から作られるということで、縁起もいい特別のお品になるという。
「目録。炎種中型軍用竜一騎を献ず」
結局、フェリアリア王妃陛下のことは、体調が優れないので欠席されている、とだけ知らされていた。
確かに健康であるとは申し上げられないご様子だったけれど、国を挙げての大事な式典だ。
無理にでもご出席は……と思ったけど、二時間もこの場で公務に立つのは私でも疲れる。
「献上品披露。アウメリス産純金酒杯一対」
献上の式典は粛々と、進行していった。
私の斜め後ろには、目録を持つ係兼業の護衛としてリュードさんが控えていてくれるけど、だからって憂鬱が紛れる訳じゃない。
「……ふう」
ようやく後数名、というところまで、本当に二時間ぐらい掛かっていた。
少しだけ気分を新たにして、身構える。
「第一王女クレメリナ・レール・ティア・フラゴナリアス殿下名代、ガリアス帝国宮内府所属、柏葉宮付き筆頭女官レナーティア殿!」
一呼吸置いて一礼、決められた位置までしずしずと歩く。
「目録および、添え状一通であります!」
「お預かりいたします」
リュードさんのお仕事は、これだけだ。
大事な預かり物を丁寧に扱うという態度を示すことは、式典で重視される要素の一つだった。
むしろ、それを見せるためにやってるのかなとさえ、思ってしまう。
式典の進行を司る式部官が、取り次いだ侍従より目録と添え状を受け取るのに合わせ、跪く。
「僭越ながら、クレメリナ・レール・ティア・フラゴナリアス王女殿下の代理として、奏上させていただきます。『父王陛下生誕の日を心より祝い、陛下のご健康と王国の繁栄を祈念いたします』。……以上でございます」
用意された型どおりの台詞だけど、他に言い様もない。
でも……。
「目録。炎種竜皮一式を献ず」
「……!?」
式部官殿の読み上げは、私を驚かせるに十分だった。
背後のリュードさんも慌てたようで、床の絨毯を踏みしめる音が、小さく聞こえる。
ま、た、か!!
帝都を出る前に書かれた添え状はともかく、目録はこちらのナイトーフェ政務官が作成し、私だけでなくクロンタイト代表にも確認して貰っている。
居並ぶ人々まで僅かにざわめいたのは、贈り物の意味に気が付いたせいか、それとも内情を知る故かは分からないけれど……。
式部官殿の発言は、このまま公式のものとされてしまうんだろう。
帝国に戻ったら、本当に……ああもう、どうしてくれようか!!
「女官殿、遠路ご苦労であった」
ヴァリホーラ陛下は一瞬眉を上げた後、莞爾と笑って頷かれた。
その笑顔に、私は若干冷静さを取り戻したかもしれない。
このお方は、贈り物が四色の竜皮であることも、その意味も、全てご存じだった。
「……ボーズラス、添え状は直筆か?」
「は!?」
ボーズラスと呼ばれた式部官殿が、びくんと背筋を伸ばし、たじろいだ。
贈り物の中身をご存じの陛下はともかく、式部官殿は明らかに様子がおかしい。
「娘の様子が知りたい。こちらに持って参れ」
「いや、しかし……」
「ん? どうかしたのか?」
「い、いえ……」
式部官殿は、玉座までの短い距離を、不自然な足取りでゆっくりと歩んだ。
その震える手から、陛下に添え状『のみ』が渡る。
「……目録も見せよ」
「は、ははっ」
「……ふむ、『炎種、水種、地種、風種の竜皮。背皮、頭部、爪ひと揃い』。読み違えるには不自然だな、ボーズラス?」
目録が陛下の手に渡ると、式部官殿はその場に崩れ落ちた。
控えていた近衛騎士がボーズラス式部官を両脇から抱え、退出してしばらく。
「皆、騒がせたな」
ざわついていた場を、陛下が片手を挙げて鎮められた。
「女官殿にも大変失礼をした。後ほど、埋め合わせをさせて戴こう」
「……陛下の御心のままに」
「うむ。……式典を続けよ」
再度跪いて礼をとり、元の立ち位置に戻る。
ちらりとリュードさんの顔を見れば、表情が消えていた。当たり前と言えば当たり前なんだけど、相当怒ってるみたいだ。
こんな顔、初めて見たよ。
そりゃあ私だって、色々と言いたいことはある。
でも、他国の重要な式典を引っかき回すほど、子供でもない。……怒りは無理矢理、押し殺した。
代わりの文官が引き継ぎ、式典が再開されるのを努めて冷静に見守る。
「第三王女ソラメリナ・ヴェスレル・ティア・フラゴナリアス殿下!」
第二王女アジュメリナ殿下と第三王女ソラメリナ殿下は、母親が介添えに立ち、揃って自分の名が入った交易船を陛下に贈られた。
王女様たちに与えられた贈り物の予算はクレメリナ様と同じ、二百アルムと聞いている。
もちろん、交易船を用意できる金額じゃない。……って、それはこっちも一緒か。
「フェリアリアは体調を崩していてな、療養の準備をさせておるところだ。……皆にも心配を掛ける」
陛下のお顔は寂しげだったけれど、どこか、遠くを見ていらっしゃる様子で……。
フェリアリア王妃陛下には代理人さえ用意されることなく、式典が締めくくられた。
▽▽▽
「まあ、そんなことになったの!?」
「はい先輩……」
控えの間に付属する支度部屋に戻り、キリーナ先輩や騎士の皆さんに報告しつつ、リュードさんとため息をつく。
「ただ、不自然な感じもしたね」
「リュードさんもそう思いました?」
「うん。ヴァリホーラ兄さん、何か考えてたんじゃないかと思うけど……分からないなあ」
陛下は予め、クレメリナ様の贈り物が四色の竜の皮だとご存じだった。
ナイトーフェ政務官も、四頭分の皮の実物を、たくさんの人に確認させている。
第二王女派と第三王女派、どちらの派閥かは分からないけれど、彼らはそれを知ってなお、この強引な数の誤魔化しを、大事な式典の最中に王の御前で行ったわけだ。
この強行を、どう捉えたものか、判断が付かなかった。
国王陛下はボーズラス式部官を拘束するよう命じられたけれど、派閥の名は出されなかったし、近衛騎士達も特に混乱なくこの変事を収めている。
「でも、後は内輪の問題になってしまうかな」
「内情が知りたいですけど……無理ですよね」
首を捻ってみたけれど、私達だけじゃ答えは出ない。
頼みの綱のクロンタイト代表は、何故か控えの間から姿を消していた。
「先ほど、王国の外務卿補ヘルネディーク閣下の使いが参られまして……。お急ぎのご様子でした」
外交官僚達も留守役の数人以外おらず、代表閣下は別件でフラゴガルダの高官と会談しているとしか、分からなかった。
今日はもう一つ、舞踏会付きの大夜会がまだ控えている。
もちろん、お仕事が優先だけど、余裕があればリュードさんと踊りたいなあなんて、昨日までは、ほんのちょっと考えていた。
献上の儀式での事件は一端保留にして、夜会の準備を進めつつも。
今は、何事も起きませんようにと、願わずにはいられなかった。




